労働契約(雇用契約)だけが割増で残業代を支払うことになっている理由

2024/11/05|1,160文字

 

<残業手当の理由>

労働基準法は、18時間、週40時間を労働時間の基準として定め、この基準を超える労働に対しては、割増賃金の支払を義務づけています(労働基準法第37条)。

本来であれば自由である使用者と労働者との間の労働契約に、労働基準法による国家の介入があって、割増賃金の支払が義務づけられています。

これは長時間労働を抑制して、労働者の命と健康を守り、家庭生活や社会生活の時間を確保するのが目的です。

 

<仕事が遅いと給与が増える>

同じ初任給の新人Aと新人B2人に全く同じ単純作業を任せたとします。

たとえば、A4サイズ2枚の資料を三つ折りにして封筒に詰めるというような作業です。

これを新人Aと新人Bに同じ分量ずつ行ってもらいます。

新人A6時間で終わらせ、余った2時間で別の仕事をして残業せずに帰ったとします。

新人B10時間かかってしまい、2時間の割増賃金が発生したとします。

この場合、新人Bの給与は、新人Aの給与よりも多くなります。

「仕事が遅いのは自分のせいだから残業代は支払わない」というのは、労働基準法に違反します。

 

<請負の場合なら>

A4サイズ2枚の資料を三つ折りにして封筒に詰める作業1万枚分を外注に出したとします。

この場合気になるのは、納期を守ってもらえるのか、仕上がりは綺麗かということです。

どんな人が何人で何時間作業するのかは気になりません。

請負代金には影響しないのです。

 

<雇用契約と請負契約との違い>

雇用の場合には、働き手に対して使用者が口出しできます。

それどころか、教育指導もできますし配置転換もできます。

一方、請負の場合には、働き手の顔ぶれを確認して「上手なやり方を指導させなさい」「他の人に交代させなさい」という口出しはできません。

つまり雇用の場合には、書類の封筒詰めなら不得意な新人Bには分担させず、新人Aに任せるなり、新人Bに上手なやり方を指導するなりして、残業代を削減できるということです。

少なくとも、作業開始の1時間後に、「どうも新人Bは苦手のようだ」と気づいて役割分担を変更することはできます。

 

<残業代を削減するための教育>

教育指導の強化は、生産性の向上に直結します。

また、自分を育ててくれる会社に対しては、愛社精神も高まり「ずっとこの会社で働いていこう」という気持を生み出します。

最近、企業では教育がおろそかにされています。

しかし、教育こそが企業の利益の源泉となります。

とはいえ必要な教育は、外部の研修に参加させたり、資格を取得させたりではありません。

ひとり一人が担当している具体的な業務を効率的にこなし、さらに改善できるようにするには、職場ごとのカスタマイズされた教育が必要です。

自社でまかない切れない場合には、信頼できる国家資格者の社会保険労務士(社労士)にご相談ください。

スタートアップ企業の専門業務型裁量労働制

2024/11/04|1,469文字

 

<法解釈の基準の設定>

令和6(2024)年6月21日閣議決定「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2024改訂版」の中で、「スタートアップについては、創業当初のため、管理監督・機密事務・研究開発を行う者とその他の事務を行う者の業務範囲が曖昧であることから本人が希望していてもこれらの制度を適用できるのかが分かりにくい。このため、スタートアップ等の労働者や新技術・新商品の研究開発等に従事する労働者に対する裁量労働制等の運用明確化等を図る」とされました。

これを踏まえ、スタートアップ企業で新技術・新商品の研究開発に従事する労働者についての、労働基準法第36条第11項、第38条の3の適用に関する判断の考え方について、通達(令和6年9月30日基発0930第3号)で具体的な内容が示されました。

以下にこの概要をご紹介いたします。

 

<スタートアップ企業>

「スタートアップ企業」というのは、一般的に、新たに事業を開始し、かつ、新しい技術やビジネスモデルを保有し、急成長を目指す企業をいいます。

労働基準法や労働安全衛生法等については、創業からの年数にかかわらず、全企業が遵守すべきものではありますが、スタートアップ企業での働き方の特徴に配慮し、その解釈や適用について、基本的な考え方を示すこととなったものです。

