退職者の年次有給休暇取得

2025/06/29|1,057文字

 

<基本的な考え方>

退職者が残っている年次有給休暇(以下、有給休暇)をすべて取得したいと申し出た場合、企業は労働基準法に基づき適切に対応する必要があります。

有給休暇は労働者の権利であり、企業は原則としてこれを認める義務があります。

ただし、業務の円滑な運営を考慮しながら対応することも重要です。

 

<有給休暇の取得は労働者の権利>

労働基準法第39条により、労働者は有給休暇を請求する権利を持っています。

企業は、労働者が希望する時季に有給休暇を取得できるよう配慮する必要があります。

ただし、企業が努力しても、業務に著しい支障がある場合には、時季変更権を行使することが可能です。

 

<退職時の有給休暇取得のポイント>

退職者が有給休暇をすべて取得したいと申し出た場合、企業は以下の点を考慮して対応する必要があります。

 

① 退職日までの勤務状況の確認

退職日までに有給休暇を取得することが可能か確認する。

業務の引継ぎや最終的な処理が完了するかを確認する。

 

② 有給休暇の取得時季の調整

企業は、努力しても業務に支障がある場合、時季変更権を行使できるが、退職日が決まっている場合は変更が難しい。

退職日までに有給休暇を取得できるよう、スケジュールを調整する。

 

③ 有給休暇の買取の検討

法的には、有給休暇の買取は原則として認められていないが、退職時に限り未消化により消滅してしまうことになる分を買い取ることは、本人の同意があれば可能な場合がある。

企業の就業規則に基づき、買取の可否を確認する。

 

<企業が取るべき対応>

企業は、退職者の有給休暇取得に関して以下の対応を取ることが望ましいです。

 

① 事前のルール整備

就業規則に退職時の有給休暇取得に関する規定を明記する。

退職者がスムーズに有給休暇を取得できるよう、社内ルールを整備する。

 

② 退職者との適切なコミュニケーション

退職者と相談し、業務の引継ぎや最終的な処理を考慮しながら有給休暇の取得計画を立てる。

退職日までに有給休暇を取得できるよう、柔軟に対応する。

 

③ 法令遵守の確認

労働基準法に基づき、退職者の有給休暇取得を適切に認める。

必要に応じて労働基準監督署や社会保険労務士に相談する。

 

<実務の視点から>

退職者が残っている有給休暇をすべて取得したいと申し出た場合、企業は労働基準法に基づき適切に対応する必要があります。

業務の円滑な運営を考慮しながら、退職者と協議し、スムーズな有給休暇取得を支援することが重要です。

企業は事前にルールを整備し、適切なコミュニケーションを取ることで、円満な退職を実現できます。

労働基準監督署の臨検監督

2025/06/28|836文字

 

<臨検監督>

労働基準監督署(労基署)は、労働基準法や労働安全衛生法などの法律が適切に守られているかを確認するために、企業に対して臨検監督を行います。

これは、労働者の権利を守り、安全な労働環境を確保するための重要な活動です。

 

<臨検監督が行われる場合>

臨検監督は、以下のような場合に実施されます。

 

  • 定期監督 労基署が年間計画に基づいて、企業の労働環境を調査します。事前に通知される場合もあれば、抜き打ちで行われることもあります。

 

  • 申告監督 労働者からの申告(違法な長時間労働、未払い賃金など)があった場合に実施されます。申告者の情報を伏せたまま行われるのが原則とされます。

 

  • 災害時監督 労働災害が発生した際に、原因究明と再発防止のために行われます。特に死亡事故や重大な災害が発生した場合に重点的に調査されます。

 

  • 再監督 以前の監督で違反が指摘され、是正勧告を受けた企業に対して、改善状況を確認するために行われます。

 

<臨検監督の内容>

臨検監督では、以下のような項目が調査されます。

 

  1. 労働条件の確認

労働条件通知書(労働契約書)や就業規則の整備状況

賃金台帳や労働時間の記録

三六協定(時間外労働の協定)の締結状況

 

  1. 労働時間の管理

法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えていないか

適切な休憩時間や休日が確保されているか

タイムカードや勤怠管理システムの運用状況

 

  1. 安全衛生管理

労働安全衛生法に基づく設備や機械の管理

定期健康診断の実施状況

産業医や安全管理者の選任状況

 

