会社だけでなく労働者にも労働条件の遵守義務があります。会社が書面で労働条件を明示しておかなければ労働者は守らないでしょう

2024/08/04|1,502文字

 

<労働基準法の役割>

労働基準法は、労働者が人間らしく生きていけるようにするための、労働条件の最低基準を定めています。

このことは、労働基準法第1条に次のように定められています。

 

(労働条件の原則)

第一条  労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。

2 この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。

 

労働基準法と聞くと、使用者側にいろいろと罰則をちらつかせて義務付けているイメージが強いと思います。

しかし、この条文では、「労働関係の当事者」つまり使用者と労働者の両方に、労働条件の維持向上を求めています。

 

<労働条件の決定>

労働条件の決定は、労働者と使用者が対等の立場で決めるべきものとされています。

このことは、労働基準法第2条第1項に次のように規定されています。

 

(労働条件の決定)

第二条  労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。

 

本来は対等なのでしょう。

しかし、少子化によって労働者が不足している現状では、労働者側が優位に立っているようにも思われます。

また、入社後は会社に対する貢献度に応じて、優位に立つ労働者と、弱い立場の労働者に分かれてくるでしょう。

 

<労働条件の遵守>

続けて労働基準法第2条は第2項に次の規定を置いています。

 

2 労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない。

 

ここでも「労働者及び使用者は」と規定し、労働条件を守ることについては、労働者も使用者も対等であることを示しています。

 

<労働条件の明示>

とはいえ、労働条件が決まっていなければ守りようがありません。

また、文書化されていなくて、口頭で説明されているだけでは不明確です。

そこで、労働基準法は労働条件の明示について、次のように規定しています。

 

(労働条件の明示)

第十五条  使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

 

このように労働条件の明示は、使用者だけに義務付けられています。

ここでいう「厚生労働省で定める方法」というのは基本は書面ですが、電子化された文書によることもできることされています。

いずれにせよ口頭ではダメです。

そして、明示された労働条件が実際と違っていたら、これを理由に労働者から使用者に対して退職を通知できます。

 

2 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。

 

ブラック企業で退職を申し出たら、「退職させてもらえない」とか、「違約金の支払いを求められた」とか、不当なことを言われたという話を耳にします。

しかし大抵の場合は、この労働基準法第15条第2項を根拠に退職を通知できるケースと考えられます。

 

このように、労働条件の正しい明示は使用者の義務ですから、口頭による説明しかないのであれば、労働者としては「知りませんでした」「忘れました」という言い訳が許されることになってしまいます。

 

<実務の視点から>

「労働条件なんてよくわからないから決めない」「労働条件通知書を渡して違法性を指摘されたら困る」という経営者の方は、信頼できる社労士にご相談ください。

口約束の労働条件も労働契約としては有効ですが証拠が残りませんし、書面を交付しないと労働基準法違反の犯罪となることもあります

2024/08/03|885文字

 

<設立直後の会社>

できたばかりの会社では、創業者だけ、あるいは創業者の他は家族だけということもあります。

この場合は、労働条件通知書も就業規則も作られないことが多いでしょう。

すべてはお互いの信頼関係に基づいた口約束で足ります。

創業者に対する尊敬や恩義の気持から、大きな問題は発生しないものです。

 

<事業の拡大>

やがて知り合いを採用し、近隣の人たちをパートやアルバイトとして採用します。

法律上は、労災保険や雇用保険の手続だけでなく、労働条件通知書などの作成交付も必要です。

ところが、家族による事業の運営の延長線上で、これらの手続が行われないことがあります。

もちろん、労働基準法違反の犯罪ですから、罰則の適用もありえます。

違法だと分かっていて手続をしないよりは、よく分からないから放置することの方が多いようです。

また、労働保険や労務管理の専門家は社会保険労務士なのに、何でもかんでも税理士の先生に確認して済ませていると、違法な状態が解消されません。

 