 

<新技術や新商品の研究開発に従事する労働者の取扱いについて>

労基法第36条第11項に規定されている「新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務」については、時間外労働の限度時間等の規定が適用されません。

「新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務」とは、専門的、科学的な知識、技術を有する者が従事する新技術、新商品等の研究開発の業務をいい、必ずしも本邦初のようなものである必要はありませんが、その企業では新規のものでなければならず、既存の商品やサービスにとどまるものや、商品を専ら製造する業務などはここに含まれません。

なお、労働安全衛生法第66条の8の2の規定に基づき、新たな技術、商品または役務の研究開発に関する業務に従事し、休憩時間を除き1週間当たり40時間を超えて労働させた時間が1月あたり100時間を超えた労働者については、労働者本人の申出によらず、医師による面接指導を実施しなければなりません。

 

<専門業務型裁量労働制の適用について>

スタートアップ企業の労働者のうち、例えば、

・ 新商品または新技術の研究開発の業務

・ 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握またはそれを活用するための方法に関する考案もしくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)

といった労働基準法施行規則第24条の2の2第2項または労働基準法施行規則第24条の2の2第2項第6号の規定に基づき厚生労働大臣の指定する業務(平成9年労働省告示第7号)に定める業務を行う労働者については、労基法第38 条の3に定める要件を満たす場合には、専門業務型裁量労働制の適用が可能であると考えられます。

専門業務型裁量労働制の適用労働者に対しては、労基法第38条の3第1項第4号の規定等に基づく健康・福祉確保措置等を実施しなければなりません。

なお、専門業務型裁量労働制を事業場に導入・運用するに当たっては、「労働基準法施行規則及び労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則の一部を改正する省令等の施行等について(裁量労働制等)」(令和5年8月2日基発0802第7号)の記の第2の4に基づき、適正な運用の確保に留意する必要があります。

スタートアップ企業で働く管理監督者の定義

2024/11/03|2,261文字

 

<法解釈の基準の設定>

令和6(2024)年6月21日閣議決定「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2024改訂版」の中で、「スタートアップについては、創業当初のため、管理監督・機密事務・研究開発を行う者とその他の事務を行う者の業務範囲が曖昧であることから本人が希望していてもこれらの制度を適用できるのかが分かりにくい。このため、スタートアップ等の労働者や新技術・新商品の研究開発等に従事する労働者に対する裁量労働制等の運用明確化等を図る」とされました。

これを踏まえ、スタートアップ企業で働く人が、労働者に該当するか否かまた管理監督者等に該当するか否かの判断での基本的考え方について、通達(令和6年9月30日基発0930第3号)で具体的な内容が示されました。

以下にこの概要をご紹介いたします。

 

<スタートアップ企業の特殊性>

「スタートアップ企業」というのは、一般的に、新たに事業を開始し、かつ、新しい技術やビジネスモデルを保有し、急成長を目指す企業をいいます。

スタートアップ企業では、特にその創業当初には、経営者と従業員の区分が不明確なことがあります。

労働基準法については、創業からの年数にかかわらず、全企業が遵守すべきものではありますが、スタートアップ企業での働き方の特徴に配慮し、その解釈や適用について、基本的な考え方を示すこととなったものです。

 

<労働者該当性について>

労基法上の労働者に該当するか否かは、契約の形式や名称にかかわらず、使用従属性の有無等によって判断されます。具体的には、仕事の依頼・業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、勤務場所や勤務時間の拘束性の有無、労務提供の代替性の有無及び報酬の労務対償性等を判断要素として、個々の働き方の実態を勘案して総合的に判断されます。

スタートアップ企業の役員(社長や取締役、最高経営責任者(CEO)、最高財務責任者(CFO)等)であっても、取締役就任の経緯、法令上の業務執行権限の有無、取締役としての業務執行の有無、拘束性の有無・内容、提供する業務の内容、業務に対する対価の性質及び額などを総合考慮しつつ、会社との実質的な指揮監督関係や従属関係を踏まえて、労基法上の労働者であると判断した裁判例(京都地判平27.7.31)等があることにも留意する必要があります。

