上司の暴言についカッとなってしまい暴行で反撃した社員の懲戒をどうするか?喧嘩両成敗は、職場に通用するのか?

2024/10/27|1,566文字

 

<反撃の懲戒処分>

職場で上司から暴言を吐かれ、これに対抗して暴力を振るった社員の処分は、どう考えたら良いでしょうか。

繰り返される上司のパワハラに対抗する行為であって、部下が堪りかねて行ったのであれば、心情的には不問に付すか、情状酌量で軽い処分にとどめたいと感じます。

懲戒処分は就業規則の規定を適用して行うものですから、就業規則の規定にある「情状酌量」などの解釈の問題となります。

 

<正当防衛の可能性>

これを法的観点から見ると、上司の暴言は侮辱または名誉毀損に該たります。〔刑法第230条、第231条〕

部下の暴力は暴行罪、ある程度以上のケガをさせていれば傷害罪に該たります。〔刑法第208条、第204条〕

そして部下の行為が、刑法上、罪を軽減されるとすると、正当防衛が根拠になると思われます。〔刑法第36条第1項〕

「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」という規定です。

このように刑法の正当防衛は、犯罪から自分や他人の身を守るために、やむを得ず行った行為のことをいいます。

しかし、正当防衛の成立要件は思いの外厳格です。

今回のケースでは、相当性の要件を満たしていません。

相当性の要件というのは、侵害の危険を回避するための行為が、必要最小限のものであることです。

暴言を封じるのに、暴力を振るうというのは、必要最小限のやむを得ない行為とはいえません。

そもそも、法律上の「やむを得ない」というのは、日常用語とは違って、他に方法がないという意味です。

 

<過剰防衛の可能性>

不正な権利の侵害に対して、受けた侵害を上回る防衛行為を行ったのであれば、正当防衛ではないにしても、過剰防衛になる可能性はあります。

刑法は「防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる」と規定しています。〔刑法第36条第2項〕

刑法の過剰防衛の規定が適用されるようなケースであれば、これに倣って社内の処分でも、情状酌量により懲戒の程度を低くすることが妥当です。

しかし、過剰防衛の成立要件も大変厳格です。

正当防衛の他の要件は満たしていて、「防衛の程度を超えた行為」という点だけに問題があるときにのみ、過剰防衛が認められるのです。

今回のケースでは、「急迫不正の侵害」があったものの、「暴力」というのは、この侵害から名誉を防衛する手段としては、あまりにも的外れなのです。

そこには、「防衛の意思」が無く、これを機会に反撃する、あるいは、ついカッとなってやってしまったことがうかがわれます。

「防衛の意思」が無ければ、正当防衛も過剰防衛も成立しないのです。

刑法が正当防衛や過剰防衛の成立を認めない以上、会社の懲戒処分でも、情状酌量して大目に見るというのは、整合性が保てない結果となってしまいます。

 

<実務の視点から>

「それでも当社は独自の考えを採り、今回のようなケースでは、暴力を振るったとしても厳重注意に留める」というのはどうでしょうか。

おそらく、同じような事件が多発するのではないでしょうか。

懲戒処分では、公平が求められます。

過去に起こった事件と同様の事件が発生した場合には、特別な事情が無い限り、同様の処分にしなければなりません。

上司に暴力を振るっても厳重注意で済まされるなら、機会をうかがって行為に及ぼうと企む社員も出てくる可能性があります。

厚生労働省のモデル就業規則でも、「会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなったとき(当該行為が軽微な違反である場合を除く)には、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、普通解雇、減給又は出勤停止とすることがある」というように規定しています。

暴行罪、傷害罪は、刑法に懲役刑の刑罰が規定された重大な犯罪です。

これを厳重注意や譴責(けんせき)処分で済ませるのは、危険ではないでしょうか。

 

2024年4月の法改正で就業場所・業務の変更の範囲を労働条件通知書に明示することになって困っていませんか?

