準ずる条項の問題点

2025/06/15|1,189文字

 

<準ずる条項>

企業が従業員に対して懲戒処分を行う際、その根拠となるのは通常、就業規則に定められた「懲戒事由」です。

中でも「前各号に準ずる不都合な行為があったとき」といった包括的な条項(準ずる条項)は、具体的な行為が列挙されていない場合でも懲戒処分を可能にする柔軟な規定として多くの企業で採用されています。

しかし、このような条項に基づく懲戒には、法的・実務的にいくつかの重大な問題点が存在します。

 

<懲戒事由の明確性の欠如>

労働契約法第15条は、懲戒処分を行うには「就業規則その他に定める懲戒事由に該当すること」が必要であるとしています。

つまり、懲戒の根拠はあらかじめ明確に定められていなければならず、労働者が自らの行動が懲戒対象となるか否かを予見できる必要があります。

しかし「前各号に準ずる不都合な行為」という表現は非常に抽象的であり、どのような行為が該当するのかが不明確です。

このため、労働者にとっては自らの行為が懲戒対象となるかどうかを判断することが困難であり、法的安定性や予測可能性を欠くことになります。

 

<懲戒権の濫用のリスク>

包括的な条項を根拠に懲戒処分を行うと、企業側の裁量が過度に広がり、懲戒権の濫用につながるおそれがあります。

たとえば、企業にとって「不都合」とされる行為が、実際には社会通念上問題のない行為であった場合でも、処分が行われる可能性があるため、労働者の権利が不当に侵害されるリスクがあります。

 

<就業規則の運用上の問題>

「準ずる条項」は、就業規則の運用においても混乱を招く可能性があります。

懲戒処分を行う際には、社内の懲戒委員会や労働組合との協議が必要となる場合がありますが、曖昧な条項に基づく処分は、社内外からの反発や不信感を招きやすく、労使関係の悪化を引き起こすこともあります。

 

<対応策と留意点>

このような問題を回避するためには、以下のような対応が求められます。

 

懲戒事由の具体化:就業規則において、可能な限り具体的な懲戒事由を列挙し、労働者が自らの行動の可否を判断できるようにする。

「準ずる条項」の限定的運用:この条項を適用する際には、具体的な懲戒事由と類似性があるかどうかを慎重に検討し、処分の合理性を説明できるようにする。

弁明の機会の確保:懲戒処分を行う前に、労働者に対して十分な弁明の機会を与えることで、手続的公正を担保する。

専門家の関与:懲戒処分の妥当性については、労務管理に詳しい社会保険労務士などの専門家の意見を仰ぐことが望ましい。

 

<実務の視点から>

「前各号に準ずる不都合な行為」に基づく懲戒処分は、企業にとって柔軟な対応を可能にする一方で、法的な明確性や予測可能性を欠くため、慎重な運用が求められます。

懲戒処分の正当性を確保するためには、就業規則の整備と運用の透明性が不可欠であり、労使双方の信頼関係を損なわないような対応が求められます。

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