入社にあたって提出する誓約書の効力

2025/01/15|873文字

 

<誓約書の提出義務>

誓約書とは、労働者が働くにあたって、企業に対して負う義務の内容を確認し、義務に違反しないことを誓約する書面です。

場合によっては、退職にあたって、企業に対して負う義務の内容を確認し、義務に違反しないことを誓約する書面のこともあります。

また、状況の変化に応じて、在職中に作成されることもあります。

万一義務違反があった場合には、一切の損害を賠償するという内容が含まれるのが一般です。

入社にあたって誓約書の提出を求めることは、長年にわたって広く一般化しています。

就業規則や労働条件通知書などに規定を置いて、誓約書の提出を採用条件としたり、採用後に誓約書を提出しないことを理由に採用取消としたりすることは、採用の時点でそのルールが知らされていれば違法ではありません。

ただし、採用の時点で説明が無かったにもかかわらず、採用後に誓約書の提出を求められた場合であれば、提出しないことを理由に解雇を通告するのは不当解雇になると解されます。

 

<誓約書の効力>

就業規則の一部を抜粋して順守を求める内容の誓約書であれば、元々守るべきことを再確認しているだけですから、ほとんど問題になることはないでしょう。

この場合は、誓約書を書かせることによって、労働者に心理的なプレッシャーを与えているだけのことです。

つまり、心理的効果しか期待できません。

 

よく問題となるのは、労働者が退職後に同業他社への就職をしない義務を定めた誓約書です。

大前提として、労働者には職業選択の自由があります。〔憲法第22条第1項〕

しかし、この自由は絶対無制約ではありません。

そして、競業避止義務の誓約は、合理性を欠き公序良俗に反するときだけ、無効とされます。〔民法第90条〕

 

実際の裁判では、次のような厳しい条件を満たす場合に限り、その誓約書は有効だとされています。

・その労働者が営業秘密に関わる業務に就きうること

・正当な目的によるものであること

・「同業他社」の範囲など制限の対象が妥当であること

・地域や期間が妥当に限定されていること

・特別な手当の支給など相当の代償が与えられること

パート、アルバイト、試用期間、外国人の社会保険加入について勘違いがありませんか?

2025/01/14|567文字

 

<契約形態と社会保険>

正社員、限定正社員、パート、アルバイト、嘱託社員、契約社員などの労働契約の形態は、勤務先の会社が独自の基準で区分しているに過ぎません。

一方で、社会保険(健康保険と厚生年金保険)の加入基準は法令により定められ、各企業の社内基準によって左右されることはありません。

結論として、アルバイトなどであっても、法令による加入基準を満たせば、各企業の方針や個人の考えとは無関係に社会保険に加入することになり、企業は手続をする義務を負うことになります。

 

<試用期間と社会保険>

入社後、従業員としての適格性をみるため、一定の試用期間を設けることがあります。

この期間であっても、労働基準法はもちろん、健康保険法や厚生年金保険法の適用がありますから、試用期間の初日から社会保険への加入が義務付けられています。

なお、短期間の契約社員として採用し、その後に適性を判断して正社員に切り替えるような場合でも、最初の契約期間が実質的に見て試用期間に当たる場合には、採用日から社会保険に加入しなければなりません。

 

<外国人と社会保険>

在留資格で就労が認められている外国人は、国籍に関係なく社会保険に入ります。

これは、「日本人が日本の社会保険に入る」というのではなく、「日本に住んでいる人が日本の社会保険に入る」という考え方であることを意味します。

フレックスタイム制を導入するにあたっては、あれこれ不安があるものです

2025/01/13|1,091文字

 

<シフトの不安>

厚生労働省が発行している「フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き」には、メリットがある場合の例として、次のようなケースが示されています。

