2024/10/27|1,566文字
<反撃の懲戒処分>
職場で上司から暴言を吐かれ、これに対抗して暴力を振るった社員の処分は、どう考えたら良いでしょうか。
繰り返される上司のパワハラに対抗する行為であって、部下が堪りかねて行ったのであれば、心情的には不問に付すか、情状酌量で軽い処分にとどめたいと感じます。
懲戒処分は就業規則の規定を適用して行うものですから、就業規則の規定にある「情状酌量」などの解釈の問題となります。
<正当防衛の可能性>
これを法的観点から見ると、上司の暴言は侮辱または名誉毀損に該たります。〔刑法第230条、第231条〕
部下の暴力は暴行罪、ある程度以上のケガをさせていれば傷害罪に該たります。〔刑法第208条、第204条〕
そして部下の行為が、刑法上、罪を軽減されるとすると、正当防衛が根拠になると思われます。〔刑法第36条第1項〕
「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」という規定です。
このように刑法の正当防衛は、犯罪から自分や他人の身を守るために、やむを得ず行った行為のことをいいます。
しかし、正当防衛の成立要件は思いの外厳格です。
今回のケースでは、相当性の要件を満たしていません。
相当性の要件というのは、侵害の危険を回避するための行為が、必要最小限のものであることです。
暴言を封じるのに、暴力を振るうというのは、必要最小限のやむを得ない行為とはいえません。
そもそも、法律上の「やむを得ない」というのは、日常用語とは違って、他に方法がないという意味です。
<過剰防衛の可能性>
不正な権利の侵害に対して、受けた侵害を上回る防衛行為を行ったのであれば、正当防衛ではないにしても、過剰防衛になる可能性はあります。
刑法は「防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる」と規定しています。〔刑法第36条第2項〕
刑法の過剰防衛の規定が適用されるようなケースであれば、これに倣って社内の処分でも、情状酌量により懲戒の程度を低くすることが妥当です。
しかし、過剰防衛の成立要件も大変厳格です。
正当防衛の他の要件は満たしていて、「防衛の程度を超えた行為」という点だけに問題があるときにのみ、過剰防衛が認められるのです。
今回のケースでは、「急迫不正の侵害」があったものの、「暴力」というのは、この侵害から名誉を防衛する手段としては、あまりにも的外れなのです。
そこには、「防衛の意思」が無く、これを機会に反撃する、あるいは、ついカッとなってやってしまったことがうかがわれます。
「防衛の意思」が無ければ、正当防衛も過剰防衛も成立しないのです。
刑法が正当防衛や過剰防衛の成立を認めない以上、会社の懲戒処分でも、情状酌量して大目に見るというのは、整合性が保てない結果となってしまいます。
<実務の視点から>
「それでも当社は独自の考えを採り、今回のようなケースでは、暴力を振るったとしても厳重注意に留める」というのはどうでしょうか。
おそらく、同じような事件が多発するのではないでしょうか。
懲戒処分では、公平が求められます。
過去に起こった事件と同様の事件が発生した場合には、特別な事情が無い限り、同様の処分にしなければなりません。
上司に暴力を振るっても厳重注意で済まされるなら、機会をうかがって行為に及ぼうと企む社員も出てくる可能性があります。
厚生労働省のモデル就業規則でも、「会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなったとき(当該行為が軽微な違反である場合を除く)には、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、普通解雇、減給又は出勤停止とすることがある」というように規定しています。
暴行罪、傷害罪は、刑法に懲役刑の刑罰が規定された重大な犯罪です。
これを厳重注意や譴責(けんせき)処分で済ませるのは、危険ではないでしょうか。