社長の裁量によって昇給が行われている会社からは、優秀な社員が去っていくものです

2024/10/06|1,074文字

 

<人事考課が無いのは論外>

社内に人事考課の基準が無く、年齢や経験年数だけで昇給と昇格が決まっている会社からは、将来有望な若者が去っていくものです。

ただクビにならないように気を付けながら、在籍年数を伸ばしていくだけで、それなりの昇給と昇格が期待できるとすれば、危険を冒してまで努力するのはばかばかしくなります。

こうして多数派の社員は、本気で業績に貢献しようという意欲を失っていきます。

中には、会社に貢献して会社の事業を成長させれば、自分自身も成長できると信じて努力を続ける社員もいます。

これは少数派です。

それでも、長年にわたって報われなければ、やがて力尽きてしまいます。

 

新卒採用でも中途採用でも、入社当初は意欲に燃えています。

その時に、「いつかはあの先輩を越えよう」「いや社長を目指そう」と思える会社ならば、新鮮な意欲を持続することができます。

年齢や経験年数だけで昇給と昇格が決まっている会社では、永遠に先輩を追い抜くことはできません。

まるでアキレスと亀のパラドックスのようです。

 

こうして有能な社員が去っていき会社に欠員が出ても、ネット上の情報や口コミが邪魔をして応募者が来ないでしょう。

こんなことでは、再び人手不足クライシスが発生し、会社の存続は難しくなってしまいます。

 

<主観的な人事考課基準も危険>

社長や人事権を握っている一部の人が、主観的に判断して社員を評価するのも危険です。

こういう会社では、会社の業績に貢献するよりも、社長や考課権者と仲良くなるのが出世の近道になってしまいます。

反対に社長や考課権者に嫌われたら最後、未来は暗くなりますから、会社から去っていくことになります。

いわゆる「上を見て仕事をする社員」ばかりになりますから、仕事よりも社長に嫌われないように、社長に気に入られるように努力します。

こういう会社では、社長のまわりに社員が集まって雑談する様子が良く見られます。

本当に会社の業績に貢献している社員は、そんなシーンでも黙々と仕事をこなしているものです。

 

人事考課基準は、具体的で客観的なものにしなければ、社員の努力の方向性が曲がってしまうのです。

何をどれだけしたらどれだけ昇給するのか、どこまでやったら昇格するのか、これが明確であれば社員は言われなくても努力を重ねます。

 

<実務の視点から>

その会社に合った人事考課基準の作成、改定、教育、運用は、社労士ではなくてもコンサルタントにもできます。

しかし、就業規則とも連動させ、法令順守を前提とした健全な企業活動を目指すのであれば、信頼できる国家資格者の社労士にご相談ください。

懲戒処分の前にとりあえず出勤停止って大丈夫なのでしょうか?賃金の支払義務は?

2024/10/05|1,715文字

 

<想定される具体的なケース>

社員が懲戒規定に触れる行為をしたのは明らかではあるものの、具体的な事情を詳細に調べてみないと、解雇すべきか減給処分で十分なのかなど、処分の内容を決められないという場合もあります。

しかも、社内でうわさになってしまい、本人を出勤させることが職場の混乱を招くというときもあります。

こうした場合に、とりあえず出勤停止処分にしておいて、後から追加で決定された懲戒処分をすることを考えてしまいがちです。

 

<懲戒処分の有効要件>

解雇まではいかなくても、懲戒処分が有効とされるには、多くの条件を満たす必要があります。

条件を1つでも欠けば無効となり、会社としては対象者から慰謝料その他の損害賠償を請求される可能性があるわけです。

法律上の制限として次の規定があります。

 

「使用者が労働者を懲戒できる場合に、その労働者の行為の性質、態様、その他の事情を踏まえて、客観的に合理的な理由を欠いているか、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして無効とする」〔労働契約法第15条〕

 

これは、数多くの裁判の積み重ねによって作られた「懲戒権濫用法理」という理論を条文にしたものです。

ですから「使用者が労働者を懲戒できる場合」、つまり就業規則や労働条件通知書、雇用契約書などに懲戒処分の具体的な取り決めがあって、その労働者の行為が明らかに懲戒対象となる場合であっても「懲戒権濫用法理」の有効要件を満たしていなければ、裁判ではその懲戒処分が無効とされます。

また、そもそも就業規則や労働条件通知書、雇用契約書などに懲戒処分の具体的な取り決めが無ければ、懲戒処分そのものができないことになります。

 

