自己都合か、会社都合か、それとも・・・

2025/05/12|1,369文字

 

<雇用保険の離職理由>

50年前まで失業保険の失業手当と呼ばれていた雇用保険の基本手当は、かなり大雑把に言うと、自己都合の離職よりも会社都合のほうが有利です。

しかし昔のように、自己都合・会社都合という区分ではなく、労働契約期間の満了や自己都合退職といった一般的な離職の場合と、特定受給資格者や一部の特定理由離職者の場合とに区分されています。

これは、予め転職の準備や経済的な備えができる退職と、転職が困難で経済的な備えができない退職とに区分して、離職者の受給内容に差を設けているのです。

ですから、会社と離職者とで雇用保険の話をする場合には、自己都合・会社都合というのではなく、給付制限期間の有無と所定給付日数について話すのが現実的です。

 

<退職金制度>

退職金制度では、自己都合と会社都合とで、支給金額に差のあることが多いものです。

自己都合でも会社都合でもない場合は、想定されないのが殆どです。

たとえば、1店舗のみを経営する会社が、行政により店舗の立退きを命じられた場合、廃業することになるのは、会社都合ではなく「行政都合」のようにも見えます。

しかし、店舗を移転して営業を続けるという選択肢もありますから、廃業するのは会社の主体的な決定によるものとされ、一斉解雇の場合には会社都合となります。

 

<休職制度>

休職制度で、会社都合によるものについて規定を置くことは少なく、殆どの場合が自己都合によるものとなります。

そして、休職期間が満了すれば、自動退職(自然退職)とされることが多く、中には解雇とする規定も見られます。

会社都合での休職や、復職できる状態となったにも関わらず会社都合で復職させられない場合には、休職期間の満了をもって自己都合による自動退職することはできず、話合いのうえ会社都合での退職とする場合が多いでしょう。

特にセクハラ、パワハラ、長時間労働、退職強要などによる精神疾患を原因とする休職の場合には、休職期間の満了をもって退職とすることは、不当解雇となるのが一般ですから注意が必要です。

 

<感染症の自宅待機>

インフルエンザに罹患した従業員から、年次有給休暇を取得する旨の申し出があれば、会社はこれに従うことになります。

しかし本人から「比較的症状が軽いので出勤したい」「テレワークにしたい」という希望が出された場合には、会社から年次有給休暇の取得を強制することはできません。

会社が休業させたいと考えるのであれば、休業手当を支払うことになります。

また、家族が新型コロナウイルスに感染し、従業員が濃厚接触者とされ、保健所から自宅待機するよう指導があった場合には、自己都合でも会社都合でもなく「行政都合」でした。

この場合には、会社が休業手当を支払う義務を負いませんが、ご本人が年次有給休暇を取得することはできました。

しかし従業員の中に、お子さんが新型コロナウイルスに感染して濃厚接触者となった母親がいて、保健所から自宅待機を指示され、新型コロナウイルス感染症対応休業支援金を受給しようとする場合に、会社は休業期間を証明してあげることになっていました。

このような場合、会社が金銭的な負担をすることはなく、休業の事実を確認する書類の作成に協力するだけです。

「会社都合ではなく自己都合だから」と考えて、会社が協力を拒むのは誤りということになります。

役職者・管理職がパワハラの加害者として訴えられないために

2025/05/11|1,853文字

 

<会社のパワハラ対策>

会社は、就業規則にパワハラの禁止規定と懲戒規定を置き、パワハラ防止対策のための社員教育を行う義務を負っています。

これは、労働契約上の雇い主としての義務です。

こうした義務を果たさない会社で勤務する管理職は、パワハラの加害者とされ被害者や遺族から訴えられる危険にさらされています。

部下が「上司のパワハラに絶望しました」といった遺書を残して自殺を図るようなことがあれば、何がパワハラに該当するのか教育研修が行われていない会社では、事実の確認も無いままパワハラの責任を取らされることにもなりかねません。

不幸にしてこうした会社で働いている管理職は、自分の身を守るため、最低限、以下のことを頭に入れておきましょう。

 

