休職と産休とが重なった場合の法律関係は複雑です

2025/05/02|1,025文字

 

<休職期間中の産前休業>

産前休業について、労働基準法は次のように規定しています。

 

【労働基準法第65条第1項:産前休業】

使用者は、六週間(多胎妊娠の場合にあつては、十四週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。

 

このように、産前休業は法定された休業ですが、妊娠中の女性からの請求を待って発生するものです。

ですから、何らかの事情により、本人から産前休業の請求が無いまま休職期間が満了すれば、自動退職(自然退職)となることもあるわけです。

しかし、一般には本人からの請求があって、休職期間中に産前休業が開始されることになります。

この場合には、法定の制度である産前休業が、会社の制度である休職に優先して適用されます。

つまり、休職期間の満了をもって自動退職(自然退職)とはなりません。

むしろ、産休の期間とその後30日間は解雇が制限されます。〔労働基準法第19条本文〕

 

<休職期間中の産後休業>

産後休業について、労働基準法は次のように規定しています。

 

【労働基準法第65条第2項:産後休業】

使用者は、産後八週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後六週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。

 

このように、産後休業は産前休業と同様に法定された休業ですが、出産した女性からの請求を待たずに当然に発生するものです。

ですから、休職期間中に産後休業が開始された場合には、法定の制度である産後休業が、会社の制度である休職に優先して適用されます。

つまり、休職期間の満了をもって自動退職(自然退職)とはなりません。

やはり、産休の期間とその後30日間は解雇が制限されます。〔労働基準法第19条本文〕

 

<実務の視点から>

休職に優先して産休が適用されることによって、残っていた休職期間がどうなるのか、法令には規定がありません。

これについては、各企業の就業規則に任されていることになります。

産休や育休が終了してから、休職期間の残された期間が進行する、期間がリセットされ改めて休職期間がスタートするなど、就業規則に定めることになります。

休職期間が短縮されたり終了したりというのは、産休や育休の取得による不利益取扱ですから許されません。

休職中の産休はレアケースですが、産休を取得する社員が多い職場では、予め就業規則に規定しておいてはいかがでしょうか。

違法な労働条件と事情を知っている労働者本人の確実な同意

2025/05/01|1,331文字

 

<本人が同意しているのなら>

労働契約というのは、使用者と労働者との合意によって成立します。

ですから、労働条件も基本的には両者の合意によって決定されます。

このことからすれば、労働基準法の規定とは違う労働条件とすることについて、労働者本人が同意しているのであれば問題なさそうに思えます。

しかし、採用されたいがために「残業代はいただきません」「年次有給休暇は取得しません」「5年間は退職しません」というような同意書に労働者が署名・捺印したとしても、本心かどうかは怪しいものです。

では、本人が心の底から同意していれば、その労働条件でかまわないのでしょうか。

 

<任意規定と強行規定>

法令の規定には、任意規定と強行規定とがあります。

任意規定とは、契約の中のある項目について当事者の合意が何も無い場合に、法令の規定が適用されてその空白が埋められるように設けられたものです。

ですから、契約の当事者が任意規定とは違う合意をすれば、その合意の方が優先されて法的効力が認められます。

強行規定とは、当事者の合意があっても排除できない法律の規定です。

つまり、強行規定とは違う合意をしても、この合意に法的効力はありません。

しかし、任意規定なのか、それとも強行規定なのかは、法令そのものに明示されていません。

その規定の趣旨から、解釈によって判断されます。

そして最終的な判断は、裁判所が行います。

一般に、契約書に関する法律の規定は、任意規定が多いとされています。

労働基準法の中の労働契約に関する規定も、任意規定なのでしょうか。

 

<労働基準法の性質>

憲法は労働者の保護をはかるため、賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定めることにしました。〔日本国憲法第27条第2項〕

こうして定められた法律が労働基準法です。

労働基準法の目的は、使用者にいろいろな基準を示して守らせることによって、労働者の権利を守らせることです。

労働者の同意によって、この基準がくずされてしまったのでは、労働者の権利を守ることはできません。

労働基準法は使用者に対し、とても多くの罰則を設けて、基準を守らせようとしています。

一方で、労働者に対する罰則はありません。

労働者が労働基準法違反で逮捕されることもありません。

こうしたことから、労働基準法の規定は、原則として強行規定であるというのが裁判所の判断です。

 