そして、懲戒権の濫用ではないといえるためには、次の条件を満たす必要があります。

・労働者の行為と懲戒処分とのバランスが取れていること。

・問題が起きてから懲戒処分の取り決めができたのではないこと。

過去に懲戒処分を受けた行為を、再度懲戒処分の対象にしていないこと。

・その労働者に説明や弁解をするチャンスを与えていること。

・嫌がらせや退職に追い込むなど不当な動機目的がないこと。

・社内の過去の例と比べて、不当に重い処分ではないこと。

 

上の条件に当てはめると「とりあえず出勤停止処分にしておいて、後から追加で決定された懲戒処分をする」というのは、「過去に懲戒処分を受けた行為を、再度懲戒処分の対象にしている」ことになるので、懲戒権の濫用となり懲戒処分は無効となるのです。

 

「過去に懲戒処分を受けた行為を、再度懲戒処分の対象にしてはならない」というルールは、二重処罰の禁止と呼ばれ、憲法にも刑罰について同様のルールが定められています。

 

「何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」〔日本国憲法第39条〕

 

<それでも出勤停止にはしたい場合>

懲戒処分をするのではなく、出勤停止や自宅待機の業務命令を出すことは可能です。

この場合には、懲戒処分としての出勤停止ではありませんから、原則として出勤停止の間も賃金を支払う必要があります。

 

これを行うためには、就業規則に「懲戒に該当する行為があったと会社が判断した者について、事実調査や職場の混乱回避などのため必要がある場合には、懲戒処分が決定されるまでの間、自宅待機を命ずることがある」という規定を置いておく必要があるでしょう。

また、この規定を適用する場合には、対象者に書面で通知することが望ましいといえます。

 

こうした場合に、何日もかけて事実調査を行っていたのでは、懲戒処分を予定している社員に賃金を支払いながら連休を取らせている形になってしまいます。

これでは、他の社員も納得がいきませんから、事実の確認は急ぐ必要があるのです。

 

<実務の視点から>

適正な懲戒処分を行うためには、事前の準備が不可欠です。

また、実際に事件が発生してしまった場合には、適法要件を満たしつつスピーディーに動く必要があります。

こうした専門性の高いことは、信頼できる国家資格者の社労士にご相談ください。

「不合理であってはならない」という言葉の意味

2024/10/04|1,760文字

 

<不合理ではダメ>

パート有期労働法第8条に、「短時間・有期雇用労働者の待遇について、(正社員など)通常の労働者の待遇との間で、不合理と認められる相違を設けてはならない」という趣旨の規定があります(長いので最下部に示しておきます)。

ご存知「同一労働同一賃金」に関連した重要な条文です。

この条文は、「不合理ではダメ」と言っているのであって、「合理的でなければダメ」とは言っていないと説明されます。

日本語としては、どちらも同じ内容を表しているように思えますが、裁判では大きな違いを生じます。

 

<証明責任>

Aさんが、友人のBさんに、1か月後に返す約束で10万円を貸したのに、1か月経っても返してもらえません。

Aさんは、Bさんを相手に、貸金返還請求訴訟を提起します。

この訴訟でAさんは、Bさんに10万円を貸したという証明をしなければなりません。

これに失敗すると、Aさんは、この訴訟で敗訴してしまうでしょう。

このように、訴訟で証明に失敗すると不利益を被る責任を「証明責任」といいます。

もしAさんが、Bさんとの間で交わした金銭消費貸借契約書を裁判所に証拠として提出したら、今度はBさんが窮地に追い込まれます。

この訴訟でBさんは、Aさんに10万円を返済したという証明をしなければなりません。

これに失敗すると、Bさんは、この訴訟で敗訴してしまうでしょう。

返済については、Bさんが証明責任を負っていることになります。

このように証明責任を分配することによって、「裁判所がどちらを勝たせて良いのか分からず判決を下せない」という事態が発生することを防いでいるのです。

 

<不合理な待遇差>

パート有期労働法第8条が「不合理ではダメ」と規定していることから、「不合理」の証明責任は労働者側にあるとされます。

労働者側が、待遇差について不合理であることの証明に成功すると、裁判所は事業主側に損害賠償の支払を命ずることができるわけです。

仮に、パート有期労働法第8条が「合理的でなければダメ」と規定し、「合理的」の証明責任を事業主側に負わせていたとすると、事業主側が待遇差について合理的であることの証明に成功しないと賠償責任を負うことになり、酷な結果になってしまいます。