<違反があった場合の対応>

・軽微な違反の場合は「指導票」が交付され、改善を求められる

・法律違反が認められた場合は「是正勧告書」が交付され、改善し改善報告書を提出することが求められる

・重大な違反の場合は「使用停止命令」や「刑事罰」が科されることもある

 

<企業が準備すべき書類>

臨検監督に備えて、企業は以下の書類を整備しておく必要があります。

・労働者名簿

・賃金台帳

・労働条件通知書(雇用契約書)

・就業規則

・三六協定届

・健康診断の結果(会社控)

会社が年次有給休暇を勝手に使う

2025/06/27|980文字

 

<年次有給休暇>

年次有給休暇は、労働基準法第39条に基づき、一定の条件を満たした労働者に対して付与される有給の休暇です。主な特徴は次の通りです。

・入社から6か月以上継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した場合に付与

・週5日勤務であれば最低10日間(勤続年数に応じて増加)

・労働者が自由に取得日を指定できる

・使用者は、努力しても業務に著しい支障が出る場合のみ「時季変更権」を行使できる

 

<会社が「勝手に使う」とは?>

以下のようなケースが「勝手に使われた」とされる典型例です:

・労働者が申請していないのに、欠勤日を年次有給休暇扱いにされていた

・会社都合の休業日に、年次有給休暇を自動的に充てられた

・シフト表に無断で年次有給休暇が組み込まれていた

・退職時に、残っていた年次有給休暇を一方的に消化された

これらは、労働者の意思に反して有給を使用しているため、原則として違法です。

 

<違法性の根拠>

  • 労働者の「時季指定権」を侵害している

年次有給休暇は、労働者が「いつ取得するか」を決める権利(時季指定権)を持っています。会社が一方的に日を決めることは、この権利を侵害する行為です。

  • 労働基準法第39条に違反

労働基準法では、年次有給休暇は「労働者の請求によって与えなければならない」と明記されています。つまり、労働者の申請がなければ成立しないのです。

 

<例外的に認められるケース>

(1)計画的付与制度

労使協定により、年5日を超える年次有給休暇については、会社があらかじめ取得日を指定できる制度です。ただし、労働者の自由に使える5日間は必ず残す必要があります。また、労使協定は周知しておく必要があります。

(2)時季変更権

労働者が指定した日に業務に著しい支障がある場合、会社は別の日に変更を求めることができます。ただし、これは「変更」だけであり、「勝手に指定」はできません。

 

<違法な場合の労働者の対処法>

  • まずは会社に確認

「この日は有給にした」と言われた場合、その根拠や合意の有無を確認しましょう。

  • 記録を残す

メールや勤怠記録、給与明細など、証拠を残しておくことが重要です。

  • 労働基準監督署に相談

違法性が高いと感じた場合は、労働基準監督署に相談することで、是正指導が入る可能性があります。

  • 社会保険労務士に相談

退職時や長期的なトラブルの場合は、労働問題に詳しい社会保険労務士に相談するのも有効です。

社会保険料の労使折半

2025/06/26|1,044文字

 

<社会保険料の労使折半の正当性と実態>

社会保険料の「労使折半(労働者と事業主が半分ずつ負担する)」という仕組みは、日本の社会保障制度の根幹をなす重要な制度設計です。

しかし、「なぜ事業主が半分も負担するのか?」「本当に折半といえるのか?」という疑問も根強くあります。

 

<社会保険料の「労使折半」>

社会保険(健康保険、厚生年金保険、介護保険など)の保険料は、原則として労働者と事業主が半分ずつ負担します。これを「労使折半」と呼びます。

たとえば、厚生年金保険料が18.3%であれば、労働者が9.15%、事業主も9.15%を負担します。

 

<事業主が半分を負担する正当な理由?>

(1)制度の起源:ビスマルク体制

この仕組みの起源は、19世紀ドイツのビスマルクによる社会保険制度にあります。国家と企業が共同で労働者の生活を支えるという思想のもと、企業が保険料の半分を負担する「労使折半」が導入されました。

(2)資本主義の恩恵に対する「参加料」

企業は、法制度、インフラ、教育、治安など、社会が提供する基盤の上で利益を得ています。したがって、社会の安定に対して一定の責任を負うべきであり、社会保険料の折半はその「参加料」と言われます。