<創業者の離脱>

事業がこれからという時に、創業者が病に倒れ、配偶者やお子さんたちが後を継ぐという事態は、常に想定しておかなければなりません。

相手のあることであれば、分からないことは相手に聞けば良いのですが、それですべてが分かるわけではありません。

特に、従業員の給料のこと、とりわけ残業代については、労働条件通知書や就業規則、そしてきちんとした給与明細書が無ければ、分からずじまいになってしまうことも多いのです。

創業者に対する尊敬や恩義の気持から長く働いていた従業員も、会社から心が離れ、何年分もの残業代を請求してくるかもしれません。

また、退職金を要求するかもしれません。

こうした法的紛争になったときに頼れるのは、人ではなくて、書類を中心とする物的証拠なのです。

 

<実務の視点から>

労働関係法令を知らずに他人を雇うリスクは大きなものです。

会社が大きくなったら、事業が軌道に乗ったらではなくて、創業の時から信頼できる社労士にご相談ください。

従業員がいないうちに、労働条件や会社のルールを決めておいた方が楽なのは明らかなのですから。

労働条件の原則が労働基準法に規定されています。これを見落として会社のマイルールを設定するとブラックになる危険があります

2024/08/02|1,038文字

 

<労働基準法第1条第1項>

法律の第1条というのは、注目されないものです。

しかし、その法律の目的や、大原則が規定されていますから、これを踏み外すとお話になりません。

労働基準法第1条第1項には、次のように規定されています。

「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」

この規定は、憲法(日本国憲法)第25条第1項の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という規定に基づいています。

そもそも労働基準法ができたのは、主に憲法第27条第2項に「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」という規定があるからです。

つまり、資本家は労働者から搾取するものであり、国は労働者を資本家から守る義務を負うというところから出発しています。

 

<労働基準法第1条第2項>

これもまた注目されていませんが、労働基準法第1条第2項には、次のように規定されています。

「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない」

これを踏み外す危険も大きいと思います。

たとえば人手不足の折、会社の偉い人が「うちの会社は週休2日制だけど、労働基準法は1日でOKだと規定しているから、それでいいんじゃねぇの?」と言いかねません。

労働基準法第35条には、「使用者は、労働者に対して、毎週少くとも一回の休日を与えなければならない」と規定されています。

たしかに、新たに会社を設立した場合には、週休1日制でスタートしても違法ではありません。

しかし、週休2日制の会社が労働基準法第35条を根拠に週休1日に変更したら、労働基準法第1条第2項に違反します。

法律というのは、どれか1つの規定に違反していなくても、別の規定に違反すれば違法となることがありますから、木を見て森を見ずというのでは失敗します。

それぞれの法律の目的、あるいはそれを超えて、立法趣旨というものを捉えていないと、条文一つひとつを見て勘違いしてしまうことは避けられません。

 

<実務の視点から>

社労士は、数多くある労働関係法令一つひとつの立法趣旨を把握しています。

経営者が「いいこと考えた!」と思ったときは、落とし穴に落ちたときかも知れません。

他社に先駆けて何か工夫しようと思いついたときには、実行に移す前に信頼できる社労士にご相談ください。

労働条件の不利益変更禁止の根拠は労働基準法に規定がありません。罰則もありません。しかし、損害賠償請求の対象となります

2024/08/01|1,616文字

 

<労働契約法の規定>

労働契約法第8条に、「労働者と使用者との合意で労働契約の内容である労働条件を変更できる」と規定されています。

つまり、労働者だけの意思で労働者に有利な変更はできませんし、使用者だけの意思で労働者に不利な変更はできないということです。

また、その第9条と第10条に、就業規則の変更によって労働者の不利益に労働条件を変更する場合のことが規定されています。

 

<缶コーヒーなら>

コンビニでいつもの缶コーヒーを買おうとしたら、レジの店員さんから「これは150円の缶コーヒーですが、今月はお店の売上が足りないので、店長から180円で売るように言われています。180円で買っていただけますでしょうか」と言われたとします。これに応じて180円で買う人はかなりの少数派でしょう。

