雇用契約不更新の合意の有効要件

2025/03/19|1,077文字

 

<シンガー・ソーイング・メシーン事件判決>

シンガー・ソーイング・メシーン事件は、退職金放棄の有効性について争われたものです。

この判決は、「賃金に当る退職金債権放棄の意思表示は、それが労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、有効である」と述べています。(最高裁第二小法廷 昭和48年1月19日判決)

そして、この判決の趣旨は、有期雇用契約を更新しないという、使用者と労働者との合意について、その有効性を判断する基準としても参考になるものです。

つまり、「雇用契約の不更新についての労使間の合意は、それが労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、有効である」と考えられます。

 

<「合理的な理由が客観的に存在」とは>

この基準の中の「合理的」というのは、「有期契約労働者を保護するという労働契約法などの趣旨や目的に適合する」という意味だと考えられます。

また、「客観的」というのは、「裁判所の判断」を指していると考えられます。

そして、裁判所が判断するには、有期契約労働者の生活が不安定にならないように、労働契約法などの趣旨を踏まえて、会社がどれだけ誠意ある態度を示しているかが重要な要素となります。

 

<労働者の自由な意思>

合意書に労働者の署名捺印があったとしても、それが「労働者の自由な意思」によるものでなければ、有効ではないのです。

そして、「労働者の自由な意思」によるものだと認められるためには、すべての具体的な事情から、強制の要素が無く、労働者が合意するのも自然だと認定される必要があります。

 

<会社の誠意ある態度>

会社の誠意ある態度は、次のような事実から認定されます。

・入社してから不更新の合意までの期間が短いこと

・説明会や面談での説明回数が多いこと

・退職金や慰労金など金銭の支払があること

いずれも、有期契約労働者が契約打ち切り後の生活について、十分な準備ができるようにするための配慮です。

 

<具体的な判断方法>

こうすれば確実に契約の不更新が許されるというような、明確な基準はありません。

ここでは、シンガー・ソーイング・メシーン事件で示された最高裁の判断を頼りに一応の基準を示しました。

しかし、無期転換と不更新合意について、現時点では、最高裁の判例が存在しません。

ですから、過去の裁判例のうち、具体的なケースに関連したものを抽出して、論理的に結論を推定するしかないのです。

こうした専門性の高いことは、信頼できる国家資格者の社会保険労務士(社労士)にご相談ください。

精皆勤手当は一部の業種を除き廃止されてきました

2025/03/18|944文字

 

<精皆勤手当の趣旨・目的>

精勤手当・皆勤手当は、1か月の給与支給対象期間の出勤予定日に欠勤しないことについて、給与の一部として支給される手当です。

1か月の欠勤が1日か2日の場合にも、減額され支給される場合があります。

なお、年次有給休暇の取得をもって欠勤とする扱いは、不利益な扱いとなり労働基準法に反します。〔労働基準法第136条〕

自動車運輸業では、ドライバーが欠勤した場合に代替要員の補充が困難なため、精皆勤手当を支給して欠勤しないことを奨励することが行われます。

建設業でも、工期の遅れを避けるため、精皆勤手当を支給して欠勤しないことを奨励することが行われます。

他にも、飲食業や製造業などで精皆勤手当を支給する企業は残っています。

 

<精皆勤手当導入拡大の動き>

平成2(1990)年前後に見られるように、新卒採用が困難な時期が周期的に訪れます。

大企業であれば、基本給の増額や休日・休暇の増加によって、学生を集めることができます。

しかし、中小企業では人材不足と採用難で、簡単に休日・休暇を増やすことはできませんし、基本給の増額によって賞与が増額されることなどを嫌いますので、新たな手当を設けることにより対処する傾向が見られました。

こうして新たに導入する手当としては、精皆勤手当も手頃だったため、導入が進んだという経緯があります。

 