また、明示的に役員と判断できる役職がない者であっても、 使用従属性が認められないと考えられる者については、原則として労基法上の労働者に該当しないと考えられます。

 

<管理監督者該当性について>

ここでいう「管理監督者」は、社内で管理職とされているか否かにかかわらず、労基法第41条第2号に規定する「監督若しくは管理の地位にある者」に該当する者をいいます。

この管理監督者については、労基法第4章、第6章、第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定が適用されません。

スタートアップ企業の従業員についても、管理監督者に該当するか否かについては、昭和22年9月13日発基第17号及び昭和63年3月14日基発第150号・婦発第47号に基づき、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者であって、労働時間、休憩及び休日に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務と責任を有し、現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないような立場にあるかを、職務内容、責任と権限、勤務態様及び賃金等の待遇を踏まえ、実態に即して総合的に判断することとなります。

具体的には、例えばスタートアップ企業の労働者のうち、以下の者であって、定期給与である基本給、役付手当等でその地位にふさわしい待遇がなされている、ボーナス等の一時金の支給率、その算定基礎賃金等についても役付者以外の一般労働者に比し優遇措置が講じられているという者は、一般的には管理監督者の範囲に含めて差し支えないものと考えられます。

1.取締役等役員を兼務する者

2.部長等で経営者に直属する組織の長

3.これらとその企業内で、同格以上に位置づけられている者であって、経営上の重要事項に関する企画立案等の業務を担当する者

他方、役職上は部長等に該当する場合であっても、経営や人事に関する重要な権限を持っていない、実際には出社・退社時刻を自らの裁量的な判断で決定できない、給与や一時金の面で管理監督者にふさわしい待遇を受けていないといった場合には、管理監督者には該当しないと考えられます。

 

<機密の事務を取り扱う者への該当性について>

労基法第41条第2号に規定する「機密の事務を取り扱う者」については、労基法第4章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定が適用されません。

ここでいう「機密の事務を取り扱う者」とは、秘書その他職務が経営者または管理監督者の活動と一体不可分であって、厳格な労働時間管理になじまない者をいいます(昭和22年9月13日発基第17号)。

スタートアップ企業の労働者のうち、上記のような実態が認められる者については、「機密の事務を取り扱う者」に該当し得ると考えられます。

 

<実務の視点から>

この通達で示されている内容は、スタートアップ企業に特有のものであるというよりは、すべての企業に共通することが大半です。

この通達を参考に、自社で残業手当支払の対象外とされている労働者について、労働基準法の規定が正しく適用されているか、再度確認してみてはいかがでしょうか。

男性の育児休業取得状況の公表義務拡大(令和7年4月改正)

2024/11/02|934文字

 

<育児・介護休業法の改正>

育児・介護休業法が改正され、令和7年4月1日から段階的に施行されます。

今回は12項目に及ぶ大きな改正で、政府の少子高齢化対策が更に一歩進む形となります。

現在の少子化の進行等の状況や「男女とも仕事と子育てを両立できる職場」を目指す観点から、男性の育児休業取得等をはじめとした仕事と育児の両立支援に関する事業主の取組を一層促す必要があるとの観点から、育児休業の取得状況の公表義務が拡大されます。

 

<公表内容と義務の拡大>

現在は、常時雇用する労働者の数が1,000人超の企業に対し、毎年少なくとも1回、次のいずれかを公表することを義務付けています。

 

・男性労働者の育児休業等の取得割合

=育児休業等をした男性労働者の数÷配偶者が出産した男性労働者の数

 

・男性労働者の育児休業等と育児目的休暇の取得割合

=(育児休業等をした男性労働者の数+小学校就学前の子の育児を目的とした休暇制度を利用した男性労働者の数)の合計数÷配偶者が出産した男性労働者の数

 