「嫌です。150円で売ってください」と言ったり、別のコンビニに買いに行ったりという反応が想定されます。

こんなお店には、レジの店員さんに対して「これは150円の缶コーヒーだが、今月はお店の売上が足りないそうだから、130円にしてくれたら3本買おう」と言うお客様が来るかもしれません。

 

<給与だと>

給与明細書を見たら、支給額が大幅に減額されていたとします。

上司から「あなたの基本給は25万円だけれど、最近は会社の利益が減少傾向にあるので、社長から基本給は20万円で我慢するように言われています。今月も頑張って働いてくれるかな」と言われたとします。

「嫌です」と言えば、「それじゃクビだ!」と言われるかもしれません。

もちろん、不当解雇なら会社と争うこともできるでしょう。

しかし今日辞めて、明日から別の会社で働き始めるのは、予め準備していなければできることではありません。

反対に労働者の側から「基本給を5万円上げてくれないと、明日から出勤しません」というのも、余程の自信がない限り言えないことです。

 

<不利益変更禁止が強調される理由>

缶コーヒーの売買契約であれ、労働契約であれ、一方の当事者が自分に有利に契約内容を変更するのは自由ではありません。

それが許されるなら、そもそも契約が成立しません。

労働条件の不利益変更というのは、使用者から労働者に一方的に変更を申し出る場合を想定していますので、禁止されるのは当然のことと言えます。

ただ、コンビニでのお客様とお店との売買契約は1回きりのことです。

しかも、商品の引き渡しと代金の支払いが同時です。

後から問題になることが少ない性質を持っています。

ところが労働契約は、労働者と使用者との継続的な関係ですし、給与は後払いですから、何かとトラブルが発生しやすく長引きやすいのです。

そこで、労働者の保護という労働関係法令全体の趣旨を踏まえ、特に労働条件の不利益変更禁止の原則が強調されているわけです。

 

 

【参考】労働契約法

 

(労働契約の内容の変更)

第八条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。

 

(就業規則による労働契約の内容の変更)

第九条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

 

第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

社会保険の適用拡大のメリットについて厚生労働省の説明が追加されました。メリット・デメリットは個人差が大きいですね

2024/07/31|1,365文字

 

<社会保険適用拡大特設サイト>

厚生労働省は、社会保険適用拡大が法定された当時から、特設サイトを設けて、人事・労務管理者向けの情報と、従業員向けの情報を提供しています。

法改正による社会保険適用拡大も最終段階に入り、令和6(2024)年10月からは加入者が51人以上の企業で社会保険の適用が拡大されます。

さらに、事業規模の制限を撤廃し、すべての企業で社会保険の適用を拡大する方向で検討されています。

こうした中で、新たに社会保険に加入することとなる従業員の皆さんからは、保険料負担などによる手取り収入の減少というデメリットばかりが強く認識され、健康保険や厚生年金保険の保険としてのメリットについては、あまり認識されていません。

この実態を踏まえ、社会保険適用拡大特設サイトには、社会保険に加入することのメリットを説明する内容が追加されています。

 

<老齢年金の充実>

厚生年金保険に加入することで、1階(基礎年金部分)に加えて2階(報酬比例部分)が上乗せされます。

社会保険適用拡大で、標準報酬月額が8万8千円と仮定した場合、月々の保険料は8,100円で、加入期間1年につき、将来受け取る老齢厚生年金(報酬比例部分)が月額で440円増額されます。

ただし、配偶者の扶養に入り第3号被保険者であれば、国民年金の保険料は支払っていませんので、厚生年金保険への加入で月々の保険料8,100円が丸々負担増となります。

一方で、独身のフリーターの場合には、国民年金保険料が月額17,000円程度であったところ、厚生年金保険料8,100円へと負担が減るので、問題ないように思えます。

ところが実態としては、国民年金保険料を納付していない若者も多く、厚生年金保険料8,100円が丸々負担増と感じるケースは多いのです。

 