2024/10/26|1,255文字

 

<2024年3月まで>

労働者の入社時や契約更新時に、使用者は労働条件通知書などで、労働条件を明示することが義務づけられています。

そして、「就業の場所及び従事すべき業務」については、入社や契約更新の時点でのものを明示すれば、それで法的義務を果たしたことになっていました。

その後の「就業の場所及び従事すべき業務」については、就業規則や労働条件通知書に「会社は業務上の必要により、配置転換を命ずることがあります。労働者は正当な理由なくこれを拒むことができません」のような規定が置かれていて、事実上、変更の範囲は無限定でした。

ところが最近は、若い労働者を中心に、転勤を嫌う傾向が強くなり、配置転換を命じられると退職してしまうというケースも増えてしまいました。

 

<2024年4月から>

労働基準法施行規則第5条が改正され、2024年4月以降の労働契約締結・更新にあたっては、契約締結・更新直後の「就業の場所及び従事すべき業務」だけでなく、その契約期間での、就業場所と従事すべき業務の「変更の範囲」の明示も義務づけられることとなりました。

1年間の有期労働契約であれば、1年間での「変更の範囲」を明示すればよいのですが、いわゆる正社員のように無期労働契約であれば、定年までの長期間を想定して明示することになります。

これは言うまでもなく、労働者が自らの職業生活の予測を立てやすくなり、将来の人生設計やワーク・ライフ・バランスを図ることを容易にするためであり、働き方改革の一環でもあります。

 

<就業場所・業務の変更の範囲>

明示義務があるとはいえ、いわゆる正社員のように無期労働契約で、20年、30年、あるいはそれ以上先のことまで想定しての明示となると、どこまで可能でしょうか。

日本国内の各地に営業の拠点があり、海外の数か国にも進出している企業の場合、就業場所の変更の範囲を「海外(イギリス・アメリカ・韓国の3か国)及び全国(東京、大阪、神戸、広島、高知、那覇)への配置転換あり」などと広めに記載しても、遠い未来のことは分かりません。

「会社の定める場所(テレワークを行う場所を含む)」という記載でも、違法ではありませんから、安全のためにこうするのも一考に価します。ただ、全く限定しないに等しい表現では、応募者から警戒・敬遠される恐れがあります。

なぜなら、職業安定法施行規則第4条の2第3項も改正されていて、労働者の募集をする場合にも、求職者に対して労働条件の明示が必要となります。就業場所の変更の範囲、従事すべき業務の変更の範囲も明示対象だからです。

結局、「本店及びすべての支店、営業所、労働者の自宅での勤務」としておけば、応募者は現在ある支店・営業所の範囲を想定するでしょうから、現実的な表現といえるでしょう。

業務の変更の範囲としては、「会社の定めるすべての業務」よりは、「会社内でのすべての業務」の方が安心できる表現ではないでしょうか。

会社側の具体的な事情と、求人への応募者の都合を考えて、バランスの良い表現とすることが望まれます。

労働基準法に定められている最低限の年次有給休暇には不合理と思える謎が潜んでいます

2024/10/25|1,652文字

 

<付与日数は年功序列>

労働基準法第39条第1項によると、全労働日の8割以上出勤したことを前提に、年次有給休暇が下の表のように付与されます。

週所定労働日数が4日で、週所定労働時間が30時間以上の場合には、週所定労働日数が5日の欄が適用されます。

ここの部分については、就業規則に誤った規定を見つけることが多いです。

週所定

労働日数

年間所定

労働日数

勤 続 期 間

6月 1年 6月 2年 6月 3年 6月 4年 6月 5年 6月

6年

6月以上

5日

217日以上

10日

11日

12日

14日

16日

18日

20日

4日

169日から216日

7日

8日

9日

10日

12日

13日

15日

3日

121日から168日

5日

6日

6日

8日

9日

10日

11日

2日

73日から 120日

3日

4日

4日

5日

6日

6日

7日

1日

48日から72日

1日

2日

2日

2日

3日

3日

3日

この表の「労働日数」の欄は、厳密には「5日以上」「4日以上」…ということになります。

シフト制で、週平均4.5日なら「4日」の欄を適用します。

これは最低限の付与日数ですから、これを下回ることは、一時的なことであっても許されません。

反対に、この基準を上回って付与することは問題ありません。  

さて、勤続期間が6年半までは、勤続期間が長いほど付与日数が増えていきます。

これは完全に年功序列であって、個人のニーズや会社に対する貢献度とは無関係です。

ここがとても不思議です。  

会社として、この年功序列を不満に感じるのであれば、就業規則で勤続期間に関係なく「66か月以上」の欄を適用することにすれば良いのですが。

 