(3)労働者の生活安定は企業の利益にもつながる

労働者が病気や老後の不安なく働ける環境は、企業にとっても生産性や定着率の向上という形で利益をもたらします。社会保険制度は、企業と労働者の「共通利益」を守る仕組みでもあります。

 

本当に「折半」といえるのか?>

(1)形式的には折半

法律上、保険料は「労使折半」と明確に定められており、事業主は労働者と同額を負担しています。これは給与明細書や年金制度の設計にも反映されています。

(2)実質的には「労働者が負担している」という見方も

一部の論者は、「企業が負担しているように見えて、実際には人件費として給与に転嫁されている」と指摘します。つまり、企業は「給与+社会保険料負担分」を総人件費として予算化しており、労働者の賃金がその分抑えられている可能性があるという主張です。

この見方に立てば、「折半」とは名ばかりで、実質的には労働者が全額負担しているともいえます。

 

<制度の透明性と今後の課題>

ねんきん定期便には事業主負担分が記載されていないため、「企業がどれだけ負担しているか」が見えにくいという問題があります。

制度の「見える化」や「説明責任」が求められており、企業側の負担を明示することで、社会保険制度への理解と納得感を高める必要があります。

労働基準法で一番重い罰則

2025/06/25|1,018文字

 

<労働基準法第5条「強制労働の禁止」>

労働基準法第5条は、以下のように規定されています。

「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。」

この条文は、労働者の基本的人権を守るための極めて重要な規定です。

労働契約は本来、労使双方の自由な意思に基づいて締結されるべきものであり、暴力や脅迫によって無理やり働かせることは、法的にも倫理的にも許されません。

 

<最も重い罰則の内容>

この第5条に違反した場合、労働基準法の中で最も重い刑罰が科されます。

拘禁刑:1年以上10年以下

罰金刑:20万円以上300万円以下

併科:拘禁刑と罰金刑が同時に科されることもある

この罰則は、他の労働基準法違反(例:残業代未払い、休憩時間の未付与など)と比べて、突出して重いのが特徴です。

 

<これほど重い理由>

強制労働は、単なる労働条件の違反ではなく、人権侵害にあたる行為です。

国際的にもILO(国際労働機関)条約などで厳しく禁止されており、日本もこれに加盟しています。

また、過去には「技能実習生制度」などで、実質的に強制労働に近い状況が問題視されたこともあり、社会的にも非常に敏感なテーマです。

 

<強制労働に該当する具体例>

以下のような行為が、強制労働とされる可能性があります。

退職を申し出た労働者に対し、脅迫して辞めさせない

寮や社宅に住むことを強制し、外出や連絡を制限する

パスポートや在留カードを取り上げて帰国を妨げる(外国人労働者の場合)

金銭的制裁や借金を理由に、労働を強制する

これらは、労働者の「自由意思」を奪う行為であり、重大な違法行為です。

 

<両罰規定と企業責任>

労働基準法には「両罰規定」があり、違反行為を行った個人(例:上司や管理職)だけでなく、法人(企業)自体も罰則の対象となります。

たとえば、ある管理職が部下に対して脅迫的に残業を強制した場合、その管理職だけでなく、企業にも罰金刑が科される可能性があります。

 

<実務上の影響とリスク>

強制労働に該当する行為が発覚した場合、以下のような深刻な影響が生じます。

労働基準監督署による臨検監督(立入調査調査・是正勧告)

・刑事告発・逮捕・送検

・企業名の公表(厚生労働省の「ブラック企業リスト」)

・社会的信用の失墜、採用難、取引停止

・損害賠償請求(精神的苦痛や逸失利益)

罰則以上に、企業の存続に関わるリスクがあることを理解する必要があります。

定年後の再雇用で賃金が減額

2025/06/24|946文字

 

<定年後再雇用制度>

高年齢者雇用安定法により、企業は希望する従業員に対して65歳までの雇用確保が義務付けられています(2025年4月から完全義務化)。

このため、多くの企業が「再雇用制度」や「勤務延長制度」を導入しています。

再雇用制度は、一度定年退職した後、契約社員などとして再び雇用される制度です。

勤務延長制度は、定年後もそのまま雇用契約を継続する制度です。

 