<健康保険の充実>

健康保険に加入すると、出産手当金と傷病手当金が新たなメリットとなります。

加入者が出産のために会社を休み、報酬を受けられないときに、産前42日・産後56日までの間、出産手当金として給与の2/3が支給されます。

また、業務外の事由による療養のため働くことができないときは、その働くことができなくなった日から起算して3日を経過した日から働くことができない期間(最長通算1年6か月)、傷病手当金として給与の2/3が支給されます。

若い女性が出産手当金を受給しやすく、高齢者が傷病手当金を受給しやすいという傾向があります。

結局、若い男性がこれらの給付を受けるチャンスは少ないことになり、メリットを感じないということになります。

 

<メリットを強調しない考え方>

このように見てくると、社会保険加入のメリットを強調することは、若い男性にとって、必ずしも説得力のある内容とはならないことが分かります。

むしろ、事業規模の制限を撤廃し、すべての企業で社会保険の適用を拡大する方向で検討されている現状を素直に捉えれば、社会保険への加入は働く者の義務だと考えるのが素直です。

そして、若い世代が高齢者の生活を支え、次世代の育成を支える、公的な社会貢献の仕組みだと捉えるのが実情に適合するでしょう。

今の若い世代が高齢者となった時、その時点での若い世代から支えてもらうという世代間での支え合いの制度だという、元々の趣旨からの説明のほうが説得力があるのではないでしょうか。

現在の採用選考での基本的な考え方を確認しましょう。適性や能力に関係のない個人情報を得ようとするのは人権侵害とされています

2024/07/30|1,717文字

 

<公正な採用選考をめざして>

厚生労働省から、事業主啓発用パンフレットとして「公正な採用選考をめざして」が発行されています。

厚生労働省の発行するパンフレット類は、法令の内容や法改正を説明したものが多いのですが、この冊子は「公正な採用選考」「人権侵害の防止」という広い視野に立った実務的な内容となっています。

実際に企業で生起した問題や裁判事例を踏まえて、毎年度改訂されていますから、最新版を参照することで、知識をアップデートすることができます。

 

<採用選考の基本的な考え方>

この冊子の最初の章には、採用選考の基本的な考え方が示されています。

その冒頭には、次のような説明があります。

 

採用選考は、

●「人を人としてみる」人間尊重の精神、すなわち、応募者の基本的人権を尊重すること

●応募者の適性・能力に基づいた基準により行うこと

の2点を基本的な考え方として実施することが大切です。

 

極めて当然と思われる内容ですが、採用担当者が実践できているかというと、反省点も多いと思われます。

自分の中の常識に従った対応をしていると、知らず識らずのうちに、応募者は「人権を侵害された」「人格権の侵害をしている会社だ」と認識することがあります。

また、適性・能力を見るのに無関係な事項を申告させたり、採用決定後に確認すれば良い事項を、採用選考の段階で把握しようとすれば、応募者が不公正な採用選考をしていると感じるのも無理のないことです。

 

<応募者の基本的人権の尊重>

応募者の人権を尊重するということについて、この冊子の中では、次のように説明されています。

 

◆日本国憲法(第22条)は、基本的人権の一つとして全ての人に「職業選択の自由」を保障しています。

◆一方、雇用主にも、採用方針・採用基準・採否の決定など、「採用の自由」が認められています。

◆しかし、「採用の自由」は、応募者の基本的人権を侵してまで認められているわけではありません。

◆採用選考を行うに当たっては、何よりも「人を人としてみる』人間尊重の精神、すなわち、応募者の基本的人権を尊重することが重要です。

 

「職業選択の自由」が、基本的人権として保障されていることは、よく知られていますが、個人が職業を選択するためには、企業側に採用の自由が保障されていなければなりません。

