社会保険料の強引な減額は手取り収入が減るものの多くは不正であり傷病手当金や将来の老齢年金の減額をもたらします

2024/09/20|1,853文字

 

<かつて流行った広告>

「社会保険料(厚生年金保険料と健康保険料)を減額できます」

こんな広告が流行っていた時期がありました。

その多くは、社労士(社会保険労務士)が出していたものです。

社会保険料を減額するということは、会社の負担も社会保険に加入している社員の負担も減ります。

社労士に報酬を支払ってでも、社会保険料を減額するのは得だという話でした。

その具体的な手法は、法による規制をかいくぐって行う脱法行為が中心でした。

 

<厚生労働省の対応>

社会保険料(厚生年金保険料と健康保険料)が予定通りに集まらなければ、年金制度や健康保険制度の維持に支障が出るかもしれません。

ですから、脱法行為による社会保険料の減額を厚生労働省が放置するわけがないのです。

結局、脱法行為が増えるたびに、厚生労働省が社会保険料の計算ルールを追加して、その脱法行為ができないようにしていったのです。

こうして社会保険料を減額する効果は失われていきました。

 

<保険のしくみ>

厚生年金保険も健康保険も「保険」です。

保険というのは、保険料に見合った補償(給付)が行われるものです。

特に、社会保険(厚生年金保険と健康保険)は保険者を選ぶことができません。

保険契約の内容も、制度として法定されています。

保険料を減額すれば、社会保険に加入している社員への補償(給付)も減額されるわけです。

 

<不当な保険料減額のリスク>

社会保険に加入している社員が将来もらう老齢厚生年金には、支払った保険料が反映されています。

もし、会社が違法なことをして少なめの保険料しか納めていなかったなら、老齢厚生年金も少なめになります。

こうした社員は、老齢厚生年金の受給額が不当に少ないと気付いたら、会社を訴えようとするかもしれません。

しかし、気付くまでに長い年数が経過して時効の壁があるでしょうし、会社が無くなっているかもしれません。

 

厚生年金保険に加入している社員が障害者になってしまい、障害厚生年金を受給するときに、受給額が不当に低いと気付けば、その時点で会社を訴えるかもしれません。

厚生年金保険に加入している社員が万一亡くなって、遺族が遺族厚生年金を受給するようになれば、遺族が会社を訴えるかもしれません。

 

健康保険に加入している社員が、プライベートの病気やケガで入院したような場合には、休業期間の賃金を補償するため傷病手当金が支給されます。

この支給額は、健康保険料が少なければ、それだけ少なくなってしまいます。

健康保険に加入している社員が、産休を取った場合にも、休業期間の賃金を補償するため出産手当金が支給されます。

この支給額も、健康保険料が少なければ、それだけ少なくなってしまいます。

病気、ケガ、出産をきっかけに退職を考える社員もいるでしょう。この場合には、会社を訴えたい気持ちも強くなると思われます。

 

<社会保険料を減額する方法>

社会保険料は、入社月について丸々1か月分が徴収されますから、1日に入社しても月末に入社しても保険料は同額です。

中途採用であっても、入社日は1日にするのがお得です。

 

社会保険料は、社会保険の資格を失った月の前月分までが徴収されます。

たとえば退職の場合、資格を失うのは退職日の翌日です。

ですから、月末に退職すると翌月1日に資格を失うことになり、退職月の分まで保険料を徴収されることになります。

これが、月末以外の日に退職すれば、その月のうちに資格を失うことになりますから、退職月の保険料は発生しません。

退職は月末の1日前にするのがお得です。

 

社会保険料は、毎年4月から6月の給与支給額をもとに計算するのが原則となっています。

毎年4月から6月に支給される給与の計算期間は残業を減らしましょう。

たとえば、毎月末日締め切り翌月10日支払いの給与であれば、毎年3月から5月までの残業を減らすことになります。

また、昇給は7月支給分からにして、毎年4月から6月に支給される給与の増額を避けるという手もあります。

 