 

<「不合理」の判断基準>

パート有期労働法第8条の「不合理」の判断基準は何でしょうか。

裁判官個人の「常識」が基準では、裁判によって基準がバラバラになりますし、下される判決の予測もつきません。

むしろ、この法律の目的に適っていれば「合理的」、目的に反していれば「不合理」という基準で、裁判官が法解釈し事件に適用しているものと考えられます。

そして、パート有期労働法の目的は、その第1条に示されている通り「短時間・有期雇用労働者の福祉の増進を図り、あわせて経済及び社会の発展に寄与すること」という抽象的なものですから、具体的な基準は、今後の司法判断の積み重ねによって明らかになっていくとみられます。

 

【短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律(略称:パート有期労働法)】

第1条(目的)この法律は、我が国における少子高齢化の進展、就業構造の変化等の社会経済情勢の変化に伴い、短時間・有期雇用労働者の果たす役割の重要性が増大していることに鑑み、短時間・有期雇用労働者について、その適正な労働条件の確保、雇用管理の改善、通常の労働者への転換の推進、職業能力の開発及び向上等に関する措置等を講ずることにより、通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保等を図ることを通じて短時間・有期雇用労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし、もってその福祉の増進を図り、あわせて経済及び社会の発展に寄与することを目的とする。

 

第8条(不合理な待遇の禁止)

事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

始業時刻より早めに出社した場合には賃金の支払い義務が発生する場合/発生しない場合があります。会社のルールでは決められません

2024/10/03|1,049文字

 

<労働時間の定義>

労働時間とは、「労働者が実際に労働に従事している時間だけでなく、労働者の行為が何らかの形で使用者の指揮命令下に置かれているものと評価される時間」と定義されます。

これは、職場ごとに就業規則で決めたり、個人ごとに労働契約で決めたりするのではなく、客観的に決まっている定義です。

労働時間に対しては賃金を支払わなければなりません。

 

<労働時間となる/ならないの判断基準>

就業規則や労働契約で定められている始業時刻よりも早く出社した場合、それが労働時間となり賃金支払の対象となる/ならないは、具体的な事情によって異なってきます。

早めの出社がどの程度義務付けられていたのか、本来の始業時間前に業務を行っていたのか、時間と場所を拘束されていたのかなどによって、使用者の指揮命令下に置かれているかどうかが決まってきます。

 

<労働時間となり賃金支払の対象となる例>

業務命令により始業時刻前の朝礼に参加していた場合や、業務命令により始業時刻前に当日の業務の引継ぎをしていた場合であれば、使用者の指揮命令下に置かれていたわけですから、労働時間に該当するのは明らかです。

また、自由参加の朝礼が終わってから自主的に業務を開始している場合や、毎日の始業時刻前に自主的に当日の業務の引継ぎをしている場合であっても、それが習慣化し使用者も知っていて黙認しているような場合には、使用者の指揮命令下に置かれているものと評価され労働時間となることがあります。

 

<労働時間とはならず賃金支払の対象とはならない例>

お子さんを保育園に連れて行くついでにそのまま早めに出勤しているとか、交通機関の遅れが多く遅刻しないために早めに出勤しているだけで、始業時刻前には外出したり仮眠したり軽食をとったりして自由に過ごしているような場合には、労働時間とはならず賃金支払い対象とはなりません。

この場合には、たとえばタイムカードで労働時間の管理をしている職場では、出勤しても打刻せず業務の準備を開始するときに打刻する運用が適切です。

 

<実務の視点から>

早めに出社した場合に、会社が賃金の支払義務を負うか負わないか、判断が微妙なケースもあります。

また、こうした微妙なケースが発生しないための対策も必要ですが、ここでも難しい判断が必要となります。

なぜなら、法令の条文を読んでも具体的なことは書かれていないので、通達や裁判例などから具体的な基準を探る必要があるからです。

こうした専門性の高いことは、信頼できる国家資格者の社労士にご相談ください。

結婚、妊娠・出産、育児を理由とする不利益な取扱は無効ですし、違反すれば慰謝料を含め損害賠償の問題となります

2024/10/02|2,037文字

 

<妊娠中や出産前後のルール>

働く女性が妊娠したときは、一定の危険有害な業務に従事させることが禁止されるほか、本人が希望した場合に軽い業務への転換をしたり、時間外・深夜労働をさせなかったりが義務付けられています。