企業の採用の範囲が制限されると、個人が選択できる職業の範囲が限定されてしまうからです。

しかし、企業が採用の自由を強く主張し、濫用するようなことがあれば、かえって個人の職業選択の自由が侵害されてしまいます。

上記は、このことを説明しています。

 

<適性・能力に基づいた採用選考>

公正な採用選考をするには、企業が採用後に担当してもらう業務についての適性や能力を見極めることを主軸としなければなりません。

これらに関係のない事項を詮索することは、個人の人権を侵害し差別を生む結果をもたらします。

このことについては、次のように説明されています。

 

◆「職業選択の自由」すなわち「就職の機会均等」とは、誰でも自由に自分の適性・能力に応じて職業を選べるということですが、これを実現するためには、雇用する側が、応募者に広く門戸を開いた上で、適性・能力に基づいた基準による「公正な採用選考」を行うことが求められます。

 

◆また、日本国憲法(第14条)は、基本的人権の一つとして全ての人に「法の下の平等」を保障していますが、採用選考においても、この理念にのっとり、人種・信条・性別・社会的身分・門地などの事項による差別があってはならず、適性・能力に基づいた基準により行われることが求められます。

 

日本国憲法

第14条 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

 

日本国憲法第22条の「公共の福祉に反しない限り」というのは、自己の権利を行使するにあたって、他者の権利を大きく侵害しない限りという意味です。

自己の権利を行使するにあたって、他者の権利を大きく侵害することがあれば、それは権利の濫用であって許されないのです。

就業規則の不備によってパート社員への退職金支払義務が発生するという実例があります

2024/07/29|1,218文字

 

<具体的なトラブル>

円満退社のパート社員が、退職にあたって会社に退職金の支払を請求する、あるいは、退職後に請求するということがあります。

もちろん、パート社員にも退職金を支払うルールなら問題ないですが、会社が支払わないつもりだったならトラブルになります。

 

<就業規則が1種類しかない場合>

社員が10人以上になったときに会社の就業規則が作成され、そのときは正社員しかいなかったのに、やがてパート社員も働くようになっていたとします。

この場合には、将来パート社員も入社してくることを想定して、就業規則が作成されているとは限りません。

つまり、正社員用の就業規則しかない状態になりうるのです。

あるいは、就業規則のひな形をそのまま引用して「パートタイム労働者の就業に関する事項については、別に定めるところによる。別に定める規則に定めのない事項は、この規則を適用する」という規定を置きながら、別に定める規則を作っていなければ、パート社員にも正社員用の就業規則が適用されます。

こうして法的には、パート社員にも正社員と共通の唯一の就業規則が適用され、会社に退職金の支払義務が発生するのです。

 

<社員の定義がない場合>

就業規則に「正社員に退職金を支給する。パート社員には退職金を支給しない」という明確な規定があったとします。

それでも退職するパート社員から「私は残業もしたし、休日出勤もしました。この会社は賞与が出ないけど、誰ももらっていないから我慢しました。でも、退職金が出ないなんておかしいです。私は正社員として働いてきました」と主張されたら、会社は就業規則に示された正社員の定義とパート社員の定義を説明して切り抜けなければなりません。

しかし、就業規則に「正社員とは…」「パート社員とは…」という定義が定められていなければ、説明のしようがありません。

「何となくわかるでしょ」というレベルなら、労働者に有利な解釈がとられるのが労働法の世界です。

結局、会社が退職金の請求を拒むことは困難です。

 

<労働条件通知書に「退職金無し」と書かれている場合>

労働条件通知書、雇用契約書、労働契約書などの名称で、個人ごとに労働条件が通知されています。

ここに「退職金無し」と書かれている場合でも、労働契約法に次の規定があります。

 

(就業規則違反の労働契約)

第十二条  就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。

 

つまり、就業規則には「退職金あり」と書いてあって、労働条件通知書などに「退職金無し」と書かれていたら、労働者に有利な「退職金あり」が有効になるということです。

 