令和7(2025)年4月1日以降、こうした育児休業の取得状況の公表が義務付けられる企業の規模が、常時雇用する労働者数1,000人超から300人超に改正されます。〔改正育児・介護休業法第22条の2、改正育児・介護休業法施行規則第71条の6〕

対象企業は施行日以降、公表する日の属する事業年度の直前の事業年度におけるデータを、自社のホームページや厚生労働省のウェブサイト「両立支援のひろば」で公表する義務があります。

今回の改正では、経過措置として「施行日以後に開始する事業年度」から適用されます。

また、公表時期については、厚生労働省のリーフレットなどで、公表前事業年度終了後おおむね3か月以内に公表と説明されています。

 

<実務の視点から>

常時雇用する労働者数が300人を大きく下回る企業にとって、さほど影響はないようにも思えます。

しかし、男性労働者の育児休業等の取得状況を公表している企業は、仕事と子育てを両立できる職場に向けて、各種取組みを行っています。

法的義務がなくても、仕事と育児の両立支援に関する事業主の積極的な取組を、自社のホームページなどに公表することで、リクルート面で優位に立てることは間違いないでしょう。

40歳での両立支援制度等に関する情報提供義務(令和7年4月改正)

2024/11/01|815文字

 

<育児・介護休業法の改正>

育児・介護休業法が改正され、令和7年4月1日から段階的に施行されます。

今回は12項目に及ぶ大きな改正で、政府の少子高齢化対策が更に一歩進む形となります。

その中の1つである40歳等での情報提供義務について、簡単に見ておきましょう。

 

<情報提供を行う事項>

情報提供を行う事項は次のとおりです。〔改正育児・介護休業法施行規則第69条の10〕

  1. 介護休業に関する制度
  2. 介護両立支援制度等

・介護休暇に関する制度

・所定外労働の制限に関する制度

・時間外労働の制限に関する制度

・深夜業の制限に関する制度

・介護のための所定労働時間の短縮等の措置

  1. 介護休業および介護両立支援制度等の申出先
  2. 介護休業給付金に関すること

改正指針では、介護保険制度についても、併せて知らせることが望ましいとされています。

 

<情報提供の時期>

情報提供を行う時期は、次のうち自社にとって都合の良い方を選ぶことができます。〔改正育児・介護休業法施行規則第69条の11〕

  1. 40歳に達した日の属する年度の初日から末日までの期間
  2. 40歳に達した日の翌日から起算し1年間

 

<情報提供の方法>

情報提供の方法としては、次の中から選択することができます。〔改正育児・介護休業法施行規則第69条の12〕

  1. 個別の面談
  2. 書面の交付
  3. 書面のFAX送信
  4. 電子メール等の送信

 

<実務の視点から>

この情報提供については、対象家族が介護を必要とするようになったという申出があった場合の個別周知とは別に、40歳に達する/達したタイミングで、一律に行うことが義務づけられているものです。

それぞれの企業で、情報提供の時期を決め、毎年同じ時期に対象となる従業員に情報提供を行う運用となります。

この情報提供は、個別周知・意向確認とは別のもので、従業員の希望の有無にかかわらず行うものです。

FAX送信や電子メール等の送信による方法も認められていますから、情報提供の定型文を作成しておいて対象者に一斉送信という方法も可能です。

罰則のない同一労働同一賃金でも企業に科せられるペナルティーがあります

2024/10/31|1,002文字

 

<同一労働同一賃金の性質>

同一労働同一賃金は、働き方改革の一環として取組む課題です。

そして、企業に義務付けられている内容は、パート有期労働法(正式名称:短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)に定められています。

この法律に違反した場合でも、労働基準法のように懲役や罰金といった刑罰が適用されるわけではなく、労働者側から企業側に損害賠償を請求する形で、金銭解決が図られることになります。

しかし、全くペナルティーが定められていないわけではなく、行政罰としての過料が定められていることには注意が必要です。

 