他にも、賞与の一部を退職金の積み立てに回すなど、使える手段は数多くあります。

 

<実務の視点から>

それでも、次のことを忘れてはいけません。

保険というのは、保険料に見合った補償(給付)が行われるものです。

ですから、保険料の減額は、どうやっても補償(給付)の減額に結びつきます。

このことをよく理解したうえで、会社と社員とがよく話し合い理解したうえで、実行に移すことが大事です。

また、適法に行うには、信頼できる国家資格者の社労士へのご相談をお勧めします。

源泉徴収義務者

2024/09/19|673文字

 

<源泉徴収義務者>

会社や個人が、人を雇って給与を支払ったり、税理士、弁護士、司法書士、社会保険労務士などに報酬を支払ったりする場合には、その支払の都度、支払金額に応じた所得税と復興特別所得税を差し引くことになっています。

そして、差し引いた所得税と復興特別所得税は、原則として、給与などを実際に支払った月の翌月の10日までに国に納めなければなりません。

この所得税と復興特別所得税を差し引いて、国に納める義務のある者を源泉徴収義務者といいます。

 

<個人が源泉徴収義務者にならない場合>

個人のうち、次の2つのどちらかに当てはまる人は、源泉徴収をする必要はありません。

・常時2人以下のお手伝いさんなどのような家事使用人だけに給与や退職金を支払っている人

・給与や退職金の支払がなく、社会保険労務士などの報酬・料金だけを支払っている人

たとえば、給与所得者が確定申告をするため税理士に報酬を支払っても、源泉徴収をする必要はありません。

 

<新たに源泉徴収義務者となる場合>

会社や個人が、国内で新たに給与の支払を始めて、源泉徴収義務者になる場合には、「給与支払事務所等の開設届出書」を、給与支払事務所等を開設してから1か月以内に提出することになっています。

この届出書の提出先は、給与を支払う事務所、事業所その他これらに準ずるものなどの所在地を所轄する税務署長です。

ただし、個人が新たに事業を始めたり、事業を行うために事務所を設けたりした場合には、「個人事業の開業等届出書」を提出することになっていますので「給与支払事務所等の開設届出書」を提出する必要はありません。

その解雇が不当解雇となり無効ではないかをチェックリストで確認して考えましょう

2024/09/18|894文字

 

<解雇は無効とされやすい>

会社が社員に解雇を通告しても、それが解雇権の濫用であれば無効になります。

これを不当解雇といいます。

解雇したつもりになっているだけで解雇できていないので、対象者が出勤しなくても、それは会社側の落ち度によるものとされ賃金や賞与の支払義務が消えません。

会社にとっては、恐ろしい事態です。

出来てから10年余りの労働契約法という法律に次の規定があります。

 

(解雇)

第十六条   解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 

大変抽象的な表現ですから、いかようにも解釈できそうです。

しかし、正しい解釈の基準は裁判所の判断です。

そして、裁判所の判断によれば、解雇権の濫用は簡単に認定されます。

つまり、多くの場合、不当解雇が認定されます。

 

<解雇のチェックリスト>

過去の裁判所の判断例から、以下にチェックリストを示します。

ほとんどの項目にチェックマークが入るケースならば、解雇の有効性が肯定されやすいといえるでしょう。

 

□ 解雇の理由が労働契約の継続を期待し難いほど重大なものである

□ 労働契約で約束した能力や資質と実際とが大きく食い違う

□ 教育しても労働者の能力の向上が期待できない

□ 配転や降格では対応できない

□ 教育指導を十分に行ってきた

□ 上司や教育担当が十分な対応を行ってきた

□ 解雇までの経緯や動機に隠された意図や恣意が認められない

□ 解雇の手続は就業規則に定めた通りに行った

□ 対象者と話し合い、言い分も聞いたうえで決定した

□ 対象者の会社に対する功績や貢献度が低い

□ 勤続年数は短い

□ 対象者は解雇されても再就職が容易である

□ 他の従業員に対する処分とのバランスはとれている

□ 対象者に対して、より軽い懲戒処分で対応した過去がある

 