・共働きで子育てをする夫婦が、保育園の送り迎えを日替わりで分担している。

・資格取得を目指している人が、月・水・金曜日に学校に通うため早く帰っている。

・通勤ラッシュが苦手な人が、早く帰りたい日に通勤ラッシュ前に出勤している。

・休日にケガをした人が、病院に寄ってから出勤する。

フレックスタイム制が特定の部署の全員に導入された場合、こうしたニーズを抱えた従業員が多いと、まともなシフトが組まれないのではないかと不安になります。

 

<フレックスタイム制を導入しなくても>

上の4つの例のうち、月・水・金曜日に早く帰って学校に通う例では、これらの曜日だけ早く出勤し、通常の時間だけ勤務することも可能です。

勤務時間帯を前倒しにするわけです。

このことは、通勤ラッシュを避けたい人にも当てはまります。

また、休日にケガをした人が出勤予定日に病院に行くケースでは、病院に行くほどのケガであれば、年次有給休暇の取得を考えたいところです。

ただ、これらの場合であっても、フレックスタイム制であれば、会社にプライベートな事情を説明しなくて済むという利点があります。

共働きで子育てをする夫婦が、保育園の送り迎えを日替わりで分担する例では、夫婦の一方がいつも送って、他方がいつも迎えるということであれば、やはり勤務時間帯の変更で対応できます。

しかし、送り迎えの両方を同じ日に行う形で分担するのであれば、フレックスタイム制の導入が必要となってきます。

 

<就業規則の規定による対処>

フレックスタイム制を導入するには、就業規則に関連規定を置く必要があります。

これらの中に「フレックスタイム制により勤務する従業員は、取引関係者、業務の都合、他部門への影響等を十分に配慮し、業務に支障を生じないようにするとともに、効率的に業務を遂行できるよう、始業・終業時刻の決定をしなければならない」という規定を置くことも可能です。

そして、個人的な都合を最優先して、業務に支障を来しうるような行動に出る従業員については、懲戒などを検討するのではなく、労使協定を見直してフレックスタイム制の対象から外すのが現実的です。

これについては、制度の導入にあたって、予め説明しておくべきことです。

フレックスタイム制は、生活と業務との調和が図れる便利な制度です。

自分の都合ばかり優先していると、フレックスタイム制の対象者から外されうるのであれば、業務に支障が出ないように配慮することでしょう。

なぜ13日を超える連続勤務をさせてはならないという提言が登場したのか

2025/01/12|1,203文字

 

<労働基準関係法制研究会での議論>

厚生労働省の労働基準関係法制研究会では、13日を超える連続勤務を禁止してはどうかという議論があります。

これは、現在の労働基準法では、理論上、際限なく連続勤務が可能となってしまい、過重労働の発生が防止できないという課題があるためです。

また、労災保険での精神障害の認定基準では、14日以上の連続勤務が、心理的負荷となる具体的出来事と評価されていることとも矛盾するからです。

 

<労働基準法による原則の休日>

労働基準法は、法定休日として、労働者に毎週少なくとも1回の休日を付与することを原則としています。〔労働基準法第35条第1項〕

ところが、昭和62(1987)年に労働基準法が改正され、法定労働時間が週48時間から週40時間に短縮されたことに伴い、週休2日制とする企業が増えました。

週休2日制の企業では、1週の中に法定休日1日と、法定休日ではない所定休日1日が混在することになりました。

 

<労災保険給付の対象となる精神障害の発生>

業務の繁忙や業種・職種の特性により、長期間の連続勤務が避けがたい場合もあります。

このため最近でも、2週間以上にわたって休日のない連続勤務を行ったことによる心理的負荷が具体的出来事の一つとして評価され、精神障害事案として労災保険給付の対象となっています。

 

<4週4休制という例外>

労働基準法は、4週間を通じ4日以上の休日を与える変形休日制(4週4休制)を認めています。〔労働基準法第35条第2項〕

この制度は曲解され、月4日の休日としたり、毎年4週間の基準日が動いてしまったりの違法な運用も見られます。

しかし正しく運用しても、4連休の後の24連勤という偏った長期間の連続勤務も理論上は可能であって、労働基準法違反とはなりません。

 