<同一労働同一賃金の検討の中で>

令和3(2021)年4月には、中小企業にも同一労働同一賃金が義務付けられることとなりました。

これによって、正社員と非正規社員とで、手当の有無や支給額の差異について、合理的な説明がつくかが問われるようになりました。

そこで、各企業は自社の手当ひとつ一つについて、その趣旨目的を再確認することとなったのです。

このとき、欠勤しないことは労働契約上の義務であり当然のことであって、当然のことに対して手当を支給するのは不合理ではないかという疑問が出てきました。

この流れから、精皆勤手当が廃止され、基本給に組み入れられたり、別の手当に振り替えられたり、あるいは賞与の支給額に反映されたりの動きが盛んとなったのです

しかしこれからも、欠勤しないことが強く要請される職種では、会社の態度を示す意味でも精皆勤手当の支給が続くのではないかと考えられます。

小さな会社が社員を増やさない理由

2025/03/17|1,474文字

 

<人件費を考えると>

たとえば、月給20万円の社員を3人雇って、月45時間の残業をさせるよりは、4人雇って残業ゼロにした方が、同じ人件費でも生産性が上がります。 

月給20万円の社員が、月に45時間残業しているとします。

月間所定労働時間が174時間(8時間勤務で週休2日)だとすると、時間単価は、 

20万円 ÷ 174時間 = 1,150円(円未満切り上げ)

法定外残業の割増賃金は、 

1,150円 × 1.25 1,438円(円未満切り上げ)

毎月45時間残業しているとすると、その残業代は、

1,438円 × 45時間 = 64,710

これが3人だと、

64,710円 × 3人 = 194,130

これは、ほぼ1人分の月給に相当します。

つまり、ある会社に、あるいは、ある部署に3人いて、毎月45時間残業しているのなら、もう一人雇って残業しないことにすれば、同じ人件費で生産性が上がるということです。 

なぜなら、3人が残業した時間は、

45時間 × 3人 = 135時間

これは、月間所定労働時間の174時間を大きく下回るわけですから、4人で今までより多くの仕事をこなせますし、疲労も軽減されるので生産性が上がるということになります。

もちろん、残業代を不当にカットしていれば、この計算は狂ってきます。

しかし、日本は法治国家です。

「残業代をキッチリ支払っていてはやっていけない」などという会社はやがて消えます。

ですから、上の計算は長期的に見れば正しいと思います。

ただ現実には、最低賃金は上回るものの、ある程度の残業代が出ないと生活できない、そもそも一定の残業を前提として基本給や手当が決定されているという中小企業も多いのは事実です。

ですから当面は、長時間労働の解消と生活費の確保のバランスを考える必要が大きいのです。

 

<人間関係を考えると>

社長を含め4人の会社が1人増員して5人にすると、人間関係が66%も複雑になりますから、報連相やコミュニケーションが弱い会社ではギクシャクしてしまいます。

紙の上に4つの点を打って、そのうちの2つの点を結ぶ線を引くと、全部で6本の線を引くことができます。

これは、4人いる場合に人間関係が6通りできることを意味します。

紙の上に5つの点を打って、そのうちの2つの点を結ぶ線を引くと、全部で10本の線を引くことができます。

これは、5人いる場合に人間関係が10通りできることを意味します。

ちなみに、社員がn人の場合の人間関係は、n(n-1)÷2 通りとなります。

こうして、4人から5人に1人増えただけで、人間関係は6通りから10通りに66%も増えてしまうことになります。

退職理由の第1位は人間関係とも言われますので、せっかく1人採用しても、退職者が出やすいことになってしまいます。

 

<増員するにあたっては>

物理的な対応も必要です。

机やロッカー、制服など、什器・備品も増やさなければなりません。

社内のルール作りも急がれます。

従業員が10名になれば、就業規則を作成して所轄の労働基準監督署長に届出を行う必要がありますし、安全衛生推進者の選任なども必要になってきます。

こうしてみると、社員を増やすのも気が重いものです。

しかし、事業拡大のためには、人員の増加はやむを得ません。

ルール作り、労務管理、労働安全衛生といったことについては、ネットで検索できる一般論で済ませるわけにはいきません。

各企業へのカスタマイズを専門に行っている国家資格者の社会保険労務士(社労士)がいるわけですから、悩んでいないで委託することをお勧めします。

きっと社内で専門職を育てるよりは、遥かに短期間で格安に体制を整えることができるでしょう。

会社は労災手続をためらってはいけません

2025/03/16|1,619文字

 