<週30時間の壁>

繰り返しですが、週所定労働日数が4日で、週所定労働時間が30時間以上の場合には、週所定労働日数が5日の欄が適用されます。  

週4日出勤で週30時間勤務ならば、1日平均7時間30分ということになります。

ということは、週所定労働日数が4日で、1日の所定労働時間が7時間29分ならば、年次有給休暇は原則通り4日の欄の日数が付与されます。

もちろん、法定通りの最低限の付与日数ならばという前提です。  

実際には、7時間29分勤務なんて怪しすぎて警戒されてしまいます。

それにしても、なぜ週30時間が基準になっているのか不思議です。  

 

<週休1日の場合>

週6日出勤で16時間40分勤務であれば週40時間勤務ですから、残業が発生しなければ所轄の労働基準監督署長に三六協定書の届出をしなくても違法ではありません。

先に掲げた年次有給休暇の日数の表には、「週所定労働日数6日」の欄はありません。

週休1日でも、隔週週休2日でも、5日の欄が適用されます。  

週所定労働日数が1日から4日までについては、比例付与という考え方で、週所定労働日数に応じて年次有給休暇の日数が決められています。

ところが、週6日の場合に週5日よりも多くの年次有給休暇を付与するわけではないのです。

ここが不思議です。

もちろん、法定通りの最低限の付与日数ならばという前提です。

 

<産業の種類に関係なく>

労働基準法の定める最低限の年次有給休暇付与日数は、産業ごとの特性を配慮せずに一律のものです。

これも不思議です。  

たとえばパチンコ店であれば、ほぼ年中無休でしょうからシフト制での勤務が主流のはずです。

人によって、休日が曜日固定であったり、曜日が特定されない形で休日が組まれたりという状態です。

一方、銀行の場合には、土日祝日が休みで平日は休日ではないというパターンが多いでしょう。

すると、平日に市区役所で相談しながら手続したいなどという場合には、銀行勤務の人は年次有給休暇を取得したくなりますが、パチンコ店ではそれほど年次有給休暇取得のニーズは高くないでしょう。

土日祝日の混雑を避けて…という場合にも、平日に休みを取りたいものです。  

年次有給休暇の定めは労働基準法にあって、最低限の基準とされているわけですから、産業の種類に関係ないということなのでしょう。

ニーズの高い業種では、就業規則で年次有給休暇を多めに付与しても良いわけですから。

期日前投票もあるし労働基準法の選挙権保障って今どき意味があるのでしょうか?

2024/10/24|849文字

 

<公民権の保障>

労働基準法に次の規定があります。

 

(公民権行使の保障)

第七条 使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる。

 

公民としての権利とは、選挙権、被選挙権、最高裁裁判官の国民審査権〔日本国憲法第79条〕、住民の直接請求権〔地方自治法第74条〕などをいいます。

ただし、他人の選挙運動に対する応援や、訴えを提起する権利はこれに含まれないものとされています。

 

公の職務とは、国会・地方議会議員、労働委員会委員および審議会委員としての職務、裁判所の証人としての出廷や公職選挙法上の選挙立会人の職務などをいいます。

労働審判制度における労働審判員の職務、裁判員法に基づく裁判員の職務もこれに含まれます。

 

<公民としての権利の保障>

基本は投票権ですが、投票日当日に出勤する予定でも、期日前投票制度があるので選挙権を行使できないというケースは稀です。

その稀なケースとして考えられるのは、投票日は出勤しない予定、あるいは残業しない予定だったのが、急な予定変更によって、勤務中に職場を抜け出さないと投票できないような場合です。

この場合でも、本人が「投票に行きたい」と請求しなければ、使用者側は期日前投票で投票済みかは詮索できないので、行かずじまいということになるでしょう。

 

<公の職務執行の権利の保障>

たとえ会社に知らせずに国会議員に立候補して当選した場合でも、懲戒解雇処分はできません。

これは、権利の侵害になるからです。

しかし、議員活動をするにあたり休職を命じ、あるいは欠勤が多いことを理由に普通解雇とすることは違法ではありません。

 

<実務の視点から>

会社の実情に合わせ、公民権の行使を就業規則にどう定めるかは、かなり専門的な話になります。

こうしたことは、信頼できる国家資格者の社会保険労務士にご相談ください。

いまだに常識/非常識の社内トラブルが絶えません。常識というのは個人の感覚に過ぎないことに気づきましょう

2024/10/23|1,295文字

 