<パワハラの構造>

パワハラは、次の2つが一体となって同時に行われるものです。

・業務上必要な叱責、指導、注意、教育、激励、称賛など

・業務上不要な人権侵害行為(犯罪行為、不法行為)

行為者は、パワハラをしてやろうと思っているわけではありません。

会社の意向を受けて行った叱責、指導、注意、教育、激励、称賛などは、業務上必要な行為です。

行為者の意識としては、これらの行為を熱心に行った結果、パワハラ呼ばわりされたということになりがちです。

しかし、パワハラが問題なのは、必要の無い人権侵害を伴っているからです。

 

<パワハラで問題となる人権侵害行為>

業務上必要な行為と同時に行われる「業務上不要な人権侵害行為」には、次のようなものがあります。

・犯罪行為 = 暴行、傷害、脅迫、名誉毀損、侮辱、業務妨害など

・不法行為 = 暴言、不要なことや不可能なことの強制、隔離、仲間はずれ、無視、能力や経験に見合わない低レベルの仕事を命じる、仕事を与えない、私的なことに過度に立ち入るなど

 

<典型的な犯罪行為>

暴行罪〔刑法第208条〕の「暴行」とは、人の身体に向けられた有形力の行使をいいます。有形力とは物理的な力のことで、たとえば石を投げつければ当たらなくても暴行になります。服を引っ張る、近くで刀を振り回す、耳元で大きな音を立てるというのも暴行です。

傷害罪〔刑法第204条〕の「傷害」とは、ケガをさせることです。ケガをさせる意図が無く暴行を行った結果、ケガをさせてしまった場合でも傷害罪になります。頭を叩こうとしたところ、相手が避けようとして転び腰を傷めた場合にも、頭を叩くという暴行の故意があった以上、傷害罪になってしまいます。

脅迫罪〔刑法第222条〕は、相手や親族の生命、身体、自由、名誉または財産に対し害を加える旨を告知して脅迫すると成立します。口頭でも、文書でも、メールでも、あるいは態度でも脅迫になりますし、相手が実際に怖がらなくても成立します。

名誉毀損罪〔刑法第230条〕は、公然と事実を摘示して名誉を毀損することで成立します。「摘示」というのは、あばくこと、示すことです。示した事実は、原則として、真実であっても嘘であってもかまいません。しかし、「公然と摘示」するのが条件ですから、他の人には知られないように、直接の相手だけに事実を摘示した場合には成立しません。また、「事実を摘示」しないで名誉を毀損すると侮辱罪〔刑法231条〕となります。

 

<典型的な不法行為>

上記のような犯罪行為に対しては、国家により刑罰として懲役刑や罰金刑が科されうるのですが、同時に不法行為でもありますから、被害者に対しては損害賠償の責任を負います。両者は別物ですから、どちらか片方だけで済むというものではありません。

暴言、隔離、仲間はずれ、無視、能力や経験に見合わない低レベルの仕事を命じる、仕事を与えない、私的なことに過度に立ち入るなどの程度が軽くて、名誉毀損罪などの犯罪が成立しない場合には、一般に不法行為のみが成立します。

不要なことや不可能なことの強制が強要罪や業務妨害罪にはあたらない程度の場合にも、一般に不法行為のみが成立します。

つまり、人権侵害行為ではあっても犯罪が成立しない場合には、不法行為のみが成立しうるということです。

 

<身を守るだけではない知識>

パワハラ行為とされ、犯罪者になったり損害賠償を求められたりするのはどのような行為なのか、正しい知識を身に着けることは、自分の身を守るのに必要なことです。

しかし、それだけではなく、自信をもって業務上必要な叱責、指導、注意、教育、激励、称賛などを行えるようになるのですから、管理職としての指導力を最大限に発揮できるようになるというメリットもあります。

やむを得ず契約期間の途中で解雇できる場合

2025/05/10|1,445文字

 

<法令の規定>

有期労働契約の契約期間の途中で解雇することについて、民法第628条は「当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる」と規定しています。

また同様の趣旨で、労働契約法第17条第1項は「使用者は、期間の定めのある労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない」と規定しています。

ここでのキーワード「やむを得ない」は、日常生活で用いているよりもハードルが高いとされています。また、使用者や労働者の主観によって判断されるものではないため、裁判所の司法判断が重要になります。