<労災手続をためらうケース>

通勤災害であれば、手間はかかるものの、会社が労災保険関係の手続をためらうことは少ないでしょう。

ところが、業務災害の場合には、次のようなケースで会社が手続をためらうことがあります。

・労働基準監督署が労災だと認めると、これは公式見解となるので、会社の労災発生に対する責任が、本人や家族から追及されることになりそうで不安な場合。

・本人の過失が大きいため、労災保険による補償が妥当ではないと感じる場合。

・ごく当たり前の通常業務を行っていて、筋肉や関節を傷めたと、医師から診断されていて、この調子だと労災認定の範囲が拡大しそうだという場合。

・本人から会社に対して、労災保険の手続をするように要望があったが、会社としては労災に該当しないと判断している場合。

しかし、いずれの場合も、会社独自の判断で、労災手続を進めないというのはいけません。

 

<労災認定と会社の責任>

労働基準監督署によって、労災保険の適用が認められたからといって、事故に対する会社の責任が肯定されるとは限りません。

たとえば、メガネをかけている従業員に対して、「メガネをかけたまま冷凍室に入ると、出てきた時にメガネが曇って危険なので、メガネを外して冷凍室に入るか、冷凍室から出る時にメガネを外すかしてください」という注意を徹底し、冷凍室の入口に「メガネ注意!」などの表示があったとします。

ところが本人が、あえて無視してメガネが曇り、冷凍室の前で転んでケガをした場合、労災保険は適用されますが、会社の責任は問われません。

反対に、従業員が休日に、会社の経営する飲食店で食事をしていたところ、天井から照明器具が落下してケガをした場合には、労災とは無関係ですが、会社は責任を免れません。

このように、労災保険の適用と会社の責任とは連動するものではありません。労災認定があったからといって、必ずしも会社が責任を問われやすくなるとはいえないのです。

同様に、本人の過失が大きいからといって、労災保険の適用がないともいえません。

 

<通常業務によるケガ>

どこの飲食店でも行われているような調理作業で手首を傷めたり、小売店でごく普通の接客業務を行っていて腰を傷めたりということがあります。これは、その人の体質あるいは遺伝的要素によるところが大きいのであって、誰にでも発症するようなことではありません。

会社としては、「こんなことで労災保険が適用されることはないだろう」と考えることもあるでしょう。しかし、労災認定をするのは所轄の労働基準監督署長であって、会社でもなく、医師でもありません。医師は、病状の診断はしますが、業務との因果関係を認定する権限がありません。

会社の判断で労災の手続をしないのは、権限外の判断となってしまいます。

 

<会社の判断で手続をしないリスク>

会社の判断で手続をしない場合、労災保険の適用を主張する従業員は、ネットへの書き込みなどで情報を拡散するかもしれませんし、労働基準監督署に相談に行くかもしれません。

会社が手続に協力しない場合、労働基準監督署が労災を認定すれば、被災者は単独で労災保険の手続を進めることもできますし、会社は労災隠しを指摘されます。

また、労災が認定されない場合でも、従業員が労災の話のついでに、長時間労働や残業代の一部カット、年次有給休暇を思うように取得できないことなど、労働基準監督署に話せば、その内容によっては、労働者からの申告と認識されて立入調査(臨検監督)へと進むこともあります。

 

<実務の視点から>

会社が労災手続をするかしないか迷い、あるいは必要がないと感じた場合には、ケガを負った従業員などに詳しく話を聞いて、念の為、労働基準監督署に労災認定の可否を確認しなければなりません。

これを行って、その従業員に結果を説明し、万一納得がいかないという場合にも、会社に抗議するのではなく、労働基準監督署の労災課に確認してもらうようにすればよいのです。