<実務の視点から>

こうして見ると、しろうとでは判断が困難な項目も含まれています。

また、チェックマークを入れられる状態にするには、日頃の準備が必要な項目もあります。

問題社員から会社を守るための準備を進めるには、信頼できる国家資格者の社労士にご相談ください。

なんとマイナポータルに出生届のオンライン提出ができる機能が搭載されました

2024/09/17|828文字

 

<オンライン出生届>

まだ地域限定ではありますが、マイナポータルを活用して出生届をオンラインで提出することができるようになりました。

利用者は、窓口に行かなくても、スマートフォンなどから、いつでも、どこからでも、簡単に提出ができます。

オンラインでの提出には、生まれた子の親の本籍地の市区町村がオンライン提出に対応している必要がありますが、市区町村は、デジタル庁が事前に用意した届出書の様式を使用することで、簡単にサービスを開始することができます。

 

<手続の流れ>

提出完了までの手続の流れは次のとおりです。

・制度概要、手続期限、手続書類、必要な添付書類について確認します。

・ご利用の端末の環境が、電子署名ができるか確認します。

・氏名(漢字又はアルファベット)、氏名(フリガナ)、生年月日、性別、現住所、連絡先を入力します。

・オンライン届出が可能な条件を満たしているか確認します。

・子の氏名(漢字、かな)を入力します。

・父母との続き柄、生まれたとき、生まれたところ、住所登録をするところを入力します。

・父の情報、母の情報、本籍の情報を入力します。

※(嫡出でない子の場合)胎児認知に係る事項、生まれた子の母の戸籍の確認を入力します。

・子が生まれたときの世帯のおもな仕事を入力します。

・入力内容に誤りがないか確認します。

・必要書類(出生証明書の画像)をアップロードします。

・ご自身のマイナンバーカードか、スマホ電子証明書を設定済みのスマートフォンで電子署名して申請します。

・届出書様式の控えのダウンロードができます。

 

<注意点>

手続の中の電子署名には、暗証番号が必要です。暗証番号(パスワード)は、利用者自身で設定した6~16ケタの英数字です。5回間違えるとロックされますのでご注意ください。

令和6(2024)年9月3日時点で、対応の自治体は次のとおりです。

・福島県郡山市(2024年8月30日開始)

・富山県高岡市(2024年9月4日開始)

・宮崎県都城市(開始時期調整中)

同一労働同一賃金と正社員登用制度との間には深い関係があるということが判例でも示されています

2024/09/16|1,376文字

 

<2つの最高裁判決>

令和2(2020)年10月13日、大阪医科薬科大学事件とメトロコマース事件の最高裁判決が出されました。

大阪医科薬科大学事件ではアルバイト職員の賞与が、メトロコマース事件では契約社員の退職金が争われ、どちらも原告に支給する必要は無いという判断が下されました。

この結論については、マスコミが大々的に取り上げましたから、印象に残っている方も多いことでしょう。

しかし、これらの結論は一般論ではなく、どちらも正社員登用制度があり、実際に運用され、登用実績があったという事情が重要な判断理由とされています。

どちらの訴訟でも原告は、正社員の1段階前への登用にチャレンジする試験を受験し、失敗して諦めていたという事情があります。

つまり、正社員登用のチャンスが与えられていたことになります。

 

<均衡待遇・均等待遇>

上記の最高裁判決では、改正前の労働契約法第20条が焦点となりました。

現在は、パート有期労働法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)が、その内容を引き継ぎ、フルタイムの有期雇用労働者にまで適用対象が拡大されています。