<三六協定による法定休日労働>

三六協定に法定休日労働の条項を設ければ、法定休日に労働させることが可能となります。しかも、労働基準法はこの回数に制限を設けていません。

これによって発生しうる連続勤務は、健康上望ましいものではありません。時間外労働の上限と同様に、休日労働にも一定の制限をかけるべきではないかと考えられています。

 

<総合的な考慮から>

これらの点を総合的に考慮すると、三六協定に法定休日労働の条項を設けた場合や、精神障害の労災認定基準も踏まえると、「13日を超える連続勤務をさせてはならない」旨の規定を労働基準法上に設けるべきであると考えられます。

ただし、災害復旧等の真にやむを得ない事情がある場合の例外措置や、顧客や従業員の安全上やむを得ず必要な場合等に代替措置を設けて例外とする等の対応を労使の合意で可能とする措置についても検討すべきだとされます。

また、法定休日の本来の趣旨を貫徹するならば、4週4休の特例を2週2休とするなど、連続勤務の最大日数をなるべく減らしていく措置の検討に取り組むべきであるとも考えられています。

就業規則で会社を守るという話はよく聞きますが…

2025/01/11|1,318文字

 

<会社を守るということの意味>

従業員から労働者としての法的権利を主張されたら、会社の負担が増大するので内緒にしておきたいというブラックな意味での「会社を守る」もあります。

ブラック社員から会社が不当な要求をされたら、まじめに勤務している他の社員の迷惑にもなり会社の存続も危ういので、ブラック社員から会社を守りたいという意味での「会社を守る」もあります。

 

<ブラックな意味での「会社を守る」>

就業規則には、次の3つの内容が織り込まれています。

・労働条件の共通部分

・職場の規律

・法令に定められた労働者の権利・義務

どの規定が3つのうちのどれにあてはまるのか、一見しただけでは分かりません。

また、1つの条文に複数の内容が含まれていることもあります。

 就業規則の由来からすると、その内容は労働条件の共通部分と職場の規律だけで十分なはずです。

しかし会社は労働者に対して、法令に定められた労働者の権利や義務さらには各種制度について、重要なものを周知する義務を負っています。

これを個別に説明していたのでは手間がかかりますから、就業規則の内容に盛り込んで就業規則の周知として行っています。

ですから、従業員から労働者としての法的権利を主張されたくないので、作りたくない、作っても隠しておきたいという気持になってしまう経営者もいるのでしょう。

実際には、就業規則と個別の労働契約と法令とを比べて、労働者に一番有利なものが有効になります。

もし、就業規則が見当たらないのであれば、個別の労働契約と法令とを比べて、労働者に有利な方が有効になります。

さらに、経営者が法令に違反して労働条件を文書で通知していないような場合には、個別の労働契約の内容も不明確ですから、法令通りの運用であると認定されます。

結局、経営者が就業規則を隠して「会社を守る」ことができるのは、労働関係法令の内容を知らない労働者に対してだけということになります。

しかし、その労働者もネットなどの情報で自分の権利を知るようになります。

こうなると、ブラック経営者は「会社を守る」ことができなくなります。

 

<ブラック社員から「会社を守る」>

まじめに働く社員のためにも、経営者はブラック社員から会社を守らなければなりません。

就業規則に次のような規定を入れることによって、ある程度ブラック社員の攻撃を阻止することができます。

・ブラック社員を採用しない規定

・ブラック社員の内定を取り消せる規定

・ブラック社員を解雇できる規定

・ブラック社員の休職がトラブルにならない規定

・ブラック社員の無断欠勤を許さない規定

・ブラック社員からの不当な残業代請求を許さない規定

・ブラック社員のルール違反を許さない規定

・ブラック社員から会社が責任を追及されない規定

こうした規定は、現状の就業規則や社内ルールとの整合性を保ちつつ考える必要があります。

また、規定だけでなく運用も適正に行う必要があります。

 