雇用保険の育児時短就業給付金

2025/03/15|1,062文字

 

<育児時短就業給付金>

令和7(2025)年4月から「育児時短就業給付金」が創設されます。

仕事と育児の両立支援の観点から、育児中の柔軟な働き方として時短勤務制度を選択しやすくすることを目的 に、2歳に満たない子を養育するために時短勤務した場合に、育児時短就業前と比較して賃金が低下するなどの要件を満たすときに支給される給付金です。

次の2つの要件を満たす方が対象です。

 

・2歳未満の子を養育するために、育児時短就業する雇用保険加入者であること

・育児休業給付の対象となる育児休業から引き続いて、育児時短就業を開始したこと、または、育児時短就業開始日前2年間に雇用保険加入期間が12か月あること

 

ただし、支給されるのは次の4つの要件をすべて満たす月に限られます。

 

・初日から末日まで続けて雇用保険加入者である月

・1週間あたりの所定労働時間を短縮して就業した期間がある月

・初日から末日まで続けて、育児休業給付または介護休業給付を受給していない月

・高年齢雇用継続給付の受給対象となっていない月

 

<支給額>

原則として、育児時短就業中に支払われた賃金額の10%相当額が支給されます。ただし、育児時短就業開始時の賃金水準を超えないように調整されます。 また、各月に支払われた賃金額と支給額の合計が支給限度額を超える場合は、超えた部分が減額されます。

なお次の場合、給付金は支給されません。

 

・支給対象月に支払われた賃金額が育児時短就業前の賃金水準と比べて低下していないとき

・支給対象月に支払われた賃金額が支給限度額以上であるとき

・支給額が最低限度額以下であるとき

 

<支給を受けることができる期間(支給対象期間)>

給付金は、原則として育児時短就業を開始した日の属する月から育児時短就業を終了した日の属する月までの各暦月(支給対象月)について支給されます。

ただし、以下の日の属する月までが支給対象期間となります。

 

・育児時短就業に係る子が2歳に達する日の前日

・産前産後休業、育児休業または介護休業を開始した日の前日

・育児時短就業に係る子とは別の子を養育するために、育児時短就業を開始した日の前日

・子の死亡その他の事由により、子を養育しないこととなった日

 

<経過措置(2025年4月以前から時短就業をしている場合)>

2025年4月1日より前から、2歳未満の子を養育するために育児時短就業に相当する時短就業を行っている場合は、2025年4月1日から育児時短就業を開始したものとみなして、要件を満たす場合は、2025年4月1日以降の各月を支給対象月として支給されます。

受け取る年金額で損をしないための年金記録の統合

2025/03/14|740文字

 

<基礎年金番号の導入>

かつて年金記録は、国民年金、厚生年金、船員保険それぞれの制度ごとに設定された年金手帳記号番号により管理されていました。

しかし、平成9(1997)年1月からすべての記録を一つの基礎年金番号で管理する制度に切り替えられました。

 

<宙に浮いた年金記録>

これによって、従来の年金手帳記号番号の記録は、順次基礎年金番号に結びつけられてきました。

ところが、平成18(2006)年6月末時点でもなお、基礎年金番号に統合されていない年金記録が約5,095万件存在することが明らかになり、問題視されました。

このように基礎年金番号に統合されていない未統合記録は、持ち主が不明の記録であり、宙に浮いた年金記録となってしまいます。

 

<未統合記録の解消>

宙に浮いた年金記録の問題を解消するため、平成19(2007)年12月以降、「ねんきん特別便」をはじめとする各種のお知らせが送付され、自分の年金記録の確認をするよう促されてきましたが、いまだに持ち主が確認できない記録が残っています。

このような未統合記録は、本人しか知りえない当時の状況が原因で持ち主が判明しない可能性があるため、年金記録を回復するには本人から心当たりの事柄について申し出る必要があります。