ただし、軽い業務については、社内の通勤可能な職場に軽い業務が無く、新たに軽い業務を作るのがむずかしい場合にまで、企業に義務付けるものではありません。

 

また企業には、妊娠中や産後の女性が、保健指導や健康診査を受診するために必要な時間を確保できるようにすること、医師の指導に応じて勤務時間を短縮したり、特別な休憩時間を設けたりすることなど、必要な措置をとることも求められています。

 

そして出産にあたっては、出産予定日の6週間(双子など多胎妊娠のときは14週間)前から、本人が希望したときは、休むことを認めなければなりません。

ここで、出産予定日当日は産前にカウントされますので、出産予定日を含めて6週間(14週間)となります。

 

出産後は8週間の間、本人が希望しても就労させてはいけません。

ただし7週目以降は、本人が希望し、医師が支障がないと認めた業務については可能です。

 

なお、妊娠・出産に伴う休業の場合、企業がその間の給与を保障することは義務付けられていませんが、健康保険の加入者(被保険者)になっているときは、出産手当金が支給されます。

 

以上は、会社の規模に関係なく、法令により統一的に定められたルールです。

「うちは小さな会社だから対応できない」というわけにはいきません。

 

<妊娠・出産を理由とする不利益な取扱>

女性が上記の休業をしている間とその後30日間、企業はその女性を解雇することが禁止されています。

ただし、あらかじめ定められた契約の終了や、本人が望んで退職することは、もちろん認められます。

また、妊娠中または出産後1年を経過しない女性を解雇しようとするときは、解雇をする正当な理由があると証明できない限り無効とされます。

この場合、妊娠や出産を理由として解雇するのではないということが、客観的に証明されなければなりません。

これも会社の規模に関係のない統一ルールです。

 

このように法律で認められた産前、産後の休業をしようとしたことや、実際に休業したことについて、欠勤した分の給料を支払わないことを超えて、解雇や職位を下げるなどの不利益な取扱いをすることは許されないのはもちろんのこと、結婚、妊娠、出産を理由に退職を求めること、解雇することなどの不利益な取扱いをすること全般が禁止されています。

基本的には、結婚、妊娠のタイミングや、出産1年未満の期間に、不利益な取扱いがあった場合には、結婚、妊娠、出産を理由にしているのではないという証明がむずかしいといえます。

 

さらに男性を含め、育児のための長期休業、子の看護のための短期休暇などの法律で認められた権利を使おうとしたこと、実際に使ったことを理由に、解雇や不利益な取扱いをすることも許されません。

 

<環境の整備は企業の責任>

妊娠、出産や育児のため休んだり、勤務時間を短縮したりすることによって、結果的に職場の同僚たちの仕事が増えたり、忙しくなることはもちろんありうるでしょう。 

しかし、だからといって休んだり勤務時間を短縮した人の責任にしてしまうのは不当です。

企業は、妊娠、出産、育児を理由にその対象者を不利益に扱ってはならないというだけでなく、働く人たちが誰でも当たり前に出産、育児に関する権利を使えるよう環境を整備する責任があります。

休業や勤務時間短縮によって業務の運営に支障が生じるのであれば、企業の責任で解消すべきです。

 

あわせて、管理職や同僚らの理解の促進を図る必要があります。

妊娠、出産を理由とする嫌がらせは、マタニティハラスメント(マタハラ)と呼ばれています。

妊娠や出産をした人が、上司や同僚からマタハラを受けることがないよう、企業は、あらかじめ環境を整備することが求められています。

万一、嫌がらせを受けたとの申し出があったときは、当事者から十分に事情を聴取し、再発防止のための措置をとることが求められます。

悪質な嫌がらせが認められたときは、加害者に対して懲戒処分をもって対処することも求められています。

こうした義務を怠った企業や加害者は、被害者に対する損害賠償責任を負うこともあります。

 

<実務の視点から>

作りっ放しで法改正に対応しきれていない就業規則には、子の看護休暇や男性の育休などの規定が無いかもしれません。

たとえ、「この規則に定めた事項のほか、就業に関する事項については、労基法その他の法令の定めによる」という規定があったとしても、実際にこうした休暇の申し出があった場合には、速やかな対応がむずかしくなってしまいます。

今はまだ、対象者がいない状態であっても、将来困らないように就業規則を整備しておくことをお勧めします。

こうした専門性の高いことは、信頼できる国家資格者の社労士にご相談ください。

黙示の指示とは読んで字のごとく黙っていても上司からの指示があったとされることです

2024/10/01|1,741文字

 

