2025/06/19|1,461文字
<内定の法的性質>
採用過程における「内定」は、単なる口約束ではなく、「始期付解約権留保付労働契約」とされています。これは、以下のような意味を持ちます。
始期付=労働契約の効力が将来の入社日に発生する。
解約権留保付=入社までの間に重大な事情が発生した場合、企業が契約を解約できる。
つまり、内定が成立した時点で、企業と内定者の間には法的拘束力のある契約関係が生じており、企業が一方的に内定を取り消すことは原則として許されません。
<内定取消が許される場合(適法とされるケース)>
以下のような場合には、内定取消が「社会通念上相当」とされ、法的に認められる可能性があります。
- 経歴詐称があった場合
内定者が履歴書や面接で重大な虚偽申告をしていた場合(例:学歴・職歴の詐称、犯罪歴の隠蔽など)、企業がその事実を知っていれば内定を出さなかったと合理的に判断される場合には、内定取消が認められることがあります。
- 健康上の理由で就労が不可能な場合
内定者が重篤な病気や怪我により、長期にわたって就労が不可能と判断される場合、労働力の提供が困難であるため、内定取消が認められることがあります。ただし、軽微な病気や、企業が内定前から把握していた健康状態を理由にすることはできません。
- 整理解雇に準じる経営上の理由
企業の経営悪化により、整理解雇の4要素(人員削減の必要性、解雇回避努力、合理的な人選、手続きの妥当性)を充足する場合には、内定取消も認められる可能性があります。ただし、単なる業績悪化では不十分です。
<内定取消が許されない場合(違法とされるケース)>
以下のような理由での内定取消は、違法と判断される可能性が高いです。
- 妊娠・出産を理由とする取消
女性が内定後に妊娠・出産したことを理由に内定を取り消すのは、男女雇用機会均等法第9条に違反し、明確に違法です。
- 社風に合わない、印象が悪いなどの主観的理由
「陰気な印象」「社風に合わない」など、採用面接時に判断できたはずの主観的な理由での内定取消は、裁判で無効とされる可能性が高いです。
実際に「大日本印刷事件」では、内定者の印象を理由にした取消が無効とされ、企業に慰謝料の支払いが命じられました。
- SNS投稿や過去のアルバイト歴など
内定後にSNSで企業批判をした、過去に風俗業でアルバイトしていたなどの理由での取消も、企業が採用時に確認できた可能性がある場合や、業務に直接関係しない場合には、違法とされることがあります。
<違法な内定取消のリスク>
企業が違法に内定を取り消した場合、以下のようなリスクを負うことになります。
損害賠償請求:給与相当額や精神的苦痛に対する慰謝料の支払
企業名の公表:厚生労働省により、一定の条件下で企業名が公表される。
社会的信用の失墜:報道などにより企業イメージが大きく損なわれる。
<内定取消を避けるために企業がすべきこと>
内定取消を避けるためには、採用の精度を高め、丁寧な対応をすることが必要です。最低でも、次のようなことは手を抜けません。
・採用時に十分な情報収集と確認を行う。
・内定通知書や誓約書の内容を明確にする。
・内定取消が必要な場合は、早期に丁寧な説明と補償の検討を行う。
<実務の視点から>
内定取消は、企業にとっても内定者にとっても重大な問題です。原則として内定は労働契約であり、企業が自由に取り消すことはできません。取消が認められるのは、客観的に合理的で社会通念上相当と認められる場合に限られます。企業は慎重な対応が求められ、内定者も自らの権利を理解しておくことが重要です。