<実務の視点から>

退職予定の正社員から「引継ぎ書と業務マニュアルを完成させたいので残業させてください。これは、私が納得のいくものを作成したいという我がままですから、残業代は要りません」という申し出を受けて、会社側がOKを出したとします。

この退職予定者が、毎日残業し休日出勤までして、見事な引継ぎ書と業務マニュアルを残して退職していったとします。

この場合でも、退職後に残業代の支払を求められたら会社は拒めません。

社員は、退職すれば心理的に自由になります。

そして、労働者としての権利を最大限に主張できるのです。

退職した時点では、残業代を放棄するつもりだったのに、その後経済的に困って会社に請求してくるというのは、典型的なパターンになっています。

円満退社の場合でも、決して油断はできないということです。

知識不足によって発生してしまうパワハラへの対応

2025/04/30|1,516文字

 

<就業規則の規定>

職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係など「職場内での優位性」を背景に、「業務の適正な範囲」を超えて、精神的・身体的苦痛を与え、または、職場環境を悪化させる行為をいいます。

ここでの職場環境の悪化は、業務に対するモチベーションの低下などによる生産性低下、出勤できなくなる人の発生による人手不足という形で、企業に大きな損失をもたらします。

これによると、「精神的・身体的苦痛を与えこと」あるいは「職場環境を悪化させる行為」という実害の発生が、パワハラ成立の条件のようにも見えます。

しかし、企業としてはパワハラを未然に防止したいところです。

ですから、就業規則にパワハラの定義を定めるときは、「精神的・身体的苦痛を与えうる言動」「職場環境を悪化させうる言動」という表現が良いでしょう。

厚生労働省が公表しているモデル就業規則の最新版(令和5(2023)年7月版)では、次のように規定されています。

 

(職場のパワーハラスメントの禁止)

第12条  職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景にした、業務の適正な範囲を超える言動により、他の労働者に精神的・身体的な苦痛を与えたり、就業環境を害するようなことをしてはならない。

 

<パワハラの構造>

パワハラは、次の2つが一体となって同時に行われるものです。

・業務上必要な叱責、指導、注意、教育、激励、称賛など

・業務上不要な人権侵害行為(犯罪行為、不法行為)

行為者は、パワハラをしてやろうと思っているわけではなく、会社の意向を受けて行った注意指導などが、無用な人権侵害を伴っているわけです。

 

<業務上不要な人権侵害行為>

業務上必要な行為と同時に行われる「業務上不要な人権侵害行為」には、次のようなものがあります。

・犯罪行為 = 暴行、傷害、脅迫、名誉毀損、侮辱、業務妨害など

・不法行為 = 暴言、不要なことや不可能なことの強制、隔離、仲間はずれ、無視、能力や経験に見合わない低レベルの仕事を命じる、仕事を与えない、私的なことに過度に立ち入るなど

刑事上は犯罪となる行為が、同時に民事上は不法行為にもなります。

つまり、刑罰の対象となるとともに、損害賠償の対象ともなります。

 

<パワハラ防止に必要な知識>

さて、就業規則を読んだだけでは、自分の行為がパワハラにあたるのかどうかを判断できない場合もあるでしょう。

また、他の社員の行為に対しても、自信を持って「それはパワハラだから止めなさい」と注意するのはむずかしいでしょう。

ましてや、暴行罪〔刑法第208条〕や名誉毀損罪〔刑法第230条〕の成立要件、特に構成要件該当性などは、「物を投げつけても当たらなければ成立しない」「真実を言ったのなら名誉毀損にはならない」などの誤解があるものです。

こうしてみると、社内でパワハラを防止するのに必要な知識のレベルというのは、かなり高度なものであることがわかります。

 

<実務の視点から>

こうした事情があるにもかかわらず、就業規則にパワハラの禁止規定があり懲戒規定があることを理由に懲戒解雇まで行われてしまうのは、行為者本人にとっても会社にとっても不幸です。