近所の年金事務所に行けば、自分の基礎年金番号に結びつけられた年金記録の他に、「ひょっとしたら自分のものかもしれない年金記録」についての確認をすることができます。

ある期間について、どこの何という名前の会社でどんな仕事をしていたか、覚えていることを話すことによって、確かに自分の年金記録であると認定される場合があります。

これによって、年金の受取額が増えることも多いので、心当たりがあっても無くても、一度は確認することをお勧めします。

年次有給休暇の誤ったマイルールのある会社は経営が上手くいっていないのでしょう

2025/03/13|1,398文字

 

<法定の権利という性質>

年次有給休暇は、労働基準法によって法定された労働者の権利です。

労働基準法は、労働者を守るため基準を定めて使用者に遵守を求めます。

違反については、罰則が定められ、刑事事件として書類送検されることもあります。

 

<年次有給休暇取得届>

労働基準法は「使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない」と規定していて、会社側の承諾については何も規定していません。〔労働基準法第39条第5項本文〕

ところが「申請」「承認」という運用をしている企業もあります。

これは、日付さえ指定して請求すれば簡単に取得できるはずの年次有給休暇に、会社側の承諾という条件を加えているわけですから、労働基準法よりも一段高い基準を設けて年次有給休暇の取得を不当に制限していることになります。

また慶弔休暇など、企業独自の法定外の休暇と同じフォーマットに「申請」「承認」の欄が設けられている場合もあります。

法定外の休暇については、就業規則で独自の取得ルールを設けても構わないのですが、年次有給休暇にも同じ「申請書」などを使ってしまうことにより、誤った運用をしているのでしょう。

年次有給休暇は、時季指定の「届」が正しい形となります。

 

<届出の期限>

労働基準法は、年次有給休暇の取得について「何日前までに届出」といった制限をしていません。

しかし、年次有給休暇の届出期限を「原則前日まで」としている企業がある一方で、「1週間前まで」とする企業もあります。

労働者が指定した取得日では、事業の正常な運営を妨げることになる場合には、企業側が労働者に取得日の変更を求めることができます(時季変更権)。〔労働基準法第39条第5項但書〕

労働者から年次有給休暇の取得届が提出されると、会社側は他の従業員の勤務調整を行う必要があるかも知れません。

このために時間を要し、結局調整が困難な場合には時季変更権の発動ということになります。

ですから、何日前までに年次有給休暇取得届を提出するルールとするかは、その企業や職場によって異なってくるでしょう。

もちろん、前日の届出でも認めることが、労働基準法の趣旨に適うことは言うまでもありません。

また、各個人から年次有給休暇の年間予定表を提出してもらうなど、事業の正常な運営を妨げる可能性について、予め検討しておける制度を運用することも考えられます。

 

<取得の理由>

殆どの場合、年次有給休暇を取得する理由はプライベートなものです。

年次有給休暇の本来の趣旨は、仕事による疲労の蓄積を解消しリフレッシュすることにありますが、実際には、病院で診察を受ける、役所で手続する、子供の学校の行事に参加するなど、疲労回復とは異なる理由のことが多いものです。

労働者から年次有給休暇の届出があった場合に、企業はこれを拒否できません。

事業の正常な運営を妨げることになる場合に、企業側が労働者に取得日の変更を求めることができるに過ぎません。

年次有給休暇取得の理由を申告させ、理由次第で取得を拒否したり、取得日の変更を求めたりはできないのです。

ということは、年次有給休暇の取得理由を申告させることは、不当なプライバシーの侵害になります。

年次有給休暇取得届に理由欄を設けたり、上司が部下の取得の理由を詮索したりは、人権侵害になります。

無用なプライバシー侵害が発生しないよう十分に注意しましょう。

考課者の得手不得手により誤った人事評価をする危険

2025/03/12|867文字

 

<対比誤差>

「この人はあの人と比べてどうか」と評価対象者同士の比較により評価するのは、その会社の人事考課が相対評価であれば当然のことです。

しかし、人事考課制度の主流を占める絶対評価では、評価対象者同士の比較はしません。

どちらの場合でも、考課者が無意識に自分と対比して評価してしまう危険はあります。

この危険を対比誤差といいます。

 