 

<裁判所の判断>

普通解雇については、やむを得ない事由があると判断し解雇を有効とした裁判例と、やむを得ない事由はないと判断し解雇を無効とした裁判例があります。

また、整理解雇の場合には、整理解雇の4要素を基準に判断し、解雇を無効とした裁判例があります。

 

<期間途中での普通解雇を無効とした裁判例>

4年間の有期労働契約で塾の塾長として採用された人が、卒業祝賀会や礼拝での配慮を欠いた発言等を理由として、期間途中の初年度終了直前に解雇されました。

裁判所は、乱暴な発言や思慮を欠く行動があり、塾長としての見識が十分でない面があると認めたものの、「極めて不適切とはいえない」「塾長として一定の成果を出していた」と評価し、結論として「やむを得ない事由があったとは認め難い」として、解雇を無効としました(学校法人東奥義塾事件 仙台高裁秋田支部 平成 24年1月25日)。

 

<期間途中での普通解雇を有効とした裁判例>

証券会社に雇用期間1年間の契約で雇用された人が、試用期間中の勤務状態等により、スピードが遅い、日本語のレベルが低い、分析力・専門知識が日本の証券会社に勤めるアナリストに比べると低いといった理由で、試用期間中の留保解約権の行使として解雇されました。

裁判所は、従業員として適格性に欠け、使用者の期待に応えることがおよそ不可能な従業員であることがうかがわれると認定しました。従業員としての適格性具備の前提となる使用者との間の信頼関係を根本から喪失させるものであると評価して、引き続き雇用しておくことが適当でないものと判断しました。

そして、雇用期間の満了を待つことなく直ちに雇用を終了させざるを得ないような特別の重大な事由も存在していると判示し、解雇を有効と認めました(リーディング証券事件 東京地判平成25年1月31日)。

<期間途中での整理解雇を無効とした裁判例>

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、利用者が減少し経営状況が極めて悪化したとして、有期労働契約のタクシー運転手を解雇した事件について、裁判所は、期間満了前の解雇であるから「やむを得ない事由」が必要であり、その判断に当たっては、人員削減の必要性、解雇回避措置の相当性、人員選択の合理性、手続の相当性の各要素を総合的に考慮して判断すべきであるという整理解雇の4要素によって判断するとしました。

そして、人員削減の必要性については、直ちに整理解雇を行わなければ倒産が必至であるほどに緊急かつ高度の必要性であったとはいえない、「雇用調整助成金や臨時休車措置等を利用した解雇回避措置を利用していない点で解雇回避措置の相当性は相当に低いとして、整理解雇を無効と判断しました(センバ流通事件  仙台地決令和2年8月21日)。

配置転換と人事異動の違いとは

2025/05/09|608文字

 

<両者の定義>

「配置転換」と「人事異動」は、法令によって明確な定義付けがされていません。

そのため、「配置転換」「人事異動」の意味については、会社ごとに解釈が分かれています。

とはいえ、会社の就業規則に「配置転換」と「人事異動」の両方の用語があり、異同について疑義が発生した場合や、これから就業規則に規定を置くにあたって一般的な意味を確認しておきたい場合には、以下を参考にしてください。

 

<配置転換>

配置転換とは、従業員の担当職務や勤務地などを変更することを指します。

配置転換は大きく分けると、企業内の配置転換と企業間の配置転換の2つです。

企業内の配置転換には、昇進・昇格、職種変更、勤務地変更などがあります。

営業所・店舗など複数の事業所間にまたがる配置転換を特に転勤と呼びます。

狭義の配置転換は、この企業内の配置転換のみを指します。

一方、企業間の配置転換には、子会社や関連会社への転籍、出向などがあります。

広義の配置転換には、企業内の配置転換と企業間の配置転換の両方が含まれます。

 

<人事異動>

人事異動とは、従業員が企業の命令によって、配置・地位や勤務状態などが変更されること全般を指します。

人事異動は、配置転換よりも広い概念で、配置転換のすべてを含む意味に使われることが多い用語です。

 