行為者と家族の人生は台無しになりますし、会社は損害賠償を求められる他、両当事者とも評判が落ちてしまいます。

会社が本気でパワハラを防止するには、就業規則にきちんとした規定を設け、充実した社員教育を実施することが必要となります。

社員教育では、パワハラの定義・構造の理解、具体例を踏まえた理解の深化を図りましょう。

この他、人事考課制度の適正な運用や、適性を踏まえた人事異動が、パワハラから社員と会社を守ってくれます。

就業規則が無い会社にも労働基準法周知義務があります

2025/04/29|1,583文字

 

<周知の意味>

周知(しゅうち)というのは、広く知れ渡っていること、または、広く知らせることをいいます。

「周知の事実」といえば、みんなが知っている事実という意味です。

会社で「周知」という場合には、社内の従業員に広く知らせるという意味です。

 

<就業規則についての義務>

労働基準法には、次のように規定されています。

 

第八十九条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。

 

つまり、従業員が10名以上の会社では、就業規則を作成し所轄の労働基準監督署長に届け出る義務があります。

しかし、従業員が10名未満の会社が就業規則を作成し届け出るのは任意です。

 

<会社の周知義務>

会社は、労働基準法および同法による命令等の要旨、就業規則、労使協定を従業員に周知しなければなりません。〔労働基準法第106条第1項〕

従業員が10名以上の会社で、就業規則を作成して労働基準監督署長に届け出たとしても、周知しなければ効力が発生しません。ここは重要なポイントです。

 

<労使協定の周知義務>

よくある勘違いに、「うちには労働組合が無いので労使協定は関係ない」というのがあります。

しかし、労働組合が無い会社では、「労働者の過半数を代表する者」が選出され、この過半数代表者との間で労使協定が交わされます。

労使協定というと、三六協定(時間外労働・休日労働に関する協定)が特に有名です。〔労働基準法第36条〕

この協定書を作成して、所轄の労働基準監督署長に届け出なければ、法定労働時間を超える残業は1分たりともさせられません。

無届での残業は違法残業となってしまいます。

労働基準法には、他にも多くの労使協定が規定されています。

特別なことを何もしなければ、これらの労使協定は要りません。

しかし、必要に応じて協定を交わし、周知することが会社に義務付けられています。

 

<周知の方法>

周知の方法には、常時各作業場の見やすい場所に掲示/備え付ける、書面で交付する、磁気テープ/磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し各作業場に労働者がその記録の内容を常時確認できる機器を設置するというのがあります。

 

<労働基準法の要旨の周知>

会社は、労働基準法の要旨も就業規則も周知しなければなりません。

たとえば、就業規則に「年次有給休暇は法定通り」と定めたならば、別に労働基準法の年次有給休暇の定めの内容を周知することになります。

就業規則や労働基準法に基づく労使協定ならば、会社が作成するのですから、それをそのまま周知すれば良いので、何も迷うことはありません。

しかし、「法令の要旨」となると、まさか『労働法全書』や『六法全書』を休憩室に置いて、従業員の皆さんに見ていただくというわけにはいきません。

しかも、労働基準法第106条は、法令そのものではなく「法令の要旨」としています。

 

<実務の視点から>

厚生労働省のホームページには、パンフレット、リーフレット、ポスターが豊富に収録されています。

パンフレットは数ページにまとめられたもので、リーフレットは基本的に1枚でまとめられたものです。

たとえばネットで「厚生労働省 パンフレット マタハラ」で検索すると、「妊娠したから解雇は違法です」というページが検索され、そこに「パンフレット:働きながらお母さんになるあなたへ」という項目が見つかります。

厚生労働省とパンフレットの間に空白(スペース)を入れ、パンフレットとマタハラの間にも空白(スペース)を入れて検索すると、3つの言葉を含んだページが表示されますので、この検索方法を活用しましょう。

それでもなお、自社の従業員に合った上手い説明が見つからない場合には、国家資格者の社労士(社会保険労務士)にご相談ご用命ください。

妻の出産前後に夫ができること

2025/04/28|809文字

 