<10万円以下の過料>

労働基準法第15条第1項には、一定の労働条件の明示が定められています。

違反には30万円以下の罰金も定められています。

さらに、パートタイム・有期雇用労働者を雇い入れる際、労働基準法で定める事項のほか、特定事項と呼ばれる4つの項目「昇給の有無」、「退職手当の有無」、「賞与の有無」、「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する事項に係る相談窓口」を文書等により明示しなければなりません。〔パート有期労働法第6条第1項、同法施行規則第2条〕

違反には10万円以下の過料が定められています。

4つの特定事項のうち忘れがちなのは、「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する事項に係る相談窓口」です。

漏れなく明示するには、厚生労働省が公表している労働条件通知書(有期雇用型)のひな形の最新版を利用するのが良いでしょう。

また「相談窓口」を人事課の担当者など社内の人にすると、非正規労働者からは敬遠され、なかなか相談してもらえず、不満が大きくなって、いきなり弁護士に相談されてしまうということが起こりがちです。

パワハラ、セクハラなどの相談窓口と併せて、社外の専門家として顧問の社会保険労務士を指定したほうが安全です。

 

<20万円以下の過料>

厚生労働大臣から報告を求められ、これに対して報告しない、虚偽の報告をしたという場合には、20万円以下の過料が定められています。

もちろん、いきなり報告を求められることはありません。

事前に労働局長名で「パートタイム・有期雇用労働法に基づく報告の徴収について」という文書が事業主宛に届きます。

その後、所轄の労働基準監督署から、同一労働同一賃金への対応状況についての事情聴取があり、これに基づく行政指導があって、この指導への対応を報告させられるわけです。

健康保険が適用されるメガネもあります

2024/10/30|1,707文字

 

<健康保険の適用対象外とされるもの>

健康保険制度は、加入者(被保険者)が保険料を出し合い、助け合う仕組みです。

全ての医療や関連するものを対象としてしまうと、健康保険財政を圧迫し保険料が高額になってしまいます。

こうした事態を防止するため、保障の範囲が限られているのです。

この趣旨から、次のようなものは健康保険の対象外とされています。

 

健康診断、結核診断、人間ドックなどの費用

高度先進医療費

差額ベッド代

正常な出産にかかる費用

日常生活や疲労による肩こり・腰痛等の整骨院、針・きゅう、マッサージ等の施術費

入院時の雑費や日用品代

入院時の食事代

美容整形の手術代

予防注射の料金

入院患者のお見舞いをする人の交通費

その他、医師が治療を必要と認めないものの費用

 

<療養費の支給という方法>

健康保険では、保険医療機関の窓口に保険証(健康保険被保険者証)を提示して診療を受ける現物給付が原則となっています。

しかし、やむを得ない事情で、保険医療機関で保険診療を受けることができず、自費で受診したときなど特別な場合には、その費用について療養費が支給されます。

メガネは一種の装具ですから、健康保険が適用されるのだとすれば、それは療養費の支給という形で行われるはずです。

次のように、保険診療を受けるのが困難だったときは、療養費が支給されます。

・健康保険の加入手続中(資格取得届の手続中)で、保険証(被保険者証)が未交付のため、保険診療が受けられなかったとき

・感染症予防法により、隔離収容された場合で薬価を徴収されたとき

・療養のため、医師の指示により義手・義足・義眼・コルセットを装着したとき

・生血液の輸血を受けたとき

・柔道整復師等から施術を受けたとき

また、やむを得ない事情のため、保険診療が受けられない医療機関で診察や手当を受けたとき、例えば旅行中に、すぐに手当を受けなければならない急病やケガにもかかわらず、近くに保険医療機関がなかったので、やむを得ず保険医療機関となっていない病院で自費診察をしたときなどにも療養費が支給されます。

この場合、やむを得ない理由が認められなければ、療養費は支給されません。

 

<療養費の支給には申請手続が必要>

療養費の支給を申請するには、療養費支給申請書と添付書類を健康保険の保険者に提出して行います。

たとえば協会けんぽの場合、療養費支給申請書には、立替払等用と治療用装具用とがあります。

また添付書類は、その内容により細かく定められています。

 