<実務の視点から>

ひな形を少し修正しただけの就業規則では会社を守れません。

また、2年以上変更していない就業規則も、法令違反になっていることでしょう。

会社の実情に応じた就業規則を作成し、タイムリーに変更をかけていくことで会社を守りましょう。

連続して年次有給休暇を取得することの是非は運用次第で変わります

2025/01/10|1,642文字

 

<年次有給休暇の制度趣旨>

年次有給休暇は、労働者が心身の疲労を回復し、明日への活力と創造力を養い、ゆとりある勤労者生活を実現するための制度です。

この趣旨から、対象者は正社員に限られず、国籍や会社の規模に関係なく適用されます。

会社側は、年次有給休暇を取得しやすい職場環境を作り、休暇の取得促進を図ることが求められています。

 

<時季変更権>

とはいえ、たとえば同じ店舗のメンバーが一斉に年次有給休暇を取得するようなことがあれば、通常、その日は閉店せざるを得ません。

こうした不合理なことが起こらないように、従業員が年次有給休暇を請求しても、それを会社側で変更することができる場合があります。

これが時季変更権であり、事業の正常な運営を妨げる場合には、会社側は年次有給休暇の取得そのものは否定できないものの、他の日に変更するよう求める権利が与えられています。〔労働基準法第39条第4項但書〕

しかし、客観的に事業の正常な運営を妨げる場合に当たらなければ、会社側が時季変更権を主張しても、それは権利の濫用ですから、年次有給休暇を他の日に変更することはできません。

たとえば同じ店舗のメンバーが一斉に年次有給休暇を取得する場合でも、同じ会社の近隣店舗や本部からの応援で、その日の店舗運営に支障がないのであれば、会社側は時季変更権を使えないことになります。

 

<事業の正常な運営を妨げる場合>

一般的な判断基準としては、その労働者の所属する事業場を基準として事業の規模・内容、その労働者の担当する作業の内容・性質、作業の繁閑、代行者の配置の難易、労働慣行等、諸般の事情を考慮して判断するものとされています。〔電々公社此花電報電話局事件最高裁判決(昭和 57318日)〕

そして会社側には、労働者が指定した日に年次有給休暇を取得できるように配慮する義務があるとされています。〔弘前電報電話局事件最高裁判決(昭和62710日)、横手統制電話中継所事件最高裁判決(昭和62922日)〕

少し厳しいですが、人手不足で代行者の調達が難しい場合であっても、年次有給休暇の取得に配慮して十分な人員を確保していなかったような事情があれば、会社側は正当に時季変更権を使えないというのが、これらの判例の考え方です。

つまり、年次有給休暇の取得は労働者の法的権利なので、会社側は取得率100%を想定しての採用計画が求められるということになるのでしょう。

 

<連続して年次有給休暇を取得する場合>

労働者が長期にわたり連続して年次有給休暇を取得しようとする場合は、それが長期のものであればあるほど、会社側が代替勤務者を確保することの困難さが増大するなど、事業の正常な運営に支障を来たす蓋然性が高くなるので、会社側の業務計画、他の労働者の休暇予定等との事前の調整を図る必要が生ずるという判例があります。〔時事通信社事件最高裁判決(平成4623日)〕

この判例は、労働者がこうした調整を経ることなく長期にわたり連続して年次有給休暇の時季指定をした場合には、これに対する会社側の時季変更権の行使については、それが事業運営にどのような支障をもたらすか、休暇の時季や期間につき、どの程度の修正・変更を行うかに関し、会社側にある程度の合理的な範囲内で裁量的判断の余地を認めざるを得ないとしています。

このように労働者側に落ち度があれば、会社側は時季変更権を行使し、時季の変更や年次有給休暇の分割を求めることができる場合もあるということです。

 

<実務の視点から>

このように法的権利の行使について、具体的な事情に応じて、労働者側の主張が認められたり、会社側の主張が認められたりする場合には、「常識」に頼らず、過去の裁判例やその変化に注意しつつ対応することが必要です。