<実務の視点から>

退職金一つをとっても、訴訟などで法的に争われたら会社が負けてしまうことがあります。

就業規則にトラブルの火種を残さないよう万全を期すため、信頼できる社労士にご相談ください。

会社での拘束時間は労働時間と休憩時間に二分されます。労働しながら休憩はありえないのです

2024/07/28|1,411文字

 

<休憩時間の自由な利用>

労働基準法は、休憩時間について次のように規定しています。

 

(休憩)

第三十四条  使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。

 

2  前項の休憩時間は、一斉に与えなければならない。ただし、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、この限りでない。

 

3  使用者は、第一項の休憩時間を自由に利用させなければならない。

 

このように、労働基準法第34条第3項は、使用者に対し休憩時間を自由に利用させることを義務づけています。

 

<通達による休憩時間利用の制約>

労働基準法などの法律は、立法府である国会が制定しています。

そして、これを具体的に適用する基準として、行政府が次のような通達を発出しています。

 

事業場の規律保持上必要な制限を加えることは、休憩の目的を損なわない限り差し支えない。〔昭和22年9月13日基発第17号通達〕

 

休憩時間中の外出について、所属長の許可を受けさせることも、事業場内において自由に休息し得る場合には、必ずしも違法にはならない。〔昭和23年10月30日基発第1575号通達〕

 

<休憩時間利用の制約についての裁判所の判断>

法律の適用について、その合法性(合憲性)が裁判で争われた場合、最終的には最高裁判所が判断を示します。

たとえば、目黒電報電話局事件について、最高裁判所は次のような判断を示しています。

 

一般に、雇用契約に基づき使用者の指揮命令、監督のもとに労務を提供する従業員は、休憩時間中は、労基法三四条三項により、使用者の指揮命令権の拘束を離れ、この時間を自由に利用することができ、もとよりこの時間をビラ配り等のために利用することも自由であつて、使用者が従業員の休憩時間の自由利用を妨げれば労基法三四条三項違反の問題を生じ、休憩時間の自由利用として許される行為をとらえて懲戒処分をすることも許されないことは、当然である。しかしながら、休憩時間の自由利用といつてもそれは時間を自由に利用することが認められたものにすぎず、その時間の自由な利用が企業施設内において行われる場合には、使用者の企業施設に対する管理権の合理的な行使として是認される範囲内の適法な規制による制約を免れることはできない。また、従業員は労働契約上企業秩序を維持するための規律に従うべき義務があり、休憩中は労務提供とそれに直接附随する職場規律に基づく制約は受けないが、右以外の企業秩序維持の要請に基づく規律による制約は免れない。〔最高裁昭和52年12月13日第三小法廷判決〕

 

<実務の視点から>

社内で、休憩時間の自由な利用に対する制約があった場合、それが法的に許されるかどうかを判断するには、法律の条文を読んで、自分なりに解釈するという方法では危険なのです。

これでは、会社独自の誤ったマイルールができてしまいます。

数多くの通達を確認し、関連する裁判例をよく読んで、具体的な制約に当てはめたうえで、専門的に判断する必要があるのです。

顧問の社労士を置いておくことは、会社がつまらないことで足元をすくわれないようにするため、ぜひ必要なことだと思います。

令和6(2024)年6月21日「デジタル社会の実現に向けた重点計画」が閣議決定されました

2024/07/27|1,662文字

 

<デジタル社会の実現に向けた重点計画>

令和3(2021)年9月1日、日本のデジタル社会実現の司令塔としてデジタル庁が発足しました。

デジタル庁は、この国で暮らす一人ひとりの幸福を何よりも優先に考え、国や地方公共団体、民間事業者など関係者の方々と連携して、社会全体のデジタル化を推進する取組を牽引していく役割を担うとされています。