社会保険料の免除、健康保険の出産手当金や出産育児一時金の請求、会社からの出産祝金の支給、雇用保険の育児休業給付の請求などの手続的なことは、夫婦それぞれの勤務先に出産予定日と実際の出産日を伝えれば、滞りなく行われるはずです。

こうしたこととは別に、夫には夫の役割があります。

どうぞ以下のことを参考にして準備を進めてください。

 

<出産前の準備>

・より多くの時間、妻に付き添えるよう、休暇取得などの準備を整えておきましょう。なかなか年次有給休暇を取得できない職場であっても、この時ばかりは何とかしてもらいたいものです。

・夫婦それぞれの実家など連絡先を確認し、事前の連絡をしておきます。

・生まれてくる赤ちゃんのことばかり気にかけていると、上の子が孤独を感じて不安になってしまいます。しっかりフォローしましょう。

・陣痛が起こったら、腰をさすったり、楽な姿勢をとらせたり配慮しましょう。

・水分を補給するための飲み物や、消化の良い食物も用意しておきましょう。

・妻がリラックスできるよう、環境を整えたり会話をしたりしましょう。

 

<赤ちゃんが生まれたら>

・妻には感謝とねぎらいの気持を伝えましょう。

・夫婦それぞれの実家など、必要な連絡先に知らせましょう。

・出産と同時に、注目の的が妻から赤ちゃんに移ります。妻が寂しい気持にならないよう、積極的に会話しましょう。欲しい物、して欲しいことなどは、できるだけ対応しましょう。

・上の子は、赤ちゃんばかりが可愛がられて焼きもちを焼くことがあります。しっかりフォローしましょう。

・妻と話し合って赤ちゃんの名前を決めます。そのためにも、できるだけ面会に行くようにしましょう。

 

<退院の準備>

・自宅の掃除など、赤ちゃんを迎える準備を整えておきます。

・退院時に入院費用の精算がありますので、その準備をします。

・退院時の荷物の整理は、妻の指示に従う形で行いましょう。

・荷物を持つことや、車の手配もお忘れなく。

経歴詐称防止対策

2025/04/27|1,172文字

 

<嫌われる経歴詐称>

経歴詐称は増加傾向にあるとも言われます。

求人への応募者が採用されやすくしたい、あるいは採用後の待遇を良くしたいと考えて、虚偽の学歴・職歴を示したり、一部の職歴を省いて示したりということが行われます。

もちろん記入漏れのようなうっかりであれば、注意力や事務処理能力を疑われるだけですが、あえて虚偽の学歴・職歴を記載したのであれば、採用後にも嘘の報告・連絡・相談が生じるのではないかという不安がありますし、そもそも人格を疑われかねません。

 

<就業規則の規定>

企業によっては、経歴詐称を採用取消や解雇の理由とし、その旨の規定を就業規則に置いていることがあります。

就業規則に規定があるからといって、必ずしも解雇などが有効になるとは限りません。

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」という労働契約法第16条の規定により無効とされることがあるからです。

こうした抽象的な表現の規定を頼りに解雇に踏み切るのは、多くの場合に無謀な行為となってしまいます。

具体的な解釈は、裁判所の判断である判例・裁判例を確認しなければなりません。

 

<裁判所による判断基準>

解雇については、労働者が経歴について真実を告知していれば使用者は雇用契約を締結しなかったであろうと客観的に認められる場合には、実害が発生していなくても経歴詐称自体が信頼関係を破壊するものとして懲戒解雇事由になるという裁判例があります(メッセ事件など)。

これでもなお、「客観的に認められる」の基準が、必ずしも明確ではありませんから、裁判例にあらわれた事実関係を確認したうえで判断しなければなりません。

この一方で、低学歴を高学歴に詐称したとしても、それによって事務遂行に重大な障害を与えたとは認められない場合には、懲戒解雇事由に該当するほど重大なものとはいえないという裁判例もあります(中部共石油送事件)。

また最終学歴は、労働力評価のみならず、企業秩序の維持にも関わる事項であり、高学歴(学生運動で大学中退)を低学歴(高卒)に詐称することは懲戒解雇事由となるという判例があります(炭研精工事件)。この職場では、高卒のみが採用されているという、特殊な事情がありました。