<就業規則の規定>

このように解釈が分かれる用語については、就業規則の中に定義規定を置いて、トラブルの発生を予防することが必要です。

加害者の知識不足によって発生するマタハラの防止

2025/05/08|1,733文字

 

<就業規則の規定>

マタニティーハラスメント(マタハラ)とは「子を設け育てることに対する職場での支援拒否の態度」と表現できます。

また、特に経営者が行うものは「不利益な取扱い」と呼ばれ、マタハラとは別の概念とされています。

厚生労働省が公表しているモデル就業規則の最新版(令和5(2023)年7月版)では、マタハラが次のように規定されています。

 

(妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメントの禁止)

第14条  妊娠・出産等に関する言動及び妊娠・出産・育児・介護等に関する制度又は措置の利用に関する言動により、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない。

 

マタハラという用語は比較的新しいものですし、法令等は横文字を嫌いますので、敢えて日本語で明確に示されているのでしょう。

ただ、就業規則にこのような規定を置いた場合でも、何が「妊娠・出産・育児・介護等に関する制度又は措置の利用」にあたるのかについて、別に社員教育が必要となります。

少子高齢化に対応して、ここに言う「制度又は措置」の内容も、法改正により充実してきていますので、研修などの内容もアップデートしながら繰り返さなければなりません。

近いところでは、令和7(2025)年4月と10月の法改正にも対応していなければなりません。

また、小規模会社で就業規則が無い場合であっても、妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関する法令は適用されますから、マタハラへの対応を怠ることはできません。

 

<制度又は措置の利用への嫌がらせ>

次に掲げる制度や措置は、育児介護休業法が定めるもので、男女どちらにも適用されます。

上司や同僚の言動が、こうした制度や措置に関するもので、人権侵害となれば、就業環境を害することにもなり、制度等の利用への嫌がらせ型のマタハラとなります。

・育児休業

・子の看護休暇

・所定外労働(早出や残業)の制限

・深夜業の制限

・育児のための所定労働時間の短縮措置

・始業時刻変更等の措置

 

<マタハラとなる言動>

次のような言動が、マタハラの典型例です。

・制度や措置の利用請求などを理由に上司が不利益な取扱をほのめかす

・制度や措置の利用請求などを上司や同僚が邪魔する

・制度や措置を利用したことを理由に上司や同僚が嫌がらせをする

具体的には、次のような発言がマタハラになります。

「男のくせに育休を取るなんて」

「一人だけ残業しないで帰るなんてずるい」

「いつも社長出勤で偉そうね」

周囲の人たちは、自分の負担が増えるから、ついついこんな発言をしがちです。

 

<マタハラ防止に必要な知識>

さて、就業規則を読んだだけでは、自分の行為がパワハラにあたる/あたらないを判断できない場合があります。

育児介護休業法などの内容についての具体的な知識が無ければ、判断することは不可能だからです。

また、他の社員の行為に対しても、自信を持って「それはマタハラだから止めなさい」と注意することもできません。

セクハラやパワハラであれば、関連するニュースも多いですし、感覚的に理解できる点もあるのですが、マタハラについては、知識が無ければ対応のしようがありません。

こうしてみると、社内でマタハラを防止するのに必要な知識のレベルというのは、かなり高度なものであることがわかります。

 

<知識不足によるパワハラの防止には>

こうした事情があるにもかかわらず、就業規則にマタハラの禁止規定があり懲戒規定があることを理由に懲戒処分が行われてしまうのは、加害者本人にとっても会社にとっても不幸です。

加害者は、マタハラの意識が無いままに加害者とされ、会社と共に損害賠償を求められる他、両当事者とも評判が落ちてしまいます。

会社が本気でマタハラを防止するには、就業規則にきちんとした規定を設け、充実した社員教育を実施することが必要となります。

社員教育では、育児介護休業法の具体的な内容の理解が中心となります。

少しでも社員の記憶に残っていれば、何か疑問が生じたときに法令の内容を確認することによって、マタハラの被害を最小限に食い止めることができます。

一般に、社員教育は生産性を高めるものですが、マタハラについての社員教育は社員と会社を守るために必要なものだといえるでしょう。

1時間単位の年次有給休暇と働き方改革

2025/05/07|824文字

 

