2025/06/14|1,651文字
<労災保険のメリット制>
労災保険(労働者災害補償保険)は、労働者が業務中や通勤中にケガや病気、死亡などの災害に遭った場合に、治療費や休業補償などを給付する制度です。すべての事業主は、労働者を一人でも雇用していれば加入が義務付けられています。
この労災保険には「メリット制」と呼ばれる仕組みがあり、事業場ごとの労働災害の発生状況に応じて保険料率が増減されます。
<メリット制の目的と仕組み>
労災保険のメリット制は、事業場ごとの労働災害の発生状況に応じて、保険料率を割引または割増する制度です。これは、労働災害の発生が少ない事業場にはインセンティブ(報奨)を与え、逆に災害が多い事業場には負担を増やすことで、安全管理の向上を促す目的があります。
労働災害の発生頻度は業種や職場環境によって大きく異なります。すべての事業場に一律の保険料率を適用すると、安全管理に力を入れている企業が不利になる可能性があります。そこで、災害の発生状況に応じて保険料を調整することで、公平性と安全意識の向上を両立させるのがメリット制の狙いです。
メリット制は、一定の条件を満たす事業場に対して適用されます。具体的には、以下のような条件があります。
・対象となるのは「継続事業」および「一括有期事業」
・3年間の保険年度における労災発生状況をもとに評価 ・評価結果は、3年目の翌々年度に反映される |
たとえば、令和6年度までの3年間の実績が評価対象となる場合、その結果は令和8年度の保険料に反映されます。
<メリット制の計算方法>
メリット制による保険料の増減は、以下の手順で計算されます。
- メリット収支率の算出
メリット収支率(%) = (保険給付額 / 確定保険料) × 第一種調整率 × 100
この収支率が低いほど、保険給付が少なく、保険料の割引対象となります。
- メリット増減率の決定
厚生労働省が定める「増減表」に基づき、収支率に応じた増減率(±40%の範囲内)が決定されます。
- 最終的な保険料率の計算
最終保険料率 = (業種別労災保険率 – 非業務災害率) × ((100 + メリット増減率) / 100) + 非業務災害率
<メリット制の実態と課題>
最新データによると、メリット制が適用されている事業場は全体の約5%にとどまっています。そのうち、保険料が割引されている事業場は約4.1%、割増されているのは約0.8%です。
割引を受けている事業場では、最大で40%の保険料引き下げが適用されており、平均でも29.1%の引き下げが確認されています。
一方で、制度の対象外となっている95%以上の事業場は、どれだけ安全管理に努めても割引の恩恵を受けられないという不公平感が指摘されています。
2025年4月の厚生労働省の研究会では、「メリット制が保険財政に与える影響が大きく、制度の公平性に疑問がある」との意見が出されました。実際、制度を廃止すれば、全体の保険料を17%引き下げることが可能という試算もあります。
現時点では、メリット制の廃止や大幅な見直しは決定されていませんが、制度の公平性や効果に対する議論は続いています。今後の動向としては、以下のような方向性が考えられます。
適用対象の拡大:より多くの事業場がメリット制の恩恵を受けられるようにする。
評価基準の見直し:災害の重篤度や再発防止策の有無など、より多角的な評価を導入。 制度の廃止と一律引き下げ:保険料率を全体的に引き下げ、制度自体を廃止する。 |
<実務の視点から>
労災保険のメリット制は、労働災害の発生状況に応じて保険料を調整する制度であり、安全管理のインセンティブとして一定の効果を持っています。しかし、適用対象が限られていることや、制度の公平性に対する疑問から、見直しの議論が活発化しています。
企業としては、制度の動向を注視しつつ、引き続き労働災害の防止に努めることが重要です。また、制度の適用対象となるための条件や手続きについても、社労士などの専門家と連携しながら対応していくことが求められます。