従業員から年次有給休暇取得の申し出があり、その日に休ませることに不都合を感じた場合には、上司が安易に判断するのではなく、社会保険労務士などの専門家に判断を求める必要があります。

欧米で長期休暇が当たり前なのは、前年度中に各従業員間の調整で休暇期間が決まっているからです。これはまさにリフレッシュのための休暇です。年次有給休暇は、何か用事があったり、具合が悪いときに取得するものという、昭和時代の考え方をしていてはできない相談です。

フレックスタイム制を円滑に運用できるための条件

2025/01/09|1,956文字

 

<フレックスタイム制のイメージ>

フレックスタイム制では、労働者が日々の始業・終業時刻、労働時間を自ら決めるので、その労働者は次のように考えるかもしれないわけです。

朝、目覚めたとき「今日は出勤しようか、それとも休もうか」

起きてから「いつ出勤しようか」

家を出て通勤の途中で「やはり映画を観に行こうか」

会社に到着して仕事を始めてから「やる気が起きないから帰ろう」

しかし、これでは仕事が回りません。

労働基準法が、このような制度を法定した筈がありません。

 

<働き方改革の推進>

平成31(2019)年4月、働き方改革の一環で労働基準法が改正され、フレックスタイム制の清算期間の上限が1か月から3か月に延長されました。

もし、フレックスタイム制が現実離れした使い物にならない制度であれば、廃止されている筈ですが、労働者ひとり一人の事情に応じた多様で柔軟な働き方を自分で選択できるようにするための制度であり、働き方改革の趣旨に適っているため拡充されたのです。

実際、フレックスタイム制は生活と業務との調和が図れる便利な制度です。

 

<労働基準法の規定>

フレックスタイム制に関する労働基準法の規定は次の通りです。

 

第32条の3第1項 使用者は、就業規則その他これに準ずるものにより、その労働者に係る始業及び終業の時刻をその労働者の決定に委ねることとした労働者については、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めたときは、その協定で第二号の清算期間として定められた期間を平均し一週間当たりの労働時間が第三十二条第一項の労働時間を超えない範囲内において、同条の規定にかかわらず、一週間において同項の労働時間又は一日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。

一 この項の規定による労働時間により労働させることができることとされる労働者の範囲

二 清算期間(その期間を平均し一週間当たりの労働時間が第三十二条第一項の労働時間を超えない範囲内において労働させる期間をいい、三箇月以内の期間に限るものとする。以下この条及び次条において同じ。)

三 清算期間における総労働時間

四 その他厚生労働省令で定める事項

 

ここで、条文にある「労働者」というのは、単数と複数を区別しない日本語の特性から「労働者たち」という意味であると考えられます。

そうであれば、業務開始時刻と業務終了時刻に使用者が介入してはならないということであって、業務都合と私生活とのバランスを考えつつ、労働者間で相談して決めることは差し支えないわけです。

このように考えても法の趣旨に反しませんし、むしろこのように考えないと運用が極めて困難になってしまいます。

個々の労働者が自分だけの考えで、始業・終業時刻を決めるというのは現実的ではありません。

やはり相談しながら決めることになります。

 

<フレックスタイム制の法的要件>

フレックスタイム制に関する条文は長いですが、法的要件は次のとおりです。

・業務開始時刻と業務終了時刻は労働者たちが決めることにして、これを就業規則などに定めます。

・一定の事項について、会社側と労働者側とで労使協定を交わし、協定書を保管します。

・清算期間が1か月を超える場合には、協定書を労働基準監督署長に届け出る必要があります。〔労働基準法第32条の3第4項→第32条の2第2項〕

 