<常識とは>

「常識」という日本語は、一般の社会人が共通に持つ/持つべき普通の知識・意見や判断力などと説明されます。

これを英語に訳すと、次の3つの内のどれかになると思われます。

general knowledge ― 誰もが持っている知識・情報

common courtesy ― 礼儀作法、マナー

common sense ― 当たり前の感覚、分別(ふんべつ)

「常識」という言葉が出てきたときには、どの意味で使われているのかを考える必要があるでしょう。

 

<誰もが持っている知識・情報としての常識>

社内にこの「常識」を欠く社員がいると、仕事が上手く進まないことがあります。

しかし、単純に知識や情報を与えることで不都合は解消します。

社内でAさんの「常識」とBさんの「常識」が食い違った場合、ネットで検索すれば大抵の場合に、どちらが正しいか簡単に判明します。

社内に特有なことであれば、社内資料で確認できます。

ですから、3つの中では最もトラブルになりにくい「常識」です。

 

<礼儀作法、マナーとしての常識>

社内にこの「常識」を欠く社員がいると、人間関係がぎくしゃくし、取引先との関係が悪くなることがあります。

ビジネスマナー研修を受講させ、上司や先輩が手本を示すことによって、「常識」を身に着けさせることができます。

「中途採用の〇〇さんは、挨拶の仕方も知らない。常識が無い」という話を耳にすることがあります。

たしかに、応接室や車内での席順、名刺交換の方法などは、ほとんどの企業に共通の「常識」となっています。

しかし、挨拶の仕方については地域や業界によって「常識」が異なっていますから、転職すれば「常識」の修正が必要になります。

こうした違いについての知識が無い社員が、異なる「常識」を備えた社員を馬鹿にしたり、叱ったりすることでトラブルが発生します。

また、中途採用の社員を試用期間中に解雇してしまうなど、誤った判断をすれば訴訟に発展することもあります。

社内での礼儀作法とマナーを統一し、それが全企業統一の「常識」ではなく社内ルールであることを、社員に教育しておく必要があります。

 

<当たり前の感覚、分別としての常識>

これが最もトラブルになりやすい「常識」です。

なぜなら、この「常識」は個人ごとに異なり、それにもかかわらず多くの人に共通するものだという勘違いがあるからです。

「近頃の若いもんは」というのは、世代による「常識」の違い、ゼネレーションギャップを端的に表した言葉です。

この「常識」の違いが、ハラスメントの原因にもなります。

部下に反省させるためなら、怒鳴るのも、多少の暴力をふるうのも仕方が無いという「常識」が、パワハラの原因となります。

いつも笑顔で感謝の言葉を述べるのは、自分に好意を抱いている確たる証拠であるという「常識」が、セクハラの原因となります。

勤務中にマスクを外すことは許されないという「常識」が、コロナハラスメントの原因となります。

社員一人ひとりの「常識」に任せておけば、必然的にトラブルの温床となります。

安全配慮義務を果たし、ハラスメントを防ぐには、社内の統一ルールと教育が必要なのです。

三六協定がない職場でも可能な時間外労働の発生に備えて時間外割増賃金の規定は就業規則に必要です

2024/10/22|1,325文字

 

<残業のない職場>

長時間労働が解消できない職場から見たら、全く残業のない職場は理想ともいえる羨ましい状態です。

法定時間外労働や法定休日労働が全く予想されない職場では、三六協定届を所轄の労働基準監督署長に提出していないこともあります。

しかし、たとえわずかでも発生しうるのであれば、提出しておく必要があります。

 

<就業規則の規定>

賃金の計算方法が、就業規則の絶対的必要記載事項であることから、ほとんどの企業では、法定時間外労働や法定休日労働が発生した場合の、割増賃金の計算方法についての規定が置かれています。

しかし、法定時間外労働や法定休日労働が全く予想されない職場では、割増賃金についての規定は、せいぜい深夜労働についてのみで足りることになります。

 

<就業規則についての迷い>

就業規則の中に、割増賃金の計算方法の規定が、深夜労働についてのものしかないと、労働基準監督署に見られたときに、何らかの指摘を受けるのではないかと不安に思います。

かといって、法定時間外労働や法定休日労働が発生した場合の、割増賃金の計算方法についての規定を置くと、三六協定届を提出していないことと矛盾するのではないか、この矛盾を労働基準監督署から指摘されるのではないかという不安を抱いたりもします。

こうした事情から、残業のない職場であっても、就業規則に割増賃金の規定を揃え、所轄の労働基準監督署に三六協定届を提出していることがあります。

 