<賃金減額の実態と背景>

再雇用後の賃金は、定年前と比べて平均で20~30%程度減額されるケースが多く見られます。その背景には以下のような事情があります。

・雇用形態が無期から有期契約に変わる

・労働時間や責任範囲が縮小される

・年金受給とのバランスを考慮される

・企業側の人件費圧縮の必要性

 

<適法・違法の一般的な判断基準>

  • 適法とされるケース

再雇用後の業務の負担や責任が軽くなり、労働条件が変更された場合には、合理的な理由があるとされ、減額は適法と判断されることがあります。

  • 違法とされるケース

一方で、業務内容や責任が定年前とほぼ同じであるにもかかわらず、大幅な賃金減額が行われた場合は、「同一労働同一賃金」の原則に反し、違法とされる可能性があります。

 

<裁判例から見る判断基準>

最高裁平成30年6月1日判決では、定年前と同様の業務を行っていたにもかかわらず、賃金が20%以上減額された再雇用について、一部違法と判断されました。

このように、裁判所は以下の点を重視して判断します:

・業務内容や責任の程度

・配置転換の有無

・労働時間や勤務形態の変化

・労使間の合意の有無

 

<労働者が取れる対処法>

もし不当な賃金減額があったと感じた場合には、以下のような対応が考えられます。

  1. 会社に説明を求める:業務内容と賃金の整合性について確認。
  2. 労働組合に相談:団体交渉を通じて待遇改善を図る。
  3. 労働局や弁護士に相談:法的手段を検討する。

 

<今後の展望と課題>

2025年の法改正により、65歳までの雇用確保が完全義務化され、70歳までの就業機会確保も努力義務として求められています。

これにより、企業はより柔軟かつ公平な再雇用制度の設計が求められます。

一方で、賃金減額の問題は「高齢者の働きがい」や「生活の安定」に直結するため、制度の透明性と納得感のある運用が今後の大きな課題です。

早出出勤の賃金

2025/06/23|726文字

 

<早出出勤>

「早出出勤」とは、通常の始業時刻よりも早く職場に到着し、業務を開始することを指します。

たとえば、始業が午前9時の職場で、午前8時から業務を始めた場合などが該当します。

 

<労働時間となる条件>

早出出勤が「労働時間」として認められるには、以下のような条件が必要です。

  • 会社の指示や黙認がある場合

→ 明示的な指示がなくても、上司が黙認していたり、職場の慣習として早出が当然とされていたりする場合も含まれます。

  • 業務に従事していること

→ 単に早く来ているだけで休憩しているのではなく、実際に業務を行っている必要があります。

このような場合、早出出勤の時間は「労働時間」として集計され、賃金支払の対象となります。

 

<賃金の支払義務>

労働時間として認められた早出出勤には、当然ながら賃金の支払い義務が発生します。さらに、以下のようなケースでは割増賃金(残業代)が必要です。

  • 1日8時間、または週40時間を超える場合

→ 通常の賃金の25%以上の割増が必要です。

  • 深夜(22時~翌5時)にかかる場合

→ 通常の賃金の25%以上の深夜割増が必要です。

 

<就業規則や労働契約の確認が重要>

早出出勤に関する取り扱いは、会社ごとに異なる場合があります。

・早出を「残業」として扱う会社

・早出を「自主的な行動」として賃金を支払わない会社

後者の場合には、未払賃金が発生している可能性が高いです。

このため、就業規則や労働契約書の規定や実際の運用を確認することが非常に重要です。

 

<トラブルを避けるために>

もし早出出勤に対して賃金が支払われていない場合、以下の対応が考えられます。

まずは上司や人事部に確認・相談

労働基準監督署に相談(匿名でも可能)

必要に応じて労働問題に詳しい社会保険労務士に相談

アルバイトの解雇

2025/06/22|999文字

 

<アルバイトでも「労働者」としての権利がある>

まず前提として、アルバイト(パートタイマーや短期雇用者を含む)であっても、労働基準法上の「労働者」に該当します。

したがって、正社員と同様に、解雇に関しても法律による保護を受けています。

 

<解雇には「客観的合理性」と「社会的相当性」が必要>

労働契約法第16条は、解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、無効」としています。これはアルバイトにも適用されます。