<年次有給休暇の取得促進>

労働者の心身の疲労を回復させ、労働力の維持を図るための年次有給休暇は、その取得率が50%を上回る水準で推移するようになってきています。

有給休暇取得促進のため、利便性を高めるために、1日単位にこだわらない取得が認められています。

 

<半日単位の取得>

労働者が希望し、会社が同意した場合であれば、半日単位で有給休暇を消化することが認められています。

ただし、「午前中で終わる用事のためなら、1日休まなくても半日有給でいいですね」と会社側から働きかけるような、1日単位での有給休暇の消化を阻害する行為は認められません。

 

<1時間単位の取得>

5日以内なら労使協定を交わすことによって、1時間単位の年次有給休暇取得も可能です。〔労働基準法第39条第4項〕

また、労使協定の定めによって、対象者の範囲を限定することもできます。

この場合には、異動などによって対象者から外れた場合の取り扱いについて、あらかじめ労使で取り決めておく必要があります。

やはり、対象者の範囲を限定しないほうが手間がかかりません。

 

<1時間単位なら不安も少ない>

年次有給休暇の取得を申し出るには、労働者の側に次のような不安があります。

・みんなに迷惑がかかるのではないか

・休み明けに忙しくなるのではないか

・職場が年次有給休暇を取得できる雰囲気ではない

・上司が嫌な顔をしそうだ

1時間単位で希望の時間だけ年次有給休暇を取得する場合には、こうした不安も軽減されるでしょう。

 

<実務の視点から>

年次有給休暇を1時間単位で取得できるようにする/しないは、それぞれの会社の自由ですが、法的権利であると思い込んでいる労働者が多いのも事実です。

それほど労働者のニーズが高い一方で、この制度の導入は会社の負担が大きくありません。

働き方改革は、企業が働き手の必要と欲求に応えつつ生産性を向上させる急速な改善だと考えられますから、1時間単位の年次有給休暇の導入は優先順位が高いといえるでしょう。

社員の個人的な能力不足によるパワハラ

2025/05/06|2,151文字

 

<能力不足によるパワハラ>

会社の就業規則にパワハラの具体的な定義を定め、これを禁止する規定や懲戒規定を置いて、パワハラに関する社員研修を行っていても、社員個人の能力不足によるパワハラが発生します。

ここで不足する能力は説明能力が中心です。

 

<就業規則の規定>

職場のパワーハラスメントとは、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害される」ものをいいます。〔労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第30条の2第1項〕

この条文を見ると、「就業環境が害される」という実害の発生が、パワハラの成立条件のようにも見えます。

しかし、企業としてはパワハラを未然に防止したいところです。

ですから、就業規則にパワハラの定義を定めるときは、「職場環境を悪化させうる言動」という表現が良いでしょう。

厚生労働省が公表しているモデル就業規則の最新版(令和5(2023)年7月版)では、次のように規定されています。

 

(職場のパワーハラスメントの禁止)

第12条  職務上の地位や人間関係などの職場内の優越的な関係を背景とした、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない。

 

<パワハラの構造>

パワハラは、次の2つが一体となって同時に行われるものです。

・業務上必要な叱責、指導、注意、教育、激励、称賛など

・業務上不要な人権侵害行為(犯罪行為、不法行為)

行為者は、パワハラをしてやろうと思っているわけではなく、会社の意向を受けて行った注意指導などが、無用な人権侵害を伴っているわけです。

 

<業務上不要な人権侵害行為>

業務上必要な行為と同時に行われる「業務上不要な人権侵害行為」には、次のようなものがあります。

・犯罪行為 = 暴行、傷害、脅迫、名誉毀損、侮辱、業務妨害など

・不法行為 = 暴言、不要なことや不可能なことの強制、隔離、仲間はずれ、無視、能力や経験に見合わない低レベルの仕事を命じる、仕事を与えない、私的なことに過度に立ち入るなど

刑事上は犯罪となる行為が、同時に民事上は不法行為にもなります。

つまり、刑罰の対象となるとともに、損害賠償の対象ともなります。

 