<三六協定がなくても可能な残業>

労働基準法第33条第1項には、次の規定があります。

 

(災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働等)

第三十三条 災害その他避けることのできない事由によって、臨時の必要がある場合においては、使用者は、行政官庁の許可を受けて、その必要の限度において第三十二条から前条まで若しくは第四十条の労働時間を延長し、又は第三十五条の休日に労働させることができる。ただし、事態急迫のために行政官庁の許可を受ける暇がない場合においては、事後に遅滞なく届け出なければならない。

 

たとえ、法定時間外労働や法定休日労働の実績が全くなく、想定されない職場であったとしても、災害発生時には思わぬ残業が発生するかもしれません。

この場合に、賃金を割増で支払うことは、労働基準法によって義務づけられていますので、これに備えて割増賃金の計算方法についての規定が、全く必要ないとはいえないことになります。

また、災害発生時には、三六協定届の提出をしていなくても、行政官庁の許可を受けて、法定時間外労働や法定休日労働も可能ではあります。ここで、「行政官庁」とは、労働基準監督署長を指しています。

念の為に、三六協定届を提出しておけば、災害発生時に労働基準監督署長の許可を受けなくても、三六協定の範囲内で法定時間外労働や法定休日労働が可能です。

 

<実務の視点から>

法定時間外労働や法定休日労働の実績が全くなく、想定されない職場であっても、就業規則に割増賃金についての規定を揃え、毎年、三六協定届を所轄の労働基準監督署長に提出しておくことで、万一の災害時に困らなくて済むでしょう。

自然災害は、世界的に発生が増えていますので、念の為の手続を行っておくことをお勧めします。

まだ「失業保険」「失業手当」と言っている人が多いのは不思議ですね。雇用保険に変わってから今年で50年です

2024/10/21|1,964文字

 

<雇用保険法の成立>

昭和22(1947)年に制定された失業保険法に代わり、昭和49(1974)年に雇用保険法が制定されました。

雇用保険法に変わったのは、もう50年も前のことですが、今でも「失業保険」という言葉が当たり前に使われていますし、「失業保険」と聞けば「雇用保険」のことを指していると理解されます。

 

<雇用保険の目的>

雇用保険の目的について、雇用保険法の第1条は次のように定めています。

 

雇用保険は、労働者が失業した場合及び労働者について雇用の継続が困難となる事由が生じた場合に必要な給付を行うほか、労働者が自ら職業に関する教育訓練を受けた場合及び労働者が子を養育するための休業をした場合に必要な給付を行うことにより、労働者の生活及び雇用の安定を図るとともに、求職活動を容易にする等その就職を促進し、あわせて、労働者の職業の安定に資するため、失業の予防、雇用状態の是正及び雇用機会の増大、労働者の能力の開発及び向上その他労働者の福祉の増進を図ることを目的とする。

 

この規定から、失業した労働者に必要な給付を行うのは、雇用保険の目的の一部に過ぎないことが分かります。

だからこそ、失業保険ではなく雇用保険と呼ぶのがふさわしいといえます。

 

<ハローワークのサービス>

職業紹介や求人情報の提供は、失業保険の時代から行われているサービスです。

この他、職業相談の窓口では、専門スタッフによる求人内容の詳細な情報の提供、応募状況の確認、キャリア・コンサルタントなどによる、求職活動のサポートなどを行っています。

さらに完全予約制で、マンツーマンによる履歴書・職務経歴書の作成方法や面接の受け方などの就職支援等も実施しています。

 

<基本手当の給付日数>

65歳未満で離職した雇用保険加入者(一般被保険者)に対する基本手当(昔の失業手当)は、離職時等の年齢や、雇用保険の加入期間のうちカウント対象となる期間(算定基礎期間)の他、次の区分によって所定給付日数(基本手当が支給される日数)が異なります。

◯定年・自己都合退職、懲戒解雇、契約期間満了

◯障害者等の就職困難者

◯特定受給資格者・一部の特定理由離職者

 

<会社都合という区分>

上の区分で分かるように、雇用保険では自己都合退職はあっても、会社都合退職という区分はありません。

自分の意思による計画的な退職であれば、退職後しばらくの間の生活費などは、自分で考えて準備しておくべきです。

しかし、突然の退職となってしまい、準備できていなかった場合には、雇用保険による手厚い保護が必要となります。

現在の雇用保険では、この考え方による区分をしていますので、自己都合・会社都合という大雑把な区分ではないのです。

会社の退職金規程であれば、今でも自己都合・会社都合の区分が一般的ですし、区分の基準も規程の内容に従うことになりますが、これとは考え方が異なります。

 