たとえば、以下のような理由では解雇は認められにくいです。

・シフトに入れない日が多い

・店長と合わない

・売上が落ちてきたから人を減らしたい

これらは一見もっともらしく見えても、解雇の正当な理由としては不十分とされる可能性があります。

 

<解雇予告義務>

労働基準法第20条により、使用者は労働者を解雇する場合、少なくとも30日前に予告するか、30日分以上の平均賃金を支払う必要があります。これはアルバイトにも適用されます。

例外として、試用期間中や重大な規律違反があった場合などは即時解雇が認められることもありますが、それでも「合理的な理由」が必要です。

 

<不当解雇だと訴えられる可能性>

アルバイトであっても、解雇が不当であると判断された場合、労働者側から労働基準監督署への相談や、労働審判・訴訟に発展することがあります。

企業側が敗訴した場合、損害賠償や未払賃金の支払を命じられることもあります。

 

<契約期間の途中解雇>

有期雇用契約(たとえば「3か月契約」など)の途中で解雇する場合は、さらに厳しい条件が課されます。

労働契約法第17条では、「やむを得ない事由」がなければ契約期間中の解雇はできないとされています。

 

<解雇以外の選択肢>

業務量の減少や人員整理が必要な場合でも、まずは次のような代替手段が検討されるべきです。

・シフトの調整や短縮

・配置転換

・契約更新の見送り(契約満了)

これらを経ずにいきなり解雇することは、法的リスクを高めることになります。

 

<実務の視点から>

アルバイトの解雇は、正社員と比べて「簡単そう」に見えるかもしれませんが、実際には法律上の制約が多く、慎重な対応が求められます。

企業側が一方的に解雇を進めると、法的トラブルに発展する可能性があるため、解雇の前には必ず「客観的に合理的な理由」「社会通念上の相当性」「手続きの適正性」があるかを確認する必要があります。

パワハラ加害者の処分がむずかしい問題

2025/06/21|1,259文字

 

<被害者の不満>

パワハラ被害を受けたと感じた労働者からは、会社が加害者を処分しないという不満が聞かれます。

これには、以下に述べるように、さまざまな理由が考えられます。

 

<証拠の確保が難しい>

  • 証言の曖昧さ

パワハラは多くの場合、密室や非公開の場で行われるため、録音や録画などの客観的証拠が残りにくいです。被害者の証言だけでは「言った・言わない」の水掛け論になりやすく、処分の根拠としては弱くなります。

  • 証拠収集の心理的ハードル

被害者が録音やメモを取ること自体に心理的な抵抗がある場合も多く、証拠を残すことが難しいです。また、証拠を集める過程で加害者に気づかれ、報復を受けるリスクもあります。

 

<組織の対応が消極的>

  • 加害者が上司・管理職である場合

加害者が組織内で高い地位にあると、組織はその人物を処分することで業務に支障が出ることを懸念し、問題を「なかったこと」にしようとする傾向があります。

  • 組織の評判を守ろうとする

パワハラ問題が表面化すると、企業のイメージや信頼性に悪影響を与える可能性があるため、内部での処理にとどめ、外部に公表しないようにするケースもあります。

  • 内部通報制度の機能不全

通報窓口が加害者と近い部署にある、あるいは通報しても何も変わらなかったという前例があると、被害者は通報をためらい、結果として処分に至らないことがあります。

 

<法的なハードル>

  • 明確な定義の難しさ

パワハラの定義はある程度法律で定められていますが、実際の現場では「指導」と「ハラスメント」の線引きが曖昧なことが多く、法的に処分するには明確な基準が必要です。

  • 労働法上の制約

懲戒処分を行うには、就業規則に基づいた手続が必要です。証拠が不十分なまま処分を行うと、逆に加害者から不当解雇などで訴えられるリスクもあります。

 

<被害者側の事情>

  • 報復への恐れ

被害者が加害者からの報復(評価の引き下げ、異動、無視など)を恐れて声を上げられないケースが多くあります。特に加害者が上司である場合、その影響力は大きく、被害者は沈黙を選びがちです。

  • 自責の念やあきらめ

「自分が悪かったのかもしれない」「どうせ何も変わらない」といった心理が働き、被害を訴えることをあきらめてしまう人もいます。

 