<労働時間の定義>

「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」に、労働時間の定義が示されています。

これは、厚生労働省が平成29(2017)年1月20日に策定したものです。

企業が労働時間を管理する場合には、このガイドラインを参考にして行うことになります。

これによると「労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、使用者の明示または黙示の指示により、労働者が業務に従事する時間である」とされています。

最高裁判決にも、労働時間の概念が示されています。

三菱重工長崎造船所事件の判決です。

ガイドラインの定義は、この最高裁判決を参考にしたものです。

こうした定義は、公的なものとして、すでに確定しています。

ですから、各企業で自由に労働時間の定義を定めるわけにはいかないのです。

 

<黙示の指示>

この労働時間の定義の中の「黙示の指示」とは、一体どのような場合を指すのでしょうか。

黙示(もくし、もくじ)という言葉は、暗黙のうちに意思や考えを表すことをいいます。

具体的に、どのような行為が「暗黙のうちに指示を出した」と評価されるのか、その判断がむずかしいのです。

特に、労働者が「自主的に」残業しているように見える場合の、残業代支払義務について争われます。

労使でこの点が争われた場合には、最終的には司法判断によって決着がつくことになります。

 

<裁判で黙示の指示があったとされたもの>

まず、労働者の残業を使用者が黙認しているような分かりやすい黙示の指示の他、残業することを前提とする業務命令が出された場合、時間外に会議が予定される場合など、間接的に残業を指示している場合には、黙示の指示があったものとされます。

これは、労働者が休日に出勤をしていることを知りながら、使用者が注意を与えなかった場合にも認められます。

また、労働者が所定労働時間ではこなし切れない量の業務を抱えていること、所定労働時間の労働だけでは締切に間に合わないことなどを、使用者が把握しておきながら、こうした事情の解消について具体的な指示を出していない場合も、残業することについて、黙示の指示があったものとされます。

また、タイムカード、出勤簿、日報などにより、使用者が労働時間の把握をしておきながら、労働者に対して抑制的な態度を示さず、自己判断での残業などを止めるように指導していない場合には、黙示の指示があったものとされます。

これらの場合には、使用者から明示の指示がなく、労働者から残業の申告などがなければ、残業代の支払は不要であるという勘違いが生ずる危険があります。

 

<裁判で黙示の指示が無かったとされたもの>

労働者が職場にいるのは、労働に就く目的であることが推定されます。

それだけに、黙示の指示の存在が否定されるのは、むしろ例外であると考えた方が安全でしょう。

ただ、次のような例外的な場合には、裁判例でも黙示の指示が否定されています。

まず、残業禁止の業務命令が発せられ徹底されていた場合、使用者が定時に労働者の帰宅を促していた場合、残業には事前申請を必要とする規定が運用されているにもかかわらず事前申請無く時間外労働に就いていた場合など、残業について厳格な管理が実施されている場合には、黙示の指示が否定されます。

また、客観的に見て時間外労働を必要とするだけの業務を抱えていない場合、業務に就く意思がなく習慣的に早く職場に来てくつろいでいた場合など、時間外労働の指示が想定できない場合にも、黙示の指示が否定されます。

さらに、実習中の労働者が業務の下調べをしていた時間や、仕事に慣れるため自発的に出勤した時間も、それが期待されていることではなかったため、黙示の指示が否定されています。

これらは裁判例ですから、それぞれの具体的な事実に即して判断されているわけであり、一般化することはできませんから注意が必要です。

 

<実務の視点から>

管理監督者や、その代行者は、無駄な人件費の発生を抑制しなければなりませんし、長時間労働による健康被害の発生防止に努めなければなりません。

黙示の指示」が発生しないように、部下の動向に目を向け、想定外の勤務に気付けば、声を掛けるということが管理職に期待されているのです。

働き方改革は同時進行で行う必要があります。これができない企業の経営者やそこで働く人たちは、大きなリスクを抱えています。

2024/09/30|1,696文字

 

<働き方改革の始まり>

当時の安倍晋三首相は平成28(2016)9月、内閣官房に「働き方改革実現推進室」を設置し働き方改革の取り組みを提唱しました。

 

このタイミングで一億総活躍社会を目標に設定したのは、生産年齢人口(1564歳)がハイペースで減少していたからです。この傾向は、今もなお続いています。

一億総活躍社会は「50年後も人口1億人を維持し、職場・家庭・地域で誰しもが活躍できる社会」とされています。

日本の人口は減少傾向にあるのですが、それでも50年後に1億人以上を維持したうえで、ひとり一人が活躍できる、言い換えれば社会に貢献できるようにしようということです。