<特定受給資格者>

特定受給資格者とは、離職理由が、倒産・解雇等により再就職の準備をする時間的余裕なく離職を余儀なくされた受給資格者です。

 

<特定理由離職者>

特定理由離職者とは、特定受給資格者以外の者であって、期間の定めのある労働契約が更新されなかったこと、その他やむを得ない理由により離職した人です。

 

【契約の不更新】

期間の定めのある労働契約の期間が満了し、かつ、その労働契約の更新がないことにより離職した人(その者が更新を希望したにもかかわらず、更新についての合意が成立するに至らなかった場合に限る。)が対象です。

労働契約で、契約更新条項が「契約を更新する場合がある」とされている場合など、契約の更新について明示があるが、契約更新の確約がない場合がこの基準に該当します。

 

【正当な理由のある自己都合により離職した者】

次のような場合が該当します。

・体力の不足、心身の障害、疾病、負傷等により離職した者

・妊娠、出産、育児等により離職し、受給期間延長の措置を受けた者

・家庭の事情が急変したことにより離職した者(親族の介護等)

・通勤不可能又は困難となったことにより離職した者

・企業整備による人員整理等で希望退職に応じて離職した者(一部例外あり)

 

<手当の支給開始>

解雇・定年等により離職した場合には、離職票を提出し、求職の申込みをしてから7日間の失業している日(待期)が経過した後に支給開始となります。

自己都合、懲戒解雇により離職した場合には、離職票を提出し、求職の申込みをしてから7日間の失業している日(待期)+原則2か月(給付制限)が経過した後に支給開始となります。

ただし、自己都合により離職した場合の給付制限原則2か月は、令和7(2025)年4月からは原則1か月となりますし、雇用の安定・就職の促進に必要な職業に関する教育訓練等を自ら受けた場合には、給付制限がなくなります。

令和時代に定期健康診断は正社員だけなんてリスクが大きすぎます

2024/10/20|1,491文字

 

<正社員以外の労働者と健康診断>

企業は、常時使用する労働者に対し、労働安全衛生法に定める基準により、健康診断を実施しなければなりません。

たとえ就業規則に規定がなくても、この実施義務は免れることができません。

労働安全衛生法に定める対象者の基準は次の2つです。

両方の基準を満たす人については、健康診断の実施義務があります。

1. 期間を定めないで採用されたか、期間を定めて採用されたときでも1年(深夜業を含む業務、一定の有害業務に従事する人は6か月)以上引き続き使用(または使用を予定)されていること。

2. 1週間の所定労働時間が、その企業で同種の業務に従事する正社員の4分の3以上であること。

 

また、1週間の所定労働時間が正社員の4分の3未満の労働者であっても、上記1.の要件に該当し、1週間の所定労働時間が正社員の2分の1以上であれば、健康診断を実施することが望ましいとされています。

努力義務です。

 

<実施義務のある健康診断>

実施しなければならない健康診断は次のとおりです。

1. 常時使用する労働者に対しては、雇入れの際に行う健康診断、及び1年に1回定期に行う健康診断。

2. 深夜業に常時従事する労働者に対しては、その業務への配置替えの際に行う健康診断、及び6か月に1回定期に行う健康診断。

3. 一定の有害な業務に常時従事する労働者に対しては、採用、及びその業務への配置替えの際と、その後に定期で行う特別の項目についての健康診断。

4. その他必要な健康診断。

 

<健康診断の費用>

法律によって定められた健康診断は、実施することが企業に義務付けられていますから、その費用は企業が負担することになります。

これに対し、法律上義務付けられていない健康診断や、法定の事項以外の検査を希望者に実施する場合の費用負担については、労働契約や就業規則などによって決まることになります。

なお、健康診断を受けてから3か月を経過していない人を採用する場合で、その健康診断の結果を提出したときは、企業は健康診断を省略できることになっています。

このため、企業から採用前に自分で健康診断を受け、その結果を提出するよう求められることがあります。

この費用については、必ず企業が費用負担すべきとまではいえません。

 