同法第8条では均衡待遇(不合理な待遇差の禁止)について、1.職務の内容、2.職務の変更の範囲、3.その他の事情が判断要素とされ、待遇の不合理性が判断されます。

また、同法第9条では均等待遇(差別的取扱の禁止)について、1.職務の内容と2.職務の変更の範囲が同じであれば、同等の待遇であることが求められ、差別的取扱が禁止されています。

「1.職務の内容」は、業務内容と責任の程度を指します。

「2.職務の変更の範囲」は、将来にわたって職務内容や配置の変更の範囲を指します。

水平的な職務や部署の変更だけでなく、垂直的な役職の変更、つまり昇格なども含まれます。

「3.その他の事情」には、労使慣行や労働組合との折衝内容などが含まれます。

上記2つの最高裁判決では、正社員登用制度の存在や運用実績が、3.その他の事情として考慮されたことになります。

 

<正社員への転換>

パート有期労働法第13条は、通常の労働者への転換について規定しています。

「正社員」という言葉は法律用語ではなく、その定義は各企業に任されています。

このこともあって、パート有期労働法では「通常の労働者」と言っていますが、「正社員」とほぼ同義です。

そして、同法第13条は「事業主は、通常の労働者への転換を推進するため、その雇用する短時間・有期雇用労働者について、次の各号のいずれかの措置を講じなければならない」と規定しています。

その措置とは次の4つです。

1.正社員を募集するときに、募集内容を短時間・有期雇用労働者に周知すること。

2.正社員の配置を新たに行うときに、短時間・有期雇用労働者に応募機会を与えること。

3.短時間・有期雇用労働者向けに、試験制度など正社員登用の措置を講ずること。

4.その他の正社員への転換推進措置を講ずること。

4つの中では、1.の正社員募集内容の周知が最も手軽です。

しかし、同一労働同一賃金との絡みでは、3.の正社員登用制度の構築が有効です。

制度はあるものの形骸化している状態では、会社側に有利に働きませんので、定期的に正社員登用の告知を行い、記録を残しておくなど、その制度が有効であることを示す資料の保管が必要となります。

今の健康保険証が使えるのは2024年12月2日より前であっても退職日まで

2024/09/15|762文字

 

<健康保険証の効力>

会社で交付された健康保険証は、退職したり所定労働時間が減ったりして、健康保険の加入条件を満たさなくなると効力を失います。

この場合、保険証は会社を通じて協会けんぽなどの保険者に返却しなければならないのですが、たとえ手元に残しておいたとしても使えません。

乾電池は電池切れの状態になっても、新品の電池と見た目は変わりがないのですが使えません。

これと同じように、退職後に保険証を使うことはできません。

このことは、扶養家族が扶養から外れた場合の、その扶養家族の保険証にも当てはまります。

 

<効力切れの保険証を使うと>

退職後に誤って保険証を病院などの医療機関で使ってしまうと、後日、健康保険で支払われた医療費を、協会けんぽなどの保険者から資格を失った人に直接返還請求しているのです。

繰り返し請求されても返還しない場合は、裁判所へ支払督促申立てや少額訴訟等の法的手続を経て、強制執行(給与、預貯金等の差押え)による回収が行われます。

この場合、返還請求の対象となるのは自己負担額ではなくて医療費の全額です。

たとえば、5万円の医療費について自己負担3割で1万5千円を支払った場合に、返還請求を受けるのは1万5千円ではなくて5万円ということになります。

 

<返還請求の実態>

健康保険の資格喪失後、保険証を返却せずに医療機関等で使用して、協会けんぽから返還請求を行っているケースが全国で発生しています。

資格を失ったら速やかに保険証を返却しましょう。

 

<実務の視点から>

無効な保険証を使って治療を受けるのは、一種の詐欺です。

こうした不正なことをする人がいれば、保険料も上がってしまいます。

経済的な理由から、医療費の支払が困難な人に対しては、様々な救済措置が採られます。

困ったときは、総合病院の窓口、市町村役場などに相談してください。

再就職手当の受給には厳格な要件があります

2024/09/14|945文字

 