 

<働き方改革3つの課題>

働き方改革を実現するためには次の3つの課題があります。

・長時間労働

・非正規と正社員の格差

・労働人口不足(高齢者の就労促進)

 

企業-労働者間の労働契約の内容は本来自由ですが、弱者である労働者を保護するという要請から、労働基準法などにより企業に様々な制約が課され、労働契約に対して法的な介入がなされています。

働き方改革は、このような労働契約に対する介入ではなく、政府から企業に対する提言の形をとっています。

それは、企業に対して法的義務を課さなくても、企業が積極的に働き方改革を推進しなければ生き残れないので、義務付けるまでもないということなのでしょう。

 

とはいえ、働き方改革には政府が推進すべき内容と企業が取り組むべき内容が混在しています。

より広い視点から、企業が取り組むべき課題を整理すれば、次の3つに集約されると思います。

 

・労働条件の改善 ・労働環境の改善 ・労働生産性の向上

 

これらは、現在の労働市場の実態からすれば、わざわざ政府から言われなくても、企業は積極的に取り組むべき内容です。

 

<労働条件の改善>

給与や賞与が高額であり、労働時間が短くて十分な睡眠が確保でき、休暇も取れるとなれば、働きたい人が押し寄せます。

さらに、教育研修が充実していて人事考課制度が適正であれば、専業主婦やニートも働きたくなって当然です。

これによって、出生率も上がり人口減少にも歯止めがかかるでしょう。

新型コロナウイルスの影響で、期せずして一時的に労働時間の減少が生じました。

将来に対する不安も増大していましたから、安心して結婚・子育てを考えるどころか、安眠すらできない人々が増えてしまいました。

新型コロナウイルスの終息によって、労働時間の増加を伴わない回復が期待されましたが、小さな企業を中心に、人手不足と採用難を理由とした労働時間の増加が見られます。

 

<労働環境の改善>

温度、湿度、明るさ、換気、騒音、スペースの広さ、機械化の充実など物理的な環境も大事ですが、パワハラやセクハラがなくて部下から見てもコミュニケーションが十分と思えるような環境であれば、人が集まって当然でしょう。

採用難の時代でも、労働条件と労働環境が良い職場には、就職希望者が途絶えることはないのです。

新型コロナウイルスの影響で、在宅勤務を中心とするテレワーク導入は進行しました。

必ずしも、自宅の労働環境が良いとは限りませんが、生活とのバランスは取りやすくなっていました。

今後も、労働者にとっては通勤の負担がなく、会社にとっては固定費の負担が少ないテレワークの活用が望まれます。

 

<労働生産性の向上>

労働条件や労働環境の改善は、企業にそれなりの余裕がなければできません。

そのためには、労働生産性を向上させ、企業の収益力を高めなければなりません。

しかし、労働生産性を高めるには、労働条件や労働環境を改善して、良い人材を確保し育てなければなりません。

このように、労働条件や労働環境の改善と労働生産性の向上は、鶏と卵の関係にあるのです。

 

<実務の視点から>

以上のことから、働き方改革が企業の生き残りのために必須であること、できるところから少しずつではなく、総合的に同時進行で行うべきことが明らかになったと思います。

これに躊躇する経営者の方々は、事業の見直しを迫られていますし、改善の進まない企業で働き続ける方々も大きなリスクを抱えていることになります。

パワハラ疑惑を持たれた人の「そんなつもりじゃなかった」という答弁が多いのは不思議です

2024/09/29|1,955文字

 

<疑惑に対する弁明>

テレビニュースなどで、パワハラの疑惑を持たれた人、しかも社会的地位のある人が、「そんなつもりじゃなかった」「熱心な指導のつもりだった」など、言い訳している姿が見られます。

「自分には、パワハラ行為の故意がなかったのだから、許されるのではないか」と考えているようです。

これは、パワハラに対する無理解を示しているに過ぎません。

 

<パワハラの成立要件>

厚生労働省は、パワハラの成立要件について次のように説明しています。

 

職場におけるパワーハラスメントは、職場において行われる

① 優越的な関係を背景とした言動であって、

② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、

③ 労働者の就業環境が害されるもの

であり、①から③までの3つの要素を全て満たすものをいいます。

なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しません。

 