【添付書類の一例】

医療費を自費で支払った場合 ○診療内容を記載した明細書

○領収書(領収明細書)

生血液を輸血した場合 ○輸血証明書

○領収書

治療用装具を購入、装着した場合 ○領収書
装具の名称、種類および内訳別の費用額・義肢装具士の氏名(押印でも可)・オーダーメイドまたは既製品の別(既製品の場合は製品名・メーカー名)が記載された領収書〇医師が記入・証明した「治療用装具製作指示装着証明書」

〇靴型装具の場合、療養費の支給申請書を行う靴型装具の現物写真

小児弱視等の治療用眼鏡やコンタクトレンズを購入した場合 〇領収書
〇医師の「眼鏡等作成指示書」のコピー
〇「眼鏡等作成指示書」に視力等の検査結果が明記されていない場合は、視力等の検査結果のコピー

 

<小児弱視等の治療用眼鏡等についての療養費>

平成18(2006)年4月1日から、小児の弱視、斜視、先天白内障術後の屈折矯正の治療用として用いる眼鏡とコンタクトレンズの作成費用が、健康保険の適用となりました。

ただし、療養費の支給となりますから、眼鏡やコンタクトレンズの代金が3割負担で7割引となるのではなく、一度全額支払っておいて後から7割が返金される形での健康保険適用です。

対象年齢は9歳未満に限られていて、治療用眼鏡等が給付対象です。一般的な近視などに用いる視力矯正用の眼鏡は対象外です。

手続としては、眼鏡を購入した後に、所定の書類を加入する健康保険の保険者に提出し、療養費支給申請をすることによって、国で定めた交付基準の範囲内で保険給付されます。

残念ながら、大人の使用する近視や老眼の視力矯正用の眼鏡には、健康保険が適用されないということになります。

なぜマイナ保険証なのか?失くしたらどうするのか?

2024/10/29|1,216文字

 

令和6(2024)年12月2日から今までの健康保険証は新規発行されません。健康保険証はマイナンバーカードを基本とする仕組み(マイナ保険証)へ移行ということです。医療機関や薬局を利用する際は、マイナンバーカードを利用することになります。

 

<マイナ保険証のメリット>

マイナ保険証を使えば、医療機関や薬局を利用した際に、診療・薬剤の情報や特定健診等の結果の提供に同意することによって、医師や薬剤師からの情報に基づいた総合的な診断や重複する投薬を回避した適切な処方を受けることができます。

かかりつけ医やかかりつけ薬局以外には、病気や治療の情報を知られたくないという場合には、情報提供に同意しないこともできます。

高額な医療費が発生する場合でも、マイナンバーカードを保険証として使うことで、医療機関・薬局の窓口で高額な医療費を一時的に自己負担して、後から高額療養費の請求をしたり、事前に限度額適用認定証の交付申請手続をしたりする必要がなくなります。

こちらは、めったに利用することのないものですが、万一の場合には、手続を省略できて大変便利です。

転居、就職、転職の後も、古い保険証を返却して、新しい保険証の発行を待つということをせずに、手元のマイナンバーカードがそのまま使えます。保健証が手元に届く前に、病院で診察を受けたい場合には、大変助かることになります。

 

<心配される安全性の確保>

マイナ保険証では、プライバシー保護やマイナンバーカードのセキュリティ対策が講じられています。

医療機関・薬局は、患者自身が提供することを同意した過去の診療情報・薬剤情報・特定健診情報等のみを閲覧することができます。同意していない情報が提供されることはありません。また、提供した診療情報等は、診療・投薬以外の用途に使用されることはなく、個人情報の取扱いには十分な注意が払われています。

マイナンバーカードにはさまざまな安全対策が講じられているため、財布に入れるなどして持ち歩いても安心とされています。

 

<マイナンバーカード紛失・盗難の場合>

万一、マイナンバーカードを紛失したり、盗難に遭ったりした場合には、機能停止の手続が必要となりますので、マイナンバー総合フリーダイヤル(0120-95-0178※音声ガイダンス2番)へ連絡してください。