<フレックスタイム制の運用条件>

上記の法的要件を満たせば、問題なく運用できるというわけではありません。

まず対象労働者は、業務都合と私生活とのバランスを考えて、業務開始時刻と業務終了時刻を自主的に決定できる人に限定する必要があります。

対象者は、特定の部署の全員あるいはその一部とすることもできますし、1人だけにすることもできます。

対象となる労働者が複数であれば、各個人の業務開始時刻と業務終了時刻について協議のうえ決定できるメンバーである必要があります。

また、各個人の業務開始時刻と業務終了時刻は前もって決定し、自部署と関連部署で情報共有する必要があります。

変更があった場合には、タイムリーに情報共有できる必要があります。

無料のスケジュール共有ツールを利用して、スマートフォンでチェックできるようにすれば便利です。

 

<実務の視点から>

まずは、清算期間1か月のフレックスタイム制でワークライフバランスや生産性の向上を目指すことをお勧めします。

上手くいかないときは、対象労働者の中に制度活用の難しいメンバーがいないか、情報共有が不十分ではないかの2点をチェックし、必要に応じ労使協定の内容を見直してはいかがでしょうか。

自営業者などが受給年金額を増やすための付加年金と付加保険料

2025/01/08|629文字

 

<付加年金と付加保険料>

自営業者などの国民年金第1号被保険者と65歳未満の任意加入被保険者は、定額保険料に付加保険料を上乗せして納めることで、受給する年金額を増やせます。

ただし、国民年金基金に加入している人は、付加保険料を納めることができません。

 

定額保険料は、令和6(2024)年度で月額16,980円です。

付加保険料は、月額400円です。

 

申込先は、市区役所や町村役場、年金事務所の窓口です。

 

<付加年金の額>

付加年金額は、「200円×付加保険料納付月数」(年額)です。

 

例えば、20歳から60歳までの40年間、付加保険料を納めていた場合の付加年金額は次のとおりとなります。

 

200円 × 480月(40年) = 96,000円

 

計算上、付加保険料を納めた分は2年間で元が取れる計算になります。

ただし、物価変動による物価スライド(増額・減額)はありませんので、将来、物価水準が上がり貨幣価値が下がれば元が取れないこともありえます。

 

<付加保険料納付の注意点>

1.付加保険料の納付は、申し込んだ月分からとなります。

2.付加保険料の納期限は、翌月末日(納期限)と定められています。

3.納期限を経過した場合でも、期限から2年間は付加保険料を納めることができます。

4.付加保険料を納付することを希望しない場合は、付加保険料納付辞退申出書の提出が必要となります。

5.月末が土曜日、日曜日、休日等にあたる場合や年末の納期限は、翌月最初の金融機関等の営業日となります。

労働者の過半数を代表する者の選出手続ミスがあれば三六協定などの労使協定は無効になります

2025/01/07|1,052文字

 

<労働者の過半数を代表する者>

就業規則の新規作成・変更の所轄労働基準監督署長への届出や、「時間外労働・休日労働に関する協定(36協定)」など労使協定を締結する際に、事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がない場合は、労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)を選出し、労働者側の締結当事者とする必要があります。

 

<正しい選出手続が必要な理由>

過半数代表者になることができる労働者の範囲は限定されていて、選出手続にも制限があります。

この過半数代表者の選出が適正に行われていない場合には、たとえば36協定を締結し労働基準監督署長に届け出ても無効となります。

つまり、36協定書の届出をきちんとしてあっても、そもそもその協定書が無効とされれば、残業させたことがすべて違法になってしまうというリスクがあります。

 

<過半数代表者となることができる労働者>

労働基準法第41条第2号に規定する管理監督者ではないことが必要です。

管理監督者とは、一般的には部長、工場長など、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある人を指します。

しかし、この基準を誤って解釈している会社が多いのが実態です。

過半数代表者の選出に当たっては、役職者は避けた方がよいでしょう。

 

<労働者全員での選出>

選出手続は、投票、挙手の他に、労働者の話し合いや持ち回り決議などでも構いませんが、労働者の過半数がその人の選任を支持していることが明確になる民主的な手続がとられていることが必要です。