 

<実務の視点から>

企業が応募者から経歴に関する資料を収集する際、その内容が事実に反すると具体的な実害が発生しうるのであれば、その実害を具体的に示しておくことが望ましいといえます。

また、学歴・職歴について誤りがないように、細心の注意を払って資料を作成・提出すること、提出後に誤りに気づいたら直ちに訂正を申し出るべきことも、説明に加えておくべきです。

こうした対応の記録を残しておけば、経歴詐称を理由とする解雇も、客観的な合理性を認められやすくなります。

傷病手当金と傷病手当は全くの別物です

2025/04/26|1,346文字

 

<働けない時の手当>

従業員が、プライベートな病気やケガで長期間働けず、収入がない状態となることがあります。このようなとき、その従業員が健康保険に加入していれば、会社の総務・人事部門から傷病手当金についての案内があって、迷うことはないでしょう。

しかし、会社から案内が届くまで待ちきれず、あるいは退職を考えていて会社に問い合わせることを遠慮するなどで、自分で調べることも少なくありません。

こんなときは、健康保険の傷病手当金と、雇用保険の傷病手当が、よく似た言葉であるために、勘違いしてしまうことも多いものです。

 

<健康保険の傷病手当金>

傷病手当金は、休業中に健康保険の被保険者とその家族の生活を保障するために設けられた制度で、病気やケガのために会社を休み、事業主から十分な報酬が受けられない場合に支給されます。

この手当金は、被保険者が病気やケガのために働くことができず、会社を休んだ日が連続して3日間あったうえで、4日目以降、休んだ日に対して支給されます。ただし、休んだ期間について事業主から傷病手当金の額より多い報酬額の支給を受けた場合には、傷病手当金は支給されません。

 

<傷病手当金の1日当たりの金額>

1日当たりの金額は、「支給開始日の以前12か月間の各標準報酬月額を平均した額」÷30日×(2/3)です。

ここで、「支給開始日」とは、最初に傷病手当金が支給された日のことです。

ただし、支給開始日の以前の期間が12か月に満たない場合は、次のいずれか低い額を計算して使用します。

 

ア 支給開始日の属する月以前の継続した各月の標準報酬月額の平均額

イ その年度の前年度9月30日における全被保険者の同月の標準報酬月額を平均した額

・30万円:支給開始日が令和7年3月31日以前の方

・32万円:支給開始日が令和7年4月1日以降の方

 

 

傷病手当金の支給期間は、支給を開始した日から通算して1年6か月です。

 

<雇用保険の傷病手当>

傷病手当とは、雇用保険の受給資格者が離職後、ハローワーク(公共職業安定所)で、求職の申込みをした後に15日以上引き続いて病気またはケガのために職業に就くことができない場合に、その病気またはケガのために基本手当(昔の失業手当)の支給を受けることができない日の生活の安定を図るために支給されるものです。

14日以内の病気またはケガの場合には、基本手当が支給されます。

傷病手当は基本手当の代わりに支給されるものですから、その日額は基本手当の日額と同額です。

なお、30日以上引き続いて病気またはケガのために職業に就くことができないときは、受給資格者の申出によって、基本手当の受給期間を最大4年間まで延長できます。

受給期間を延長した後、その延長理由と同様の病気またはケガを理由として傷病手当の支給を申請したときの支給日数は、その受給期間の延長がないものとした場合における支給できる日数が限度となります。

 

<両者に共通の注意点>

仕事に就くことができないことについて、医師の証明が必要ですから、医療機関で受診していないと証明してもらうことができず、手続することはできません。

また大事をとって、あるいは辛くて休んでいたということで、仕事に就くことができないほどの病状ではない場合には、対象外となります。

配転命令の有効性

2025/04/25|1,729文字

 

<配転命令権の根拠>

企業に配置転換を命ずる権利が与えられているのは、適材適所により人材の効率的活用を図り、また、キャリアアップのため多様な能力と経験を積み上げられるようにするためです。

東亜ペイント事件最高裁判決などによると「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができ」、次の条件を満たす場合には、労働者の個別的な同意を得ずに配置転換を命ずることができます。

 