<再就職手当>

雇用保険の失業手当(求職者給付の基本手当)の受給資格の決定を受けた人が、早期に安定した職業に就いた場合に支給されます。

早期に安定した職業に就いた場合」には、自分で事業を開始した場合を含みます。

失業手当(求職者給付の基本手当)を受給していると、「手当をすべてもらい終わってから再就職した方が得」という気持になりがちです。

しかし、これでは失業手当が再就職を妨げていることになります。

そこで、再就職手当の制度により、再就職を促進しようというものです。

 

<再就職手当の額>

 

所定給付日数を3分の2以上残して再就職した場合

支給額 = 基本手当日額 × 失業保険の支給残日数 × 70%

 

所定給付日数を3分の1以上残して再就職した場合

支給額 = 基本手当日額 × 失業保険の支給残日数 × 60%

 

早く再就職したほうが、給付率が高いわけです。

 

<受給条件の注意>

受給のためには、次のような条件のすべてを満たすことが必要です。

かなり多いのですが、赤文字のところは特に注意が必要です。

・ハローワークで受給手続をした後、7日間の待期期間満了後に就職(事業開始)したこと。

・再就職の前日までで、基本手当の支給残日数が所定給付日数の3分の1以上あること。

・離職前の事業主に再び雇われたものではないこと。離職した事業所と密接に関連する事業所への再就職ではないこと。

・失業手当(求職者給付の基本手当)の手続をする前に雇われることが約束されていないこと。

・給付制限期間がある場合には、期間が開始してから1か月以内の再就職の場合は、ハローワークなどの紹介で就職したこと。

・過去3年以内の就職について、再就職手当をもらっていないこと。

・1年を超えて勤務することが確実であること。

 

<実務の視点から>

再就職手当支給申請書は、再就職から1か月以内に所轄のハローワークに提出することになっています。

再就職先の会社は、必要書類の事業主記入欄に記入し、添付書類と共に新規採用者に渡すのですが、これを速やかに行う必要があります。

その一方で、受給の条件を満たしていない人に、条件を満たしているような書類を渡してしまうのは違法受給への加担となってしまいます。

迷うところがあれば、信頼できる国家資格の社労士にご相談ください。

そんな考えは常識外れだ!うちでは前からこれでやってきて問題ないんだ!というパワハラ

2024/09/13|1,424文字

 

<常識的な考え方>

「常識」という言葉の意味は曖昧ですが、一般的には、次の3つの内のどれかになると思われます。

1.誰もが持っている知識・情報

2.礼儀作法、マナー

3.当たり前の感覚、分別(ふんべつ)

職場で「常識」という言葉が出てきたときには、「社会人としての常識」を言っています。具体的な局面で、3つのうちのどの意味で使われているのか、区別して考える必要があるでしょう。

上司や先輩などが「そんな意見は常識外れだ!」「うちの会社では昔からこうしてるんだ。問題ない!」などという発言をすれば、これは明らかにパワハラとなります。

ところが、発言をした本人は、相手の考え方が常識とは違うと指摘することが、パワハラになることを、理解できていない可能性が高いのです。

 

<常識的な感覚、常識としての分別>

常識的な考え方、常識的な感覚、常識としての分別という意味での「常識」は、原則として個人ごとに異なります。

ただ、会社など特定の集団の中で、一部の事柄について共通認識が得られることで、「常識」が共有されることはあります。

しかし、こうした「常識」の実態にもかかわらず、多くの人に共通するものだという勘違いがあります。「世間一般の常識」という言葉はありますが、それがどれほど多くの人々に共有されているのか、共通しているのかは、確認のしようもありません。

 

<常識を巡るパワハラ>

「そんな意見は常識外れだ!」というのは、「私の中の常識とは違う」あるいは「社内の共通認識とは違う」という意味でしょう。これが事実だとしても、「そんな意見」が誤っているとは言えません。