<健康診断とプライバシー>

企業は、健康診断を実施した際に、結果を従業員に通知する義務があり、その結果に基づいて、従業員の健康管理や適切な配置転換などの措置を講じなければなりません。

また、健康診断に関する情報は重要な個人情報であることから、その取扱いは慎重にし、外部に漏れないようにしなければなりません。

なお、企業が実施する健康診断を受けたくない人は、自分で必要な事項の健康診断を受け、その結果を提出することもできます。ただし、費用については本人負担にしてもよいとされています。

 

<実務の視点から>

企業は、健康診断の実施結果を5年間保管する義務を負っています。

事業主の方が、従業員の個人情報、特に身長や体重などのデータを取得することについて、ためらうことがあります。

しかし、企業には労働者の安全配慮義務があります。

遠慮していては、義務を果たせないことになってしまいます。また、健康診断の結果票が、後々障害年金の請求に役立つこともあります。

健康診断の実施と、結果の保管はきちんとしましょう。

今まで健康診断の実施対象者がいなかった企業で、新たに実施義務を負うようになった場合など、健康診断の手配や情報の管理について不明な点も多いと思います。

こうした専門性の高いことは、信頼できる国家資格者の社労士にご相談ください。

労使の協議によって労働条件の変更ができるという契約は有効なのか?

2024/10/19|1,107文字

 

<労使間の協議の上で>

各種契約書には、「本契約書に、定めのない事項または契約条項の解釈に疑義を生じた事項については、当事者は、信義誠実を旨として、別途協議して解決を図るものとする」などという規定が置かれることがあります。

必要なことについては、すべて契約書に定めておいたつもりであっても、思わぬ見落としがあったり、事情の変更があったりと、不都合が発生した場合には、話し合いで解決するという念の為の規定です。

これにならったのでしょうか、雇用契約書や労働条件通知書に「本契約書に定める労働条件は、労使間の協議の上で、変更することができる」のような規定が置かれることがあります。

 

<誤った運用>

お客様が減ったので出勤日数を減らしてもらおうとか、経営が苦しいので時給を下げさせてもらおうと考えた使用者が、労働者にこうした話をもちかけることがあります。

使用者側が、「努力を重ねているものの、近くに競合店が出店したり、光熱費や仕入値が上がったりで、経営が苦しいので理解してほしい」という説明をしたのに対して、労働者側が「それは私のせいではないし、収入が減ると生活費が足りなくなるので困ります」と答えて、押し問答になったとします。

この後で、使用者が労働者に対して、出勤日数を減らしたり、時給を下げたりした更新契約書を示して、署名するように求めたとしても、労働者は正当に拒むことができます。

一応、協議したのだから、雇用契約書や労働条件通知書の規定に従って労働条件を変更できると考えるのは、明らかな誤りです。

これが許されるのであれば、「店長、時給を200円上げてください」「いきなり何を言ってるんだ」という会話を交わしただけで、時給が上がることにもなりかねません。

 

<法令の規定>

労働契約法には、次のような、当たり前ともいえる規定があります。

 

(労働契約の内容の変更)

第八条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。

 

つまり、何時間協議しようとも、合意しなければ労働条件を変更することはできません。

しかもこの場合、労働者側については、自由な意思によるものであることが必要とされています。

 

<実務の視点から>

雇用契約書や労働条件通知書を作成する人と、これらを運用する人とが、別人ということがあります。

たとえば、作成するのは人事部の担当者で、運用するのは店長という具合です。

他にも就業規則などは、作成者と運用者が異なるものです。

作成者は、運用者が誤った運用をしないように、十分注意しながら作成することが求められます。

必ずしも必要ではない文言が、誤解を招くようであれば、削除しておくことをお勧めします。

突然の欠勤でも会社が許さないと違法となってしまう特殊なケース

2024/10/18|2,219文字

 

<生理休暇>

「使用者は、生理日の就業が著しく困難な女性が休暇を請求したときは、その者を生理日に就業させてはならない」と規定され、これに違反すると30万円以下の罰金という罰則もあります。〔労働基準法第68条、第120条第1号〕

つまり、生理日の就業が著しく困難な女性が休暇を取るのは権利であり、使用者に当たる人がこれを妨げるような発言をすれば、それは違法であるということになります。

 

もっとも、普通に勤務することが困難ではない程度の苦痛を伴う生理を理由に生理休暇を取得することや、生理中であることそのものを理由に生理休暇を取得することは、労働基準法も認めていません。