あわせて、警察に遺失届・盗難届を出して、受理番号を控えてください。その後、お住まいの市区町村へ届出をして、マイナンバーカードの再発行手続をとります。

住民登録のある市区町村窓口で申請書ID、QRコード入りの交付申請書を発行してもらえば、オンラインでの申請も可能です。

マイナンバーカードの申請をしてから受け取れるまで、1か月半程度時間がかかります(令和6年10月現在)が、期間の短縮が図られていく予定です。また、紛失など例外的な事情により、手元にマイナンバーカードがない方が保険診療等を受ける際の手続については、検討が進められています。

バイク通勤禁止のルール違反について就業規則に懲戒解雇の規定があったとしても本当に解雇してしまうのは問題です

2024/10/28|1,552文字

 

<解雇は無効とされやすい>

会社が社員に解雇を通告しても、それが解雇権の濫用であれば無効になります。

これを不当解雇といいます。

解雇したつもりになっているだけで解雇できていないので、対象者が出勤しなくても、それは会社側の落ち度によるものとされ、賃金や賞与の支払義務が消えません。

会社にとっては、恐ろしい事態です。

出来てからすでに20年足らずの労働契約法という法律に次の規定があります。

 

(解雇)

第十六条   解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 

大変抽象的な表現ですから、いかようにも解釈できそうです。

しかし、正しい解釈の基準は裁判所の判断です。

そして、裁判所の判断によれば、解雇権の濫用は簡単に認定されます。

つまり、多くの場合、不当解雇が認定されます。

 

<「客観的」の落とし穴>

「客観的に合理的な理由」を欠けば、解雇権の濫用となり、解雇は無効となるわけです。

しかし、当事者である会社側と対象社員の言い分は、完全に主観的なものです。

会社がそれなりの理由を示して解雇を通告した場合、その解雇理由は主観的な判断により示したものです。

また、これに対する対象社員の反論も主観的なものです。

ですから、「どちらが正しいか」という議論は、解雇の有効性については無意味です。

あくまでも、「客観的に合理的な理由」が有るか無いかによって、解雇権の濫用となるか否かが決まってきます。

 

<「客観的に合理的な理由」とは>

「客観的に合理的な理由」とは、誰が見ても解雇はやむを得ないという理由です。

なぜなら、誰が見ても正しいというのが、客観的に正しいということだからです。

ただし、当事者である会社側と対象社員は「誰が見ても」の「誰」からは除かれます。

当事者は、主観的に考えてしまうからです。

そして、最終的な判断は裁判所が行います。

 

結局、バイク通勤の禁止ルールに違反することが、その職場では絶対に許されない背信的行為であるとされる特別な事情が客観的に認定されるのであれば、解雇もやむを得ないということになります。

 

しかし、現実にはそこまで特別な事情は想定できません。

会社がバイク通勤を禁止するのは、事故が多いとか、駐車場が確保できないとか、近隣のお客様に不快感を与えるとかいうのが一般的な理由でしょう。

これらは、可能性があるというに過ぎません。

 

現実に、通勤の途中でバイク事故を起こした場合、違法駐車をした場合、近隣のお客様からバイクの騒音などについてクレームがあった場合に、これらを理由として解雇してしまうのは行き過ぎだと考えられます。

これらの行為と解雇とのバランスがとれていないからです。

つまり解雇するについて「客観的に合理的な理由」があるとはいえないわけです。

 

<会社として取りうる措置>

まず、就業規則で全面的にバイク通勤を禁止するのではなく、「会社の許可なくバイクで通勤することは禁止する」という形にして、特別な理由があれば許可する形にすることです。

そして、許可の条件としては、一定の条件を満たすバイク保険の加入、適正な駐車場の利用、騒音が一定以下であることなどを示す書面を添付して、会社に申請書を提出することなどが考えられます。

 

たとえこの場合でも、無許可でのバイク通勤が解雇の理由となるわけではありません。

就業規則の中に会社の手続違反に対する懲戒規定があって、懲戒処分についての適正な手続を踏めば、減給や出勤停止程度の処分が有効となるケースもあるといえるに過ぎません。

 

<実務の視点から>

バイク通勤は危ないから禁止、そして違反したら解雇というような、安易な運用はできません。

解雇が有効になるのは、労働契約法の条件を満たす場合に限られるのです。

上司の暴言についカッとなってしまい暴行で反撃した社員の懲戒をどうするか?喧嘩両成敗は、職場に通用するのか?