この一方で、マイナ保険証の強引ともいえる普及推進にもかかわらず、なかなか利用率が高まりません。

国はデジタル化について、どういう考えなのか、今後どうするつもりなのかが見えなくなってきていました。

こうした中、令和6(2024)年6月21日、「デジタル社会の実現に向けた重点計画」が閣議決定されました。

 

<デジタルの活用により目指す社会>

デジタル庁によると、デジタルの活用により目指す社会は、次のように想定されています。

 

社会全体のデジタル化は、国民生活の利便性を向上させ、官民の業務を効率化し、データを最大限活用しながら、安全・安心を前提とした「人に優しいデジタル化」であるべきです。

デジタル技術の進展により、一人ひとりの状況に応じたきめ細かいサービスが低コストで提供できるようになり、多様な国民・ユーザーが価値ある体験をすることが可能となってきました。

デジタルの活用で目指すのは、これをさらに推進し、誰一人取り残されることなく、多様な幸せが実現できる社会です。

 

デジタルの活用を進めていく中で、一足飛びに「誰一人取り残されることなく、多様な幸せが実現できる社会」となるわけではありません。

コロナ禍の経験から、飲食店では店員とお客様との接触を最小限とすべく、対面での注文から、タブレットやスマホでの注文へと切り替えられてきました。

こうした流れに対しては、高齢者を中心に抵抗感を示す人々も多く、一時的にせよ、客数の減少も見られました。

デジタルの活用から取り残された人々が、生じてしまったことになります。

しかし、やがては対面による注文と、ほとんど変わらないような形での注文を可能とするデジタル技術が開発され、実用化されて、一般に導入されるようになるでしょう。

ここまで来て、はじめて「誰一人取り残されることなく、多様な幸せが実現できる社会」が到来するといえるでしょう。

 

<デジタル社会で目指す6つの姿>

デジタル庁は、デジタル社会で目指す姿として、次の6つを掲げています。

 

1.デジタル化による成長戦略

社会全体の生産性・デジタル競争力を底上げし、成長していく持続可能な社会を目指す。

 

2.医療・教育・防災・こども等の準公共分野のデジタル化

データ連携基盤の構築等を進め、安全・安心が確保された社会の実現を目指す。

 

3.デジタル化による地域の活性化

地域の魅力が向上し、持続可能性が確保された社会の実現を目指す。

 

4.誰一人取り残されないデジタル社会

誰もが日常的にデジタル化の恩恵を享受できるデジタル社会の実現を目指す。

 

5.デジタル人材の育成・確保

デジタル人材が育成・確保されるデジタル社会を実現する。

 

6.DFFTの推進をはじめとする国際戦略

国境を越えた信頼性ある自由なデータ流通ができる社会の実現を目指す。

 

ここで、6.のDFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通)とは、「プライバシーやセキュリティ、知的財産権に関する信頼を確保しながら、ビジネスや社会課題の解決に有益なデータが国境を意識することなく自由に行き来する、国際的に自由なデータ流通の促進を目指す」というコンセプトです。

平成31(2019)年1月にスイス・ジュネーブで開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、当時の安倍総理が提唱し、令和元(2019)年6月のG20大阪サミットにおいて各国首脳からの支持を得て、首脳宣言に盛り込まれました。

 

デジタル社会で目指す6つの姿は、最終到達点を示しているに過ぎませんから、そこに向かって、どのような経過をたどるのかについては、今後も注視する必要があるといえるでしょう。

職場でのコミュニケーションコストを意識し低下させること、私生活ではコミュニケーションコストの高い相手と関わらないことが大事です

2024/07/26|1,843文字

 

<コミュニケーション不足>

コミュニケーションというのは、人と人との間で行われる知覚・感情・思考の伝達です。

労働問題の原因の大半は、コミュニケーション不足にあると考えられます。

コミュニケーションの良い職場では、労働問題が少ないといえます。

しかし、「コミュニケーションを心がけましょう」と言ってみたところで、それは掛け声に終わってしまいます。

 