【同意なく配転命令ができる場合】

1.就業規則、個別労働契約等に、会社は業務上の必要から配置転換を命ずることができる旨の規定があること

2.これらの規定に従い、一定の頻度で実際に配置転換が行われていること

3.対象者について、勤務場所や職種等を限定する合意が無いこと

 

上記3つの条件のうち、1.と2.は客観的に認定できますが、3.の合意の有無については、しばしば労使で争われることがあります。

裁判では明示の合意があったと認められることが少ないものの、職種の限定について明示の合意が無い場合であっても、医師、看護師、薬剤師、弁護士などの専門職では、黙示の合意があると見るのが自然です。

勤務場所や職種等を限定する合意がある場合には、改めて本人の同意を得たうえで、配置転換を命ずることになります。

 

<権利濫用法理>

労働契約法には、出向、懲戒、解雇について、権利濫用法理の規定があります。〔労働契約法第14条、第15条、第16条〕

配置転換については、権利濫用法理の規定がありません。

しかし、一般法である民法には、第1条(基本原理)の第3項に「権利の濫用は、これを許さない」という規定があります。

配置転換も労働契約の中で行われる以上、権利の濫用が許されないことは明らかです。

 

<配転命令権の濫用>

上記【同意なく配転命令ができる場合】に該当していても、配転命令権の濫用となる場合には、配転命令が無効となります。

 

【配転命令権の濫用となる場合】

1.配置転換により労働者の被る家庭生活上の不利益が、転勤に伴い通常甘受すべき程度を超えるものである場合

2.業務上の必要が認められない場合

3.不当な動機・目的によるものである場合

 

上記3つの条件のうち、2.と3.は会社側で把握しうるものですが、労働者から配置転換を拒む理由として主張されることがあります。

1.については、配置転換を内示した後になって、労働者から家庭の状況について説明を受けることが多く、また、配置転換により労働者の被る家庭生活上の不利益が、転勤に伴い通常甘受すべき程度を超えるか否かの判断が分かれやすいため、紛争となりやすい内容です。

 

<1.配置転換により労働者の被る家庭生活上の不利益が、転勤に伴い通常甘受すべき程度を超えるものである場合>

労働者の被る家庭生活上の不利益のうち、育児介護休業法により事業主が配慮すべきとされている事項については、相当程度の配慮が行われ、労働者の不利益が軽減されている必要があります。

しかし、これ以外については、裁判で家庭生活上の不利益が転勤に伴い通常甘受すべき程度のものと認定されることが多いようです。

 

<2.業務上の必要が認められない場合>

業務上の必要は、基本的には会社の裁量権が大幅に認められます。

したがって、人材の効率的活用を図るでもなく、また、キャリアアップのためでもないことが明らかであるような場合を除き、業務上の必要が認められるでしょう。

 

<3.不当な動機・目的によるものである場合>

労働者を退職に追い込むための配置転換は、無効とされることが多いといえます。

パワハラでの、過大な要求、過小な要求、隔離に準ずるような配置転換、あるいは、資格・能力・経験を活かせない業務への配置転換は、人事考課やキャリア蓄積の面で不利であり昇格・昇給を遅らせる可能性が高いため、嫌がらせ配転であると解されることが多いといえます。

 

<実務の視点から>

配転命令の正当性について、多角的に検討したうえで、内示するというのは不効率だと思われます。

むしろ配置転換を打診し、対象者が拒否的な態度を示したら、その言い分に耳を傾け、一度話を持ち帰り、問題が無いと判断したならば説明・説得にあたるのが得策だと考えます。

Web会議での顔出しについての意見対立を解決する

2025/04/24|1,028文字

 

<顔出ししたくない人の言い分>

オンライン会議で顔出ししたくない人は、次のような主張をします。

オンライン会議に参加する前は、服装や髪型を整え、化粧をしたり、ひげを剃ったり、部屋を片付けたりと、準備に手間と時間がかかります。

参加中は、緊張した姿勢と表情を維持しなければならず、プライベートな空間を社内の人に見られます。

そもそも、会議を行うのに姿を見せる必要はなく、音声だけで話し合えるのではないかと考えます。

 