<パワハラ防止に必要な知識>

さて、就業規則を読んだだけでは、自分の行為がパワハラにあたるのかどうかを判断できない場合もあるでしょう。

また、他の社員の行為に対しても、自信を持って「それはパワハラだから止めなさい」と注意するのはむずかしいでしょう。

ましてや、暴行罪〔刑法第208条〕や名誉毀損罪〔刑法第230条〕の成立要件、特に構成要件該当性などは、「物を投げつけても当たらなければ成立しない」「真実を言ったのなら名誉毀損にはならない」などの誤解があるものです。

こうしてみると、社内でパワハラを防止するのに必要な知識のレベルというのは、かなり高度なものであることがわかります。

 

<知識があっても行われるパワハラ>

しかし、高度な知識があるのに、ついついパワハラに走ってしまう社員がいます。

もちろん、怒りっぽい、キレやすい性格というのもあります。

そして、カッとなってパワハラ行為に出てしまう原因を見てみると、相手が自分の思い通りに動いてくれない、自分の言ったことを理解してくれないということにあります。

さらに、その原因を追究すると、要領を得ない説明で相手に趣旨が伝わらないということがあります。

1人か2人の相手に伝わらないというのであれば、相手の理解力に問題がありそうです。

しかし、「どいつもこいつも解かってくれない」という感想を持つようであれば、その人の説明能力に問題があるのでしょう。

こうして、部下に説明する → 伝わらない → ボーッと聞いている、とんちんかんな質問をしてくる、同じ過ちを繰り返す → 再度説明する → 伝わらない → 感情的になって怒鳴ったり机を叩いたりのパワハラに走る という構造が出来上がってしまいます。

 

<不足する説明能力とは>

一口に「説明能力」と言っても複雑です。

前提として、相手の性格・経験・理解力の把握、相互理解があります。

異動したての役職者には、この前提を欠いていることがあり、パワハラ発生の危険が高まります。

次に、相手が落ち着いて傾聴できる態度・環境・雰囲気作り、そして、本人の語彙力・表現力、相手の理解度を探る観察力なども必要です。

こうしてみると、本人の持つ雰囲気、語彙力・表現力、観察力など、会社の教育研修をもってしても容易には醸成できない項目を含んでいます。

これらは、その個人の資質に依存する能力です。

 

<実務の視点から>

説明能力が不足する社員は、適法な指導力がありませんので、役職者など優位な立場に立たせてしまうのは不適切です。

会社に対する貢献度が高い社員に説明能力が不足していたら、説明能力を十分身に着けるまでは、部下を持たせるのではなく、専門職的な立場で会社に貢献してもらうようにしてはいかがでしょうか。

専門職制度など適性を踏まえた人事異動を可能にする仕組と、その前提となる人事考課制度の適正な運用が、パワハラから社員と会社を守ってくれます。

セクハラは相手の受け取り方次第という昭和の考え方は大誤解です

2025/05/05|1,443文字

 

<セクハラの公式定義>

セクシュアルハラスメント(セクハラ)とは、職場において、性的な冗談やからかい、食事やデートへの執拗な誘い、身体への不必要な接触など、意に反する性的な言動が行われ、拒否したことで不利益を受けたり、職場の環境が不快なものとなることをいいます。

対価型セクハラとは、労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応(拒否や抵抗)により、その労働者が解雇、降格、減給等の不利益を受けることをいいます。

セクハラ行為に拒否の態度を示したら不利益を受けたという形です。

環境型セクハラとは、労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等その労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることをいいます。

セクハラ行為があったため落ち着いて仕事ができず生産性が低下したという形です。

 

<労働者の意に反する性的言動>

セクハラの加害者は相手の受け取り方次第という言い逃れをしたがります。

たしかに、セクハラの定義の中の「労働者の意に反する性的言動」のうちの「意に反する」というのが、相手の主観だけを基準に認定されるのであれば、この主張は正しいことになります。

しかし、相手の感覚を基準にすれば、「声がセクハラだった」「目つきがセクハラだった」など、セクハラとなりうる行為の範囲が不当に広がってしまいます。

これでは、相手の目を見て話すこともむずかしく、業務に支障を来してしまいます。

そこで実際には、相手の被害者意識も参考としつつ、具体的な事情から、相手の性格は抜きにして、年齢や立場などが同じ人であれば、「意に反する性的言動」であったかどうかを考えます。