<文化的・社会的背景>

  • 日本の職場文化

日本では「我慢することが美徳」「上司の言うことには従うべき」といった価値観が根強く残っており、パワハラを問題視しにくい土壌があります。

  • 同調圧力

周囲の同僚がパワハラを見て見ぬふりをする、あるいは加害者に同調することで、被害者が孤立しやすくなり、問題が表面化しにくくなります。

 

<実務の視点から>

パワハラ加害者を処分するのが難しい理由には、証拠が得にくい、組織が問題を隠そうとする、法的な手続が複雑、被害者が声を上げにくい、社会的・文化的な背景があるなどがあります。

これらの要因が重なり合うことで、パワハラの加害者が処分されず、問題が長期化・深刻化するケースが跡を絶ちません。今後は、組織の透明性向上、通報制度の整備、教育・啓発活動の強化などが求められます。

雇用保険の不正受給

2025/06/20|1,369文字

 

<雇用保険の不正受給>

雇用保険における不正受給とは、本来給付を受ける資格がないにもかかわらず、虚偽の申告や隠蔽行為によって給付金を受け取る行為を指します。

代表的な例としては以下のようなケースがあります。

・実際には就職しているのに偽って基本手当(昔の失業手当)を受給する

・アルバイトや内職をしているにもかかわらず、それを申告せずに給付を受ける

・就職活動をしていないのに、活動実績を偽って報告する

・再就職手当を受け取るために、虚偽の就職報告をする

これらの行為は、制度の根幹を揺るがす重大な違反であり、社会的信頼を損なう行為です。

 

<不正受給が発覚する仕組み>

不正受給は、意外にも多くのケースで発覚しています。主な発覚ルートは以下の通りです。

・ハローワークによる調査:不審な点がある場合、雇用保険給付調査官が実地調査を行います。企業への訪問や書類の照会も行われます。

・部外者からの通報:同僚や知人、元雇用主などからの密告がきっかけになることも多くあります。

・就職・離職履歴の照合:雇用保険の記録やマイナンバー制度を通じて、他の行政機関との情報連携により不正が明らかになることもあります。

 

<不正受給に対する処分>

不正受給が発覚した場合、以下のような厳しい処分が科されます。

・支給停止:不正があった日以降の給付はすべて停止されます。

・返還命令:不正に受け取った金額は全額返還しなければなりません。

・納付命令:悪質な場合は、返還額の最大2倍の金額を追加で納付するよう命じられます。つまり、合計で3倍の金額を支払う必要があります。

・財産差押え:返還や納付に応じない場合、財産の差押えが行われることもあります。

・刑事罰:詐欺罪(刑法第246条)に該当する場合、10年以下の拘禁刑が科される可能性もあります。

 

<事業主も連帯責任を問われる>

不正受給は受給者本人だけの問題ではありません。事業主が虚偽の証明書を発行したり、不正を黙認した場合には、事業主も連帯して返還・納付命令を受けることがあります。

特に「循環的離職者」(同じ事業所で離職と再雇用を繰り返す者)を再雇用した場合、事前に再雇用の約束があったとみなされ、共謀と判断されることもあります。

 

<過失でも許されない>

不正受給の中には、悪意がなく「うっかり」していたというケースもあります。しかし、制度上は「知らなかった」「勘違いしていた」という理由は通用しません。

たとえば、試用期間中の勤務を「就職ではない」と誤解して申告しなかった場合でも、不正受給とみなされます。アルバイトや内職も、たとえ短時間であっても申告が必要です。

 

<社会的信用の失墜と将来への影響>

不正受給が発覚すると、金銭的な負担だけでなく、社会的信用の失墜という大きな代償を払うことになります。刑事事件として報道されることもあり、再就職や社会復帰に大きな障害となります。

また、再び雇用保険を利用する際にも、過去の不正が記録として残り、給付の審査に影響を及ぼす可能性があります。

 

<正しい制度利用のために>

雇用保険は、困難な状況にある人々を支えるための制度です。不正受給は、その制度を脅かす行為であり、結果的に本当に必要な人への支援を妨げることになります。

制度を正しく理解し、誠実に利用することが、社会全体の信頼と支援の輪を守ることにつながります。

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