基準を考課者自身に置いてしまえば、経験や実績を積んだ自分と部下とを比べて低く評価することになります。

特に、自分の得意分野の仕事については、「なぜこんなこともできないのか」という気持を抱きやすくなりますから、厳しい評価になってしまいます。

反対に、考課者の不得意な知識や技能を持っている部下の評価が、不当に高い評価となってしまうこともあります。

自分のできないことを行っている部下は、なんとなく優秀に見えてしまうのです。

こうして、自分の得意分野には厳しく、不得意な分野については甘く評価する危険があるのです。

 

<役職者の能力不足と対策>

役職者には、部下の一人ひとりを育てる役目があります。

そのためには、部下の具体的な業務内容をしっかり把握する必要があります。

これを怠ってしまうと、特に自分の不得意な知識や技能を持っている部下の業務内容を把握できないことになります。

こうして、自分の得意な仕事を担当している部下の指導は手厚くて、自分がよく解らない仕事を担当している部下のことは指導できないというのでは、部下の成長にも差がついてしまいます。

 

こうした不公平が起こらないように、役職者は、自分の不得意な仕事を抱えている部下に対して、積極的にコミュニケーションを試み、具体的な仕事内容を把握し、その仕事について勉強する必要があります。

役職者個人の努力に期待するだけでなく、会社が実施する役職者を対象とする研修の内容に、部下の仕事を学ぶノウハウなどが含まれていなければなりません。

そして、教育・研修を受けても、部下の仕事を学ぼうとしない人、学べない人は、役職者の適性を欠いているわけですから、異動を検討することになります。

社会保険料の給与からの控除(徴収、天引き)

2025/03/11|1,904文字

 

<法律の規定>

社会保険(健康保険と厚生年金保険)の保険料を、従業員の給与から控除(天引き)する形で徴収することについては、健康保険法と厚生年金保険法に次のような規定があります。

 

健康保険法(保険料の源泉控除)

第百六十七条 事業主は、被保険者に対して通貨をもって報酬を支払う場合においては、被保険者の負担すべき前月の標準報酬月額に係る保険料(被保険者がその事業所に使用されなくなった場合においては、前月及びその月の標準報酬月額に係る保険料)を報酬から控除することができる。

2 事業主は、被保険者に対して通貨をもって賞与を支払う場合においては、被保険者の負担すべき標準賞与額に係る保険料に相当する額を当該賞与から控除することができる。

3 事業主は、前二項の規定によって保険料を控除したときは、保険料の控除に関する計算書を作成し、その控除額を被保険者に通知しなければならない。

 

厚生年金保険法(保険料の源泉控除)

第八十四条 事業主は、被保険者に対して通貨をもつて報酬を支払う場合においては、被保険者の負担すべき前月の標準報酬月額に係る保険料(被保険者がその事業所又は船舶に使用されなくなつた場合においては、前月及びその月の標準報酬月額に係る保険料)を報酬から控除することができる。

2 事業主は、被保険者に対して通貨をもつて賞与を支払う場合においては、被保険者の負担すべき標準賞与額に係る保険料に相当する額を当該賞与から控除することができる。

3 事業主は、前二項の規定によつて保険料を控除したときは、保険料の控除に関する計算書を作成し、その控除額を被保険者に通知しなければならない。

 

どちらも、ほぼ同じ内容です。

 

これらの法律によると、今月支給される給与から、前月分の社会保険料を控除することになります。

そして会社は、従業員から徴収した保険料に会社負担分を加えて、今月末までに前月分の社会保険料を納めることになります。

「いつ勤務した分の給与か」は問題にしません。あくまでも、「いつ支給された給与か」だけを考えます。

 

<新規に入社した従業員の場合>

社会保険は、その月の1日に加入(資格取得)しても、月末に加入しても、その月の分の保険料が徴収されます。

入社月に給与が支給されるのであれば、その前月は社会保険に加入していませんから、その給与から社会保険料は控除しません。

入社月の翌月に初めて給与が支給されるのであれば、その前月は社会保険に加入していますから、その給与から社会保険料を控除します。

 