上記のうち、①から③までがパワハラの成立を肯定するための積極要件、「なお、」以下がパワハラの成立を否定する消極要件です。

 

<優越的な関係を背景とした言動であって、>

上司が部下を怒鳴りつけるのは、上司が部下の上司であるがゆえに行うのです。もし部下が上司を怒鳴りつけていたら、それは多くの場合に奇妙な光景となってしまいます。このことからも、優越的な関係を背景としていることは客観的に明らかです。

一方で、上司がパソコンの操作に不安があって、いつも部下に教えてもらっていたところ、上司が部下に「ちょっと教えて」と声を掛けた時に、部下が仕事を邪魔されたと感じ、上司に対して「何ですか?邪魔しないでくださいよ!自分で調べたらどうですか?!」と怒鳴ったら、これは部下から上司に対するパワハラとなります。この場合には、パソコン操作について優越的な関係にある部下が、これを背景として上司を怒鳴りつけていることになります。

これらの場合、パワハラ行為を行った人が、優越的な関係に立っていることを意識していなくても、客観的に見て優越的な関係に立っているという事実があれば、パワハラの成立要件①は満たされます。

 

<業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、>

これについても、行為者が「あのくらい厳しく言わなければ分からないと思った」など主観的なことは、判断基準となりません。

客観的に見て、業務の指示に必要な範囲の言動であったか、指導に必要な範囲の言動であったかが基準となります。

怒鳴ること、机を叩くこと、物を投げること、にらみつけることなどは、客観的に見て業務の指示や指導に必要なことではありませんから、パワハラの成立要件②を満たしています。

 

<労働者の就業環境が害されるもの>

これは、ある人の言動によって、落ち着いて業務に集中できない人が発生したり、出勤したくなくなる人が発生することを意味していますので、行為者の主観ではなく、ある人の言動から影響を受けた人々の主観が問題とされます。

ですから、労働者の就業環境が害されるという認識の有無は、パワハラの成立要件③とは無関係です。

 

<パワハラの成立要件は客観的であるということ>

このようにパワハラの成立要件は、①から③までのすべてが客観的なものであって、行為者がどういうつもりで行ったかという主観は、全く関係ないことが分かります。

そして、①から③までの成立要件が満たされた場合であっても、「客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しません」ということですが、この消極要件についても、先頭に「客観的にみて、」という言葉が入っています。

行為者が自分の行為について「適正な業務指示や指導」だと思っていたとしても、これは主観に過ぎませんから、パワハラの成否には全く影響しません。

こうして、行為者の主観や故意は、パワハラの成否に影響しないことが分かります。

ここの理解が足りないために、パワハラ疑惑を受けた人は、盛んに主観的な意見を述べるのですが、周囲からは冷ややかな目で見られることになるのです。

 

<パワハラ相談窓口の活用>

パワハラの疑惑をかけられたら、行為者本人の主観は、全く考慮されないのですから、「なぜパワハラだと疑われたのか」「自分の行為はパワハラに該当するのか」ということについて、社内外のパワハラ相談窓口に確認することをお勧めします。

こうした窓口は、本来は被害者が相談するために設けられていますが、パワハラの成否について、それこそ客観的に判断する役割を担っていますから、加害者であると疑われた人の相談を拒む理由はないのです。

そして改めて、自分の言動がパワハラに該当していたといえるのか、考えてみることをお勧めします。

業務災害で会社を休み労災保険の給付を申請中だから会社は解雇できないことになっている?

2024/09/28|1,406文字

 

<労働基準法による解雇制限>

労働基準法は、一定の場合に解雇を制限していて、これには業務災害によって労務不能となった場合が含まれます。

 

労働基準法第19条第1項:解雇制限

使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によって休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。

 

これは、あくまでも業務災害による休業が対象ですから、通勤災害による休業は対象外です。

 

<業務災害による休業>

業務災害によって、ケガを負い休業している場合には、そのケガが業務によるものであること、また、医師の診断によらなくても、労務不能であることは、容易に判断がつく場合も多いでしょう。

しかし、病気の場合には、それが業務によるものといえるのか、業務との因果関係が明確ではありません。また、労務不能については医師の判断に従わざるを得ないでしょう。

休業している従業員が、上司のパワハラによって精神障害を発症し、労務不能に陥ったと考えている場合に、医師は労務不能の判断はできるものの、業務との因果関係については判断できません。

 