つまり、相手の主観と客観的な事情の両方を基礎として、セクハラの成否を判断するのです。

たとえば相手が、性的言動について極端に敏感であったり、鈍感であったりすれば、これを修正して平均的なところで判断します。

ただし、相手が敏感であることを知りつつ、あえて性的言動に及んだような場合には、「意に反する性的言動」であったと認定されます。

このように考えないと、被害者は救われませんし、加害者は故意に行っているわけですから言い訳できる立場にないからです。

このように、セクハラ行為の有無を認定するには、行為者とその相手との関係や、それぞれの性格も把握する必要があります。

結論として、セクハラは相手の受け取り方次第という言い逃れは許されないことになります。

 

<会社のセクハラ対応>

こうして見てくると、セクハラの成否を判断するのは簡単ではないことが分かります。

それにもかかわらず、就業規則にセクハラの禁止規定があり懲戒規定があることを理由に、安易に懲戒処分まで行われてしまうのは、行為者本人にとっても会社にとっても不幸です。

反対に、セクハラ被害があったにもかかわらず、会社がきちんと対応しないのでは、社員からの信頼を失い退職者が増えたり、会社の評判が落ちたりします。

会社が本気でセクハラを防止するには、就業規則にきちんとした規定を設け、充実した社員教育を実施することが必要となります。

社員教育では、セクハラの定義・構造の理解、具体例を踏まえた理解の深化を図りましょう。

この他、人事考課制度の適正な運用や、適性を踏まえた人事異動が、セクハラから社員と会社を守ってくれます。

そして、具体的な事例が発生したとき、その対応に迷ったら、守秘義務を負った専門家である社会保険労務士へのご相談をお勧めします。

企業秘密を持ち出した社員への賠償請求

2025/05/04|1,156文字

 

<守秘義務の認識>

社員は、在職中だけでなく退職後にも、労働契約に付随する義務として当然に守秘義務を負っています。

しかし、このことは必ずしも社員一人ひとりに認識されているとは限りません。

就業規則に具体的な規定を置くことはもちろん、守秘義務を負う社員からは、入社や異動の際に誓約書を取っておくことをお勧めします。少なくとも心理的な効果はあります。

 

<賠償請求の困難性>

社員が営業秘密をもらしてしまった場合でも、損害賠償請求は困難ですし、その金額も限定されてしまいます。裁判例を見ても、驚くほどの少額です。

賠償を請求する場合には、まず具体的な事実関係を確認する必要があります。

ところが、これは大変時間のかかることですから、対象社員から十分に事情を聞く前に退職されてしまうことがあります。

また、事実関係が明らかになったとしても、損害の発生や損害額を証明することが大変困難です。

こうした場合に備えて、会社と社員との間で損害賠償額を予め決めておければ楽なのですが、これは労働基準法で禁止されていて、たとえ決めておいても無効になってしまいます。〔労働基準法第16条〕

 

<不正競争防止法>

不正競争防止法には、損害賠償請求の規定があるのですが、この法律が保護の対象としている営業秘密は、範囲が限定されているため簡単には適用されません。

保護されるのは「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」とされています。〔不正競争防止法第2条第6項〕

実際には、秘密管理性の要件に欠けるとして、この法律の保護が受けられないことが多いのです。

なぜなら、秘密管理性の要件を満たすには、次のことが行われている必要があるからです。

・情報に接した者にその情報が営業秘密であると認識させていること

・情報に接する者が制限されていること

 

<刑事責任と民事責任>

企業機密を持ち出した社員が書類送検されたということは、国家権力による刑事責任の追及が始まったということです。

このことによって、企業の犯人に対する損害賠償の請求が可能になったわけではありません。

刑事責任と民事責任とは、必ずしも連動しないのです。

やはり、秘密がもれたかも知れないと気づいてから対応するのではなく、もれないようにする防止対策が必要です。

そのために最も効果的なのは、定期的に社員研修を繰り返すことです。何か問題が発生してから1回だけ研修を行い、その後長く実施しなければ、会社の態度が見透かされてしまいます。ですから、少なくとも年1回は実施したいものです。