2024/10/27|1,566文字

 

<反撃の懲戒処分>

職場で上司から暴言を吐かれ、これに対抗して暴力を振るった社員の処分は、どう考えたら良いでしょうか。

繰り返される上司のパワハラに対抗する行為であって、部下が堪りかねて行ったのであれば、心情的には不問に付すか、情状酌量で軽い処分にとどめたいと感じます。

懲戒処分は就業規則の規定を適用して行うものですから、就業規則の規定にある「情状酌量」などの解釈の問題となります。

 

<正当防衛の可能性>

これを法的観点から見ると、上司の暴言は侮辱または名誉毀損に該たります。〔刑法第230条、第231条〕

部下の暴力は暴行罪、ある程度以上のケガをさせていれば傷害罪に該たります。〔刑法第208条、第204条〕

そして部下の行為が、刑法上、罪を軽減されるとすると、正当防衛が根拠になると思われます。〔刑法第36条第1項〕

「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」という規定です。

このように刑法の正当防衛は、犯罪から自分や他人の身を守るために、やむを得ず行った行為のことをいいます。

しかし、正当防衛の成立要件は思いの外厳格です。

今回のケースでは、相当性の要件を満たしていません。

相当性の要件というのは、侵害の危険を回避するための行為が、必要最小限のものであることです。

暴言を封じるのに、暴力を振るうというのは、必要最小限のやむを得ない行為とはいえません。

そもそも、法律上の「やむを得ない」というのは、日常用語とは違って、他に方法がないという意味です。

 

<過剰防衛の可能性>

不正な権利の侵害に対して、受けた侵害を上回る防衛行為を行ったのであれば、正当防衛ではないにしても、過剰防衛になる可能性はあります。

刑法は「防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる」と規定しています。〔刑法第36条第2項〕

刑法の過剰防衛の規定が適用されるようなケースであれば、これに倣って社内の処分でも、情状酌量により懲戒の程度を低くすることが妥当です。

しかし、過剰防衛の成立要件も大変厳格です。

正当防衛の他の要件は満たしていて、「防衛の程度を超えた行為」という点だけに問題があるときにのみ、過剰防衛が認められるのです。

今回のケースでは、「急迫不正の侵害」があったものの、「暴力」というのは、この侵害から名誉を防衛する手段としては、あまりにも的外れなのです。

そこには、「防衛の意思」が無く、これを機会に反撃する、あるいは、ついカッとなってやってしまったことがうかがわれます。

「防衛の意思」が無ければ、正当防衛も過剰防衛も成立しないのです。

刑法が正当防衛や過剰防衛の成立を認めない以上、会社の懲戒処分でも、情状酌量して大目に見るというのは、整合性が保てない結果となってしまいます。

 

<実務の視点から>

「それでも当社は独自の考えを採り、今回のようなケースでは、暴力を振るったとしても厳重注意に留める」というのはどうでしょうか。

おそらく、同じような事件が多発するのではないでしょうか。

懲戒処分では、公平が求められます。

過去に起こった事件と同様の事件が発生した場合には、特別な事情が無い限り、同様の処分にしなければなりません。

上司に暴力を振るっても厳重注意で済まされるなら、機会をうかがって行為に及ぼうと企む社員も出てくる可能性があります。

厚生労働省のモデル就業規則でも、「会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなったとき(当該行為が軽微な違反である場合を除く)には、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、普通解雇、減給又は出勤停止とすることがある」というように規定しています。

暴行罪、傷害罪は、刑法に懲役刑の刑罰が規定された重大な犯罪です。

これを厳重注意や譴責(けんせき)処分で済ませるのは、危険ではないでしょうか。

 

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