入社月の翌月に初めて給与が支給されるのであれば、社会保険料の控除の都合を考えて、入社日についてのルールを設定しておくことをお勧めします。

たとえば、給与の支給について、月末締切り翌月10日支払いのルールだとすると、28日に入社した場合、最初の給与が少なくて社会保険料を控除できないことも多いでしょう。

この場合には、社会保険料を別に支払ってもらうことになりますが、入社早々の出費は厳しいものがあります。

そこで、「毎月21日以降は入社日としない」などの運用ルールがお勧めなのです。

 

入社月に給与が支給される会社で、最初の給与から社会保険料を控除している場合もあります。

これは、健康保険法や厚生年金保険法の規定とは違うことをしているのですが、労使協定を交わして、そのように運用している限り問題ありません。〔労働基準法第24条第1項但書〕

しかし、労使協定を交わさずに行うのは良くありません。

健康保険法や厚生年金保険法には、これについての罰則が無いのですが、賃金を全額支払う義務に違反してしまいます。〔労働基準法第24条第1項本文〕

これには、三十万円以下の罰金という罰則があります。〔労働基準法第120条〕

 

<退職する従業員の場合>

社会保険の脱退(資格喪失)の場合には、月末に脱退する場合に限り、その月の分の保険料が徴収されます。

月末以外の脱退なら、その月の保険料は徴収されません。

 

退職月に最後の給与が支給される場合、退職日によっては、欠勤控除によって給与が少額となり、社会保険料を控除できないこともあります。

こうした事態を想定して、健康保険法と厚生年金保険法には、退職の場合には例外的に前月と当月の2か月分の保険料を控除できるという規定になっているわけです。

この場合、退職月の給与が少額になる見込みであれば、退職月の前月の給与から2か月分の保険料を控除することになります。

 

退職月の翌月に最後の給与が支給される場合、月末退職を除いては、社会保険料を控除しないのが正しいのですが、うっかり控除してしまった場合には、すぐに返金しましょう。

人事評価の考課者が自己流の推論で評価してしまう危険

2025/03/10|790文字

 

<論理誤差>

考課者が自己流の推論で評価対象者の人格を決めつけ、各評価項目の評価をしてしまうことがあります。

 

・時々遅刻するのはルーズな性格だからだ。

・営業成績が優れているのは押しが強いからだ。

これらは、仕事に関わる事実のほんの一部を手がかりとした推論に過ぎません。

 

・お金持ちの家に育ち甘やかされて育ったので忍耐力が無い。

・小学生の頃から日記を書き続けているので根気強い。

これらは一つの事実、しかも仕事とは無関係な事実から評価を推論しています。

 

論理誤差とは、数多くの事実に基づき客観的に評価せず、主観的な推論で評価してしまうことをいいます。

 

<考課者としての対策>

この論理誤差による弊害を防ぐには、評価項目ごとになるべく多くの事実に基づいた評価をすることが必要です。

つまり考課者は、日々の業務の中で、評価対象者の仕事ぶりに関する事実を数多く拾って記録しておく必要があります。

 

<実務の視点から>

考課者が対象者の働きぶりをコンスタントに記録して評価の実施に備えるというのは、実際にはむずかしいものです。どうしても、サボりがちです。

しかし、考課者が事実に基づかず単なる印象で評価してしまうのでは、適正な人事考課制度の運用はできません。

考課者に対しては、定期的な考課者研修を実施すること、考課表には評価の根拠となる事実を数多く記入する欄を設けることが必要です。

手間のかかることではありますが、評価される側からすると、考課者個人の勝手な印象で評価を決められたのではたまりません。

 

新型コロナウイルス感染症終熄による人の流れの回復や、産業構造の転換による異業種間転職の増加などの影響で、社員の出入りが激しくなり、ますます人事考課制度が重要になっています。

人事考課制度の導入や改善、考課者研修など、まとめて委託するのであれば、信頼できる国家資格者の社会保険労務士(社労士)にご用命ください。

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