こうした研修は、社外の講師が行った方が効果的ですし、労働契約の性質、就業規則の意味、誓約書の効果といった深い話から順を追ってきちんと説明することが大事です。

残業時間と早退時間との相殺は許されていません

2025/05/03|1,916文字

 

<計算上の不利益>

ある日2時間残業して、翌日2時間早退して、これで相殺したことにすると賃金の面で問題があります。

労働基準法第37条第1項には次の規定があって、法定労働時間を超える労働には25分以上の割増賃金を支払わなければなりません。

 

(時間外、休日及び深夜の割増賃金)

第三十七条 使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

 

ある日、法定労働時間を超えて2時間残業した場合、その2時間の賃金は、就業規則や労働条件通知書などに示された25分以上割増の賃金です。

2時間 × 1.25 2.5時間

ですから、2.5時間分以上の賃金支払が必要です。

これと、早退による2時間分の賃金のマイナス(欠勤控除)とで相殺すると、0.5時間分以上の賃金が消えてしまうのです。

 

これでは割増賃金を支払わないことになりますから、労働基準法第37条第1項に違反し、「六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する」という罰則適用の対象になってしまいます。〔労働基準法第119条〕

 

<不利益が無い場合>

ある人の所定労働時間が毎日4時間であれば、2時間残業しても法定労働時間の範囲内ですから、割増賃金は発生しません。

翌日2時間早退して、これで相殺したことにしても、賃金計算上の不利益はありません。

また、割増賃金を就業規則や労働条件通知書などに25分と規定し、4時間の残業と5時間の早退とで相殺するという運用ならば、賃金計算上の不利益はありません。

4時間 × 1.25 5時間

こうした計算で、労働者に不利益が無いのなら違法ではないようにも思われます。

しかし、労働基準法により、残業代は残業代、早退による欠勤控除は欠勤控除として、それぞれ別項目で賃金台帳に示さなければなりません。

労働基準法第108条には次の規定があります。

 

(賃金台帳)

第百八条 使用者は、各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を賃金支払の都度遅滞なく記入しなければならない。

 

そして、労働基準法施行規則第54条により、次の事項を記入することになります。

・氏名

・性別

・賃金計算期間

・労働日数

・労働時間数

・時間外労働、休日労働および深夜労働の時間数

・基本給、手当その他賃金の種類ごとにその金額

・労使協定により賃金の一部を控除した場合はその金額

 

こうしたことから、たとえ賃金計算上の不利益が無い場合でも、残業時間と早退時間はそれぞれ集計して賃金台帳に記入しなければなりません。

 

<フレックスタイム制の運用>

きちんと手続をして、フレックスタイム制を正しく運用していれば、ある日2時間残業して、別の日に2時間早退すると、結果的に相殺されたのと同じ効果が発生します。〔労働基準法第32条の3

これは、1か月間など労使協定で定められた清算期間内の総労働時間と、実際の勤務時間の合計との比較で、時間外労働や欠勤の時間を集計する仕組みだからです。

労働者が仕事の都合と個人の都合をバランス良く考えて、自由に労働時間を設定できることによる例外です。

就業規則の規定や労使協定が無いのに、フレックスタイム制に似せた運用をしてしまわないように注意しましょう。

 

<月60時間を超える時間外労働>

月60時間を超える時間外労働の割増賃金(割増率5割以上)については、労働者の健康確保の観点から、割増賃金の支払に代えて有給の休暇(代替休暇)を付与することができます。〔労働基準法第37条第3項〕

代替休暇制度の導入には、事業場の過半数組合、または労働者の過半数代表者との間で労使協定を結ぶことが必要です。

この協定では、a.代替休暇を与えることができる時間外労働の時間数の算定方法、b.代替休暇の単位、c.代替休暇を与えることができる期間、d.代替休暇の取得日の決定方法および割増賃金の支払日を定めるべきとされています。

これは、残業時間と早退時間との相殺ではなくて、残業時間と休暇との相殺になります。

労使協定の締結など、法定の手続を経ないまま、「8時間残業したら1日休んでよし」といった乱暴な運用は違法ですから注意しましょう。

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