とはいえ、生理の苦痛は本人にしかわかりませんし、医師の診断書をもらうのは必ずしも容易ではありませんから、女性から「生理休暇を取得したい」という申し出があれば、これを拒否できないことになります。

 

ただ、生理休暇を取得しておきながら、レジャー施設に出かけて絶叫マシンで楽しんでいる様子がSNSなどにアップされたら、不正に生理休暇を取得したものとして、懲戒処分の対象となりうるというのも事実です。

こうした事態に備えて、就業規則の懲戒規定の整備と、女性社員に対する教育指導は不可欠です。

 

<子供の看護のための短期休暇>

この休暇について就業規則に規定が無かったり、そもそも経営者が知らなかったりという問題があります。

 

子供の急な病気やけがのため、欠勤せざるを得なくなった従業員は、無断欠勤にならないよう、休まざるを得ない事情が発生したらすぐに勤め先に連絡をしましょう。

このような場合に備えた休暇制度が就業規則に規定されている職場であれば、その休暇を使うとよいでしょう。

また、年次有給休暇で対応することもできますが、当日に取得したいと申し出ても、企業が認めない限り、その日は年休とはなりません。

また前日以前に申し出ても、その日の取得が事業の正常な運営を妨げるときには、取得できない場合があります。

 

育児・介護休業法は、小学校入学前の子供を育てる労働者が、年間5日(子供が複数いる場合は10 日)の範囲で、看病や通院などの看護のための休暇を取得できるようにしています。

この看護休暇は法律で認められた権利ですから、たとえその企業で取得の前例がない、あるいは制度をまだ整備していないなどの場合でも取得できます。

看護休暇は1時間単位で取得できます。令和3(2021)年1月の法改正でこのようになりました。

ただ、看護休暇は年次有給休暇と違って、取得した日を有給にすることは義務付けられていません。

それでも、当日に申し出て取得することができます。

 

注意点として、次のような人は看護休暇を取得できる対象から除外されています。

1. 日々雇用される人(日雇い)

2. 企業があらかじめ一定の手続を取っていた場合で

 ・継続しての勤続期間が6か月未満の人

 ・1週間の所定労働日数が2日以下の人

 

<家族の介護のための短期休暇>

介護休暇は、対象家族を介護する労働者が、年間5日(介護の対象者が2人以上いる場合は10 日)の範囲で、通院の付添い、介護サービスの提供を受けるために必要な準備や世話のため取得できる休暇です。

 

対象家族は、配偶者(内縁含む)、父母、子、配偶者の父母、祖父母、兄弟姉妹、孫です。

この対象家族が、けがや病気で2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態にあるときに取得できます。

 

介護休暇も、法律上当然認められる休暇であること、1時間単位で取得できること、有給とすることは義務付けられていないこと、当日の申出でも取得できること、取得できる対象から除外されている人の範囲は、看護休暇と同じです。

 

休暇の取得にあたって、企業はできるだけ事前に申請をするよう求めることはできますが、当日の申出であることを理由に拒否することはできません。

また、正当な利用による取得であることを確認するため、休暇の理由となった家族の状況に関して、診断書の提出などを求めることもできますが、事後に提出することを認めるなど、柔軟な対応は必要です。

 

<弔事・災害休暇>

家族が亡くなった場合や、自宅が火災や水害に遭った場合の休暇については、就業規則や労働契約書などに規定があるものです。

たとえこれらの規定が無くても、せめて年次有給休暇を取ることは認めないと、人道的に見てどうかと思われます。

これらは、労働基準法などに権利として規定されているわけではありませんが、配慮が求められるでしょう。

 

<実務の視点から>

作りっ放しの就業規則で、子供の看護のための短期休暇や、家族の介護のための短期休暇について、1時間単位で取れないのでは困ります。

令和7(2025)年4月から、育児・介護休業法改正により、育児・介護関係の休業が拡大・強化されます。政府の少子高齢化対策が、さらに進むことになります。

就業規則に「この規則に定めた事項のほか、就業に関する事項については、労基法その他の法令の定めによる」という規定があったとしても、実際に休暇を取る必要を感じた人は、どうやって会社に申し出たら良いのか、会社はどう対応したら良いのかについてルールが無ければ迷ってしまいます。

育児・介護休業が必要となった人が、実際に休めないのでは違法となっていまいますから、きちんと体制を整える必要があります。

こうした専門性の高いことは、信頼できる国家資格者の社労士にご相談ください。

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