一方で、「そんな意見」を言った人の人格を確実に傷つけています。

「そんな意見は常識外れだ!」という発言は、業務の遂行にも役立ちませんし、「そんな意見」を言った人の成長にもつながりません。つまり、正当な業務指示でも指導でもないのです。

「うちの会社では昔からこうしてるんだ。問題ない!」という発言についても、同じことが言えます。その昔、社内の共通認識に従って始めたことが、今もなお、社内の「常識」に適合しているかを、再検討するチャンスを逃す発言という点でも問題があります。

 

<ジェネレーションギャップ>

こうしたパワハラ発言が出てくるのは、ジェネレーションギャップが最大の要因と考えられます。

「近頃の若いもんは」というのは、世代による「常識」の違い、ジェネレーションギャップを端的に表した言葉です。そうすると、同世代での共通認識は、ある程度まで想定できるものの、世代を超えて共有している「常識」の存在は期待できません。

この「常識」の違いが、ハラスメントの原因にもなります。

部下に反省させるためなら、怒鳴るのも、多少の暴力をふるうのも仕方がないという昭和時代の「常識」が、パワハラの原因となります。

いつも笑顔で感謝の言葉を述べるのは、自分に好意を抱いている確たる証拠であるという昭和時代の勘違い、性的な言葉による「からかい」やボディータッチでさえ、職場の潤滑油とされた昭和時代の「常識」が、セクハラの原因となります。

異なる世代の人々が集まっている会社の中で、社員一人ひとりの「常識」に任せていては、必然的にトラブルが発生してしまいます。

会社が安全配慮義務を果たし、ハラスメントを防ぐには、社内の統一ルールと教育が必要なのです。様々な言葉の意味を統一し共有することで、業務の正常な遂行に必要な、社内での「常識」が共有されていきます。

なんだその挨拶は!?礼儀も知らないのか?と言うパワハラ

2024/09/12|1,273文字

 

<常識に反する言動>

「常識」という言葉の意味は曖昧ですが、一般的には、次の3つの内のどれかになると思われます。

1.誰もが持っている知識・情報

2.礼儀作法、マナー

3.当たり前の感覚、分別(ふんべつ)

職場で「常識」という言葉が出てきたときには、「社会人としての常識」を言っています。具体的な局面で、3つのうちのどの意味で使われているのか、区別して考える必要があるでしょう。

入社したばかりの新人に向かって「挨拶の仕方も知らないのか?常識だろう!」「10分前行動に違反しているぞ!」などという発言をすれば、これは明らかにパワハラとなります。

ところが、発言をした本人は、マナー違反の指摘がパワハラになることを、理解できていない可能性が高いのです。

 

<礼儀作法、マナーとしての常識>

社内での礼儀作法やマナーが「常識」と呼ばれることがあります。この意味での「常識」を欠く社員がいると、人間関係がぎくしゃくし、取引先との関係が悪くなることもあります。

ビジネスマナー研修を受講させ、上司や先輩が手本を示すことによって、「常識」を身に着けさせることができます。

たしかに、応接室や車内での席順、名刺交換の方法などは、ほとんどの企業に共通のビジネスマナーですから、全国的な「常識」ともいえます。しかし、挨拶の仕方については、まるで方言のように、地域や業界によってマナーが異なっていますから、転職すれば多少の修正が必要になります。

 

<マナー違反を指摘するパワハラ>

こうした違いの存在を知らない社員が、自分と異なるマナーを身に着けた新人社員を馬鹿にしたり、叱ったりすることで、パワハラが発生します。新人社員から見れば、他の社員はすべて先輩社員ですから、それだけで優越的な関係を背景とした言動となり、新人社員を萎縮させ働きにくくしてしまいます。

また、会社ぐるみでパワハラを行い、中途採用の社員を試用期間中に解雇してしまうなど、誤った判断をすれば訴訟に発展することもあります。

社内での礼儀作法とマナーを統一し、それが全企業統一の「常識」ではなく社内ルールであることを、社員に教育しておく必要があります。

 