<コミュニケーションコスト>

コミュニケーションコストとは、知覚・感情・思考の伝達に必要な、時間・労力・精神的負担のことです。

短時間で手軽に気軽に伝われば、コミュニケーションコストが低いことになりますし、長時間にわたり苦労しないと伝わらないのは、コミュニケーションコストが高い状態です。

 

<伝え手のコミュニケーションコスト>

伝え手のコミュニケーションコストは、受け手に伝えるのに必要な時間・労力・精神的負担です。

主に受け手側に、忙しそう、嫌そうに見える、伝えると怒りそう、反論しそう、理解力が低いなどの問題があると、伝え手のコミュニケーションコストが高くなります。

受け手が、いつも機嫌良く、話しかけると嬉しそうに笑顔になって、反論せずに最後まで聞いて、「ああなるほど」と言ってくれる相手であれば、伝え手のコミュニケーションコストは極めて低くなります。

こういう受け手の所には、情報が集まります。

 

<受け手のコミュニケーションコスト>

受け手のコミュニケーションコストは、伝え手から知覚・感情・思考を受け取るのに必要な時間・労力・精神的負担です。

主に伝え手側に、遠慮している、自信が無い、感情的になっている、言語能力が不足している、論理的でない、話が脱線するなどの問題があると、受け手のコミュニケーションコストが高くなります。

伝え手が、自信を持って堂々と冷静に、分かりやすく論理的に手短に話してくれる人なら、受け手のコミュニケーションコストは極めて低くなります。

こういう伝え手には、協力者が集まります。

 

<職場のコミュニケーションコスト>

職場のコミュニケーションコストは、情報の共有と価値観の統一が進んでいて、メンバーが高い言語能力と理解力を備えていれば、全体に低くなります。

言語能力と理解力は、個人の資質と努力にかかっていますので、職場のコミュニケーションコストを下げるには、情報の共有と価値観の統一を図るのが合理的です。

価値観の統一を図るには話し合いが必要ですから、コミュニケーションコストが低い職場ほど、価値観の統一が進むことになります。

反対に、相手の立場に立って考えることが苦手なメンバーが多いと、価値観の統一を図るのは困難です。

 

<報連相の問題>

ある職場で、報連相不足が認識されたとします。

「報連相を心がけましょう」と言ってみたところで、それは掛け声に終わってしまいます。

もちろん、報連相をする部下の意識が低いだけであれば、こうした掛け声だけで改善されることもあるでしょう。

しかし、多くの場合には、部下のコミュニケーションコストが高くて、報連相がしにくいという実態があります。

つまり上司が、部下の前ではいつも忙しそうで機嫌が悪く、何か伝えても途中で反論しながら怒るというのでは、安心して報告も、連絡も、相談もできる筈がありません。

報連相不足が問題視される職場では、管理職が態度を改めることによって、改善が進みやすくなります。

 

<テレワークの問題>

テレワークでは一般に、コミュニケーションコストが高くなります。

リモート会議のツールを使っても、話し相手の反応にはラグ(遅延)が付き物ですから、コミュニケーションコストが高くなって当然です。

ましてやメールの場合には、相手の様子が分からないまま、文字だけで知覚・感情・思考を伝達するのですから、どうしてもコミュニケーションコストが高くなってしまいます。

当然のマナーともいえますが、メールを打ち終わっても、すぐに送信するのではなく、次のチェックを行いながら何度も推敲すべきです。

 

【メール送信前のチェック】

・可能な限り相手の立場に立って、分かりにくい点は無いか、誤解を招く点は無いか。

・論理矛盾は無いか。

・用件と無関係なことを書いていないか。

・相手がメールを読んで起こすべきアクションは明確か。

・誤字、脱字、誤変換、「てにをは」の誤りは無いか。

 

こうすることによって、コミュニケーションコストを低くすることができます。

もし、感情的になっていたら、一度冷静になってから上記のチェックを行うようお勧めします。

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