<顔出しさせたい人の言い分>

一方、オンライン会議で顔出しさせたい人は、次のような主張をします。

会社で会議を行う場合には、出社の時点で服装や髪型が整っているし、化粧やひげ剃りは済ませてあって当然だから、オンライン会議だからといって特別な負担はありません。

会議中に緊張を強いられるのも、オンライン会議に特有のことではありません。

姿を見せることによって、表情やジェスチャーによる一段高いコミュニケーションが可能となります。

そもそも、話し手が熱心に話している時、聞き手がちゃんと聞いているかどうか把握できないのでは困ります。

 

<背景の設定>

プライベートな空間を人目に晒すことが問題であれば、カメラをオフにするのではなく、背景を設定することも可能です。

ただし、テレビ番組や居酒屋の背景では不適切ですから、参加者全員で同じ背景にする、あるいは会社が作成した公式の背景を用いることも考えられます。

 

<リモートハラスメント(リモハラ)>

何とかして顔出しさせたいがために「おいこら!ちゃんと顔を見せろ!」などと暴言を吐くことや、顔出ししないメンバーの会議出席を拒否することは、リモハラとなりますので許されません。

また、他のメンバーが見聞きできる状態での叱責は、それ自体がパワハラとなります。

会議が終了してから、顔出ししなかった理由を確認し、これを踏まえて指導すべきです。

 

<実務の視点から>

社員間で「常識」が対立する場合には、ルールを確定することによって解決します。

就業規則(テレワーク規程、オンライン会議規程)に、オンライン会議での顔出しについて規定を置きます。

顔出しが義務付けられているオンライン会議で、顔出しできない理由がある場合には、参加者から主催者に理由を明らかにして事前の許可を得るという規定も必要でしょう。

また、プライバシー保護の観点から、背景設定を禁止することは望ましくありません。

さらに、パワハラやセクハラについての注意規定を置くこともお勧めします。

産前産後の通院休暇は法定の休暇です

2025/04/23|911文字

 

<法定の通院休暇>

妊婦自身やお腹の中の赤ちゃんの健康のため、妊婦は定期的に健康診査等を受ける必要があります。

そこで、妊婦や産後1年を経過していない妊産婦の労働者が、会社に申請すれば、母子健康法に定める保健指導または健康診査を受けるのに必要な「通院休暇」を取得できます。〔男女雇用機会均等法第12条〕

その回数は、原則として次の通りですが、医師等がこれと異なる指示をした場合には、指示された回数となります。

 妊娠23週まで  4週間に1回
 妊娠24週から35週まで  2週間に1回
 妊娠36週から出産まで  1週間に1回
 産後1年以内  医師等が指示する回数

 

<会社のルールとの関係>

通院休暇は法定の休暇です。

会社の就業規則に記載されていない場合、会社に就業規則が無い場合、前例が無い場合でも利用できます。

部下から通院休暇の利用について申し出があった場合に、上司が知識不足で断ってしまうと、会社の教育不足によるマタハラ(マタニティーハラスメント)になってしまいます。

また、社員に通院休暇の説明をする場合に、一定の年齢を超えた女性社員を対象外とすることは、セクハラになる恐れがあります。

 

<通院休暇の給与>

通院休暇を有給とするか無給とするかは、会社の規定によります。

就業規則が無かったり、就業規則に「労基法その他の法令の定めによる」という規定があるだけだったりすると、トラブルの元になりますから、予め就業規則に規定しておくことをお勧めします。

通院休暇は、勤務時間内に健康診断等受診のための時間を確保するという趣旨で設けられるものです。

事業主が一方的に年次有給休暇を通院休暇に充てるよう女性労働者に対して指示することは認められません。

ただし、通院休暇が無給とされる場合に、女性労働者が自ら希望して年次有給休暇を取得して通院することは問題ありません。

 

<通院休暇の申請>

申請は、原則として事前に行います。

出産予定日、次回通院日は決まり次第、事業主に知らせるのがマナーでしょう。

申請事項は、通院の日時、医療機関等の名称・所在地、妊娠週数などとなります。

事業主は、必要があればその女性労働者の了承を得て、診断書などの提出を求めることができます。

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