<パワハラとならないために>

新卒採用の新人よりも、中途採用の新人の方が、マナー違反の指摘によるパワハラ被害を受けることが多いでしょう。

中途採用であれば、それなりの礼儀作法、マナーを身に着けていると期待されるからです。しかし、期待して良いのは、礼儀作法やマナーの全国全企業の共通部分です。地域、業界、業種によって異なるローカルルールについてまで、すべてを知っているはずがありません。

また、新人についてマナー違反と感じられることがあれば、マナー違反そのものを指摘することは無用であって、社内での共通マナーを丁寧に説明することが大事だということも、社内の共通認識とする必要があります。

一方で、社内で共通ルールとなっているマナーが、いつの間にか、その地域・業界での「常識」から外れている可能性もあります。同業他社のマナーがどうなっているのか、常に意識して情報を集めることも考えましょう。

こんなことも知らないのか?小学校からやり直しだ!社会人の常識がないと言うパワハラ

2024/09/11|1,349文字

 

<常識が足りない>

「常識」という言葉の意味は曖昧ですが、一般的には、次の3つの内のどれかになると思われます。

1.誰もが持っている知識・情報

2.礼儀作法、マナー

3.当たり前の感覚、分別(ふんべつ)

職場で「常識」という言葉が出てきたときには、「社会人としての常識」を言っています。具体的な局面で、3つのうちのどの意味で使われているのか、区別して考える必要があるでしょう。

部下や後輩に向かって「こんなことも知らないのか?常識だろう!」「小学校からやり直しだな!」などという発言をすれば、これは明らかにパワハラとなります。

ところが、発言をした本人は、知識不足の指摘がパワハラになることを、理解できていない可能性が高いのです。

 

<パワハラの定義に当てはめてみても>

厚生労働省は、職場における「パワーハラスメント」を次のように定義しています。

 

職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①~③までの要素を全て満たすものをいいます。

※ 客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、該当しません。

 

職場での上司や先輩であれば、部下や後輩に対して、①優越的な関係にあることは明らかですし、知識不足の指摘は優越的な関係を背景としていると考えられます。その証拠に、部下や後輩から、上司や先輩に向かって、そうそう「こんなことも知らないのか?」とは言いません。

上司や先輩が、部下や後輩に、業務上必要な知識・情報の不足を感じたときに取るべき行動は、その場で不足する知識や情報を与えることです。これは業務上必要な行為であり、相当な範囲内の行為です。しかし、業務上必要な知識の不足そのものを指摘することは、②業務上必要な行為ではありません。ましてや、業務上必要のない知識の不足を指摘することは、単なる雑談となってしまいます。

③労働者の就業環境が害されるとは、集中して落ち着いて働けない人が出てきたり、そもそも出勤したくなくなる人が出てきたりする状況をいいます。知識不足だと言われた人も、その周囲の人たちも、就業環境を害されてしまうでしょう。

こうして、知識不足の指摘は①~③の要件を満たしてしまいます。

では、「客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導」という例外に該当するかというと、知識不足の指摘は、業務指示や指導に当たらないので、例外には該当しません。

こうして「あなたは、こんなことも知らないのですか?」という発言がパワハラになってしまうのです。

 

<社内で必要な知識>

「社会人としての常識的な知識」は、その範囲があまりにも曖昧で、個人の主観によって大きく左右されてしまいます。

これに対して、働く上で必要な知識として明確なのは、担当業務に必要な知識の他、経営理念や社員の行動指針があります。

経営理念や社員の行動指針は、就業規則と共にファイルして周知し共有すると良いでしょう。

部門単位で共通する必要な知識・情報は、各部門で協議してまとめ、ミーティングなどで共有していくのが良いでしょう。

これらは、個人の主観に左右されない公式の常識として、共有されることが望ましいものです。

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