<業務による労災の保険給付>

業務による労災保険給付としては、治療についての療養補償給付と、賃金についての休業補償給付が中心となります。

これらは業務災害専用の書式で、通勤災害には使用しません。

一般的には、被災した従業員、事業主、医師の三者が協力して、請求書を作成します。何らかの事情で、事業主が協力しない場合には、従業員が労働基準監督署と相談して、医師の協力を得て、請求書を作成することができます。

従業員が、上司のパワハラによって、精神障害を発症したものと考えて、会社に対して労災保険の手続書類の作成について協力を求めたところ、会社がパワハラはなかった、あるいは、パワハラはあったが精神障害の原因ではないと考えている場合には、協力を拒むことがあります。

 

<精神障害の労災認定基準>

業務による心理的負荷(ストレス)が関係した精神障害についての労災請求が増えています。しかし、精神障害の原因が仕事にあるか、私生活にあるかの判断は簡単ではありません。

厚生労働省では、労働者に発病した精神障害について、仕事が主な原因と認められるかの判断(労災認定)の基準として「心理的負荷による精神障害の認定基準」を定めています。この認定基準は、医学の発達などにより、たびたび改正されていますが、直近では令和5年9月に改正されています。

労働基準監督署は、これを基に労災認定をするのですが、その内容は非常にきめ細かく、それでいて抽象的な表現も多いことから、詳細な事実関係を調査し時間をかけて慎重に判断することになります。

 

<労災申請中の解雇>

このように、労働者がパワハラにより精神障害を発症したので業務災害であると考えていたとしても、会社が業務災害とは考えにくいと判断すれば、労働基準法第19条第1項で禁止されていないと判断して解雇に踏み切ることもあります。

これに対して、労働者が解雇制限に反する解雇だとして争えば、最終的には裁判所が判断することになります。もし、解雇が無効とされれば、労働者の地位回復や慰謝料の支払義務が発生することになります。

裁判所の判断は、労災申請の結果と連動しませんので、会社は必ずしも労働基準監督署の判断を待って、解雇を検討する必要はないのです。

障害の程度が変わったときの障害年金の届出

2024/09/27|1,054文字

 

<障害の程度が重くなったときの届出>

障害の程度が重くなり、障害の等級が変われば、手続することによって年金額は増額されます。

この場合には、近くの年金事務所または街角の年金相談センターで、年金額の改定請求の手続を行います。

請求の用紙は、年金事務所または街角の年金相談センターにあります。

請求の用紙に、氏名、生年月日、年金証書に記載されている基礎年金番号と年金コード、けがや病名などを記入して診断書を添えて提出します。

ただし過去1年以内に、障害等級の変更または年金額の改定請求を行っている場合には、この請求ができません。

(省令に定められた障害の程度が増進したことが明らかである場合には、1年を待たずに請求することができます。)

 

<障害の程度が軽くなったときの届出>

障害年金は、普通、毎年1回、現況届と一緒に提出する診断書によって審査され、障害の程度が軽くなったときは、年金額の変更などが行われます。

障害の程度が年金を受けられないほど良くなったときには、そのことを近くの年金事務所または街角の年金相談センターに届け出ることになります。

届の用紙は年金事務所または街角の年金相談センターにもありますが、「ねんきんダイヤル」に電話すれば、送ってもらうこともできます。

届には障害の程度が良くなった年月日、年金証書に記載されている基礎年金番号と年金コード、生年月日などを記入します。

 

<障害が軽くなって年金が止められていたが重くなって受給できるとき>

障害年金を受けることができる障害の程度に該当すれば、今まで支払の止まっていた年金が支払われます。

この場合には、近くの年金事務所または街角の年金相談センターに届け出ます。

届には、氏名、生年月日、年金証書に記載されている基礎年金番号と年金コード、けがや病名などを記入して診断書を添えて提出します。

 

※これらの手続に必要な用紙は、国民年金を受けている人の場合、市区役所または町村役場の国民年金の窓口でも受け取れます。

 

<ねんきんダイヤル>

一般的な年金相談に関する問い合わせや、窓口での相談の予約も受けています。 ねんきんダイヤル 0570-05-1165

( 050で始まる電話からかける場合 03-6700-1165

 

受付時間

月曜日は午前8時半から午後7

火曜日から金曜日は午前8時半から午後515

第2土曜日は午前9時半から午後4

※月曜日が祝日の場合は、翌日以降の開所日初日に午後7時まで相談を受けています。

※第2土曜日を除く祝日及び1229日から13日はお休みです。

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