また、選出に当たっては、パートやアルバイトなどを含めたすべての労働者が手続に参加できるようにします。

こうした手続がとられたことの記録を残しておくことをお勧めします。

 

<会社側が関与しない選出>

会社の代表者が特定の労働者を指名したり、候補者を数名指定してその中から選出したりするなど、使用者の意向によって過半数代表者が選出されたと疑われる場合、その過半数代表者選出は無効です。

 

<選出手続を行うこと>

社員親睦会の幹事などを自動的に過半数代表者にした場合や、社内で特定の立場にある人が自動的に過半数代表者になるというのでは、その人は「選出」されたわけではありませんので、過半数代表者の選出にはなりません。

過半数代表者の選出手続は、それ自体を独立させて行いましょう。

 

<実務の視点から>

思わぬところで足元をすくわれないよう、専門家の関与は必要です。

労務管理について専門性の高いことは、信頼できる国家資格者の社会保険労務士(社労士)にご用命ください。

それは所定労働時間ではなく予定労働時間ではないですか?

2025/01/06|1,232文字

 

<所定労働時間>

多くの企業の就業規則には、正社員の所定労働時間が1日8時間、1週40時間と定められています。

これは、労働基準法の法定労働時間にならったものです。

ところが、1か月の所定労働時間となると、企業によって大きな開きがあります。

法定時間外労働については、月給を1か月の所定労働時間で割って時間単価を算出し、これに法定時間外労働時間を掛け、さらに2割5分以上の割増をして計算することになります。

いわゆる残業代の計算です。

 

<予定労働時間>

この所定労働時間とは別に、「予定労働時間」とも呼ぶべき予定された労働時間があります。

これも1日あるいは1週であれば、所定労働時間と同じことが多いものです。

しかし、1か月の予定労働時間は、1日の所定労働時間に予定出勤日数を掛けて算出します。

たとえば、8時間労働で23日出勤であれば、184時間となります(8×23=184)。

これは、カレンダーや企業の休日ルールによって、毎月変動するものです。

 

<所定労働時間と予定労働時間の混同>

所定労働時間というのは、労働契約や労働条件の内容となるものです。

時間給であれば、時給に1か月の所定労働時間を掛けて、おおよその月収を把握することができます。

月給制であれば、月々の月給は定額であり、1か月あたりの予定労働時間は変動します。

従業員は、この「あたりまえ」のことに納得して働いているはずなのです。

 

<混同による給与計算>

正社員の給与のほとんどは、月給制であって、日給制ではなく、ましてや週給制でもありません。

そして、時間外労働や休日労働があれば、その分の賃金が加算されます。

このとき、昇給や降給が無い限り、1時間あたりの賃金単価は固定されているのが合理的です。

月々の生産性に連動して賃金単価が変動するなら合理的ですが、出勤予定日が増えれば単価が下がるというのは不合理です。

ところが実態としては、給与規程の中に「平均所定労働時間」という言葉が散見されます。

これは「平均予定労働時間」の意味であって、これはまさに「所定労働時間」であると考えられます。

もし賃金規程に「平均」の文字が入っていたなら、その合理性を検証する必要があるでしょう。

さらに大きな勘違いとして、「1か月の予定労働時間を超えたら残業代が発生するのではないか」「1か月の予定労働時間を下回ったら欠勤控除となるのではないか」というのがあります。

これらも、所定労働時間と予定労働時間の混同による勘違いですから、両者を明確に分けて運用する必要があるわけです。

 

<実務の視点から>

給与計算を前任者から引き継いだ通りにやっているだけ、あるいは外注に出しているのであれば、その不合理に気付かないのは当然です。

不合理なだけならともかく、違法であれば何年も前に遡って退職者の分まで計算し直して差額清算が必要になってきます。

税理士や会計士の先生のチェックしか受けていないのであれば、一度、社会保険労務士のチェックを受けておくよう強くお勧めします。

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