生成AIの活用により進化する人事の未来

2025/06/09|1,448文字

 

<生成AIの進化>

生成AI(Generative AI)の進化は目覚ましく、労務管理の分野にもその波が押し寄せています。

労務管理は法令遵守や人事制度の運用、従業員対応など、きめ細やかな対応が求められる領域です。

しかし、生成AIの導入により、これまで人手に頼っていた業務の多くが効率化され、より戦略的な人事・労務運営が可能になりつつあります。

 

<文書作成業務の効率化>

労務管理では、就業規則の改定、社内通知、注意喚起文書、面談案内など、文書作成が日常的に発生します。

生成AIは、これらの文書の「たたき台」を短時間で作成できるため、担当者の負担を大幅に軽減します。

特に、複数の表現案を比較しながら検討できる点は、繊細な対応が求められる労務トラブルの初期対応などで有効です。

ただし、法的な表現や企業文化への配慮が必要な場面では、最終的なチェックと調整は人間が行う必要があります。

生成AIはあくまで「補助ツール」として活用し、専門家の判断と組み合わせることが重要です。

 

<人事評価・フィードバックの支援>

人事評価においても、生成AIは活用が進んでいます。

たとえば、従業員の目標管理や360度評価のコメント分析にAIを用いることで、バイアスの少ないフィードバックが可能になります。

AIが提示する分析結果は、評価を受ける側にとっても「納得感」が得られやすく、フィードバックの質向上につながります。

また、生成AIは「質問力の補完」にも有効です。リフレクション研修などで、参加者の経験に基づいた深い問いを生成することで、内省を促し、学びの質を高めることができます。

 

<社内ナレッジの共有と活用>

生成AIは、従業員アンケートや相談内容を分析し、共通の課題や成功事例を抽出することができます。

たとえば、新入社員のアンケート結果から「Aさんの工夫をBさんに共有すべき」といったマッチングを自動で行い、ナレッジの自然な共有を促進する事例もあります。

このように、AIが「人と人をつなぐ」役割を果たすことで、組織内の学びや助け合いの文化が醸成される可能性もあります。

 

<就業規則や制度設計の草案作成>

労務管理の中でも特に専門性が求められる就業規則の作成や制度設計においても、生成AIは有効です。

たとえば、独自の休暇制度や手当を導入する際、AIに要件を伝えることで、条文の草案を作成することができます。

もちろん、法令との整合性や企業の方針との適合性を確認する必要がありますが、ゼロから作成するよりもはるかに効率的です。

 

<AIのリスクと任せすぎない工夫>

生成AIの活用には、いくつかのリスクも存在します。たとえば、AIが生成した文章に対して人間が過度に信頼し、内容を十分に検証しないまま運用してしまうと、誤解やトラブルの原因となる可能性があります。

また、AIは「絶対的な正解」を提示するものではなく、あくまで過去のデータに基づいた予測や提案を行うに過ぎません。

したがって、AIの出力を鵜呑みにせず、「どこまでをAIに任せ、どこからを人が判断するか」というルールの設定が求められます。

 

<目的意識の重要性>

今後も、生成AIはさらに進化し、労務管理のさまざまな場面で活用されることが予想されます。しかし、AIの導入が目的化してしまうと、本来の業務改善や従業員支援という目的が見失われてしまいます。

人事・労務部門には、AIを「使いこなす」だけでなく、「人とAIが協働する仕組み」を設計し、組織全体の生産性と幸福度を高める役割が期待されています。

社会保険加入基準の誤解による未加入者の発生に注意しましょう

2025/06/08|1,529文字

 

<適用拡大前の社会保険加入基準>

臨時に使用される人や、季節的業務に使用される人を除いて、1週間の所定労働時間および1か月の所定労働日数が、フルタイム労働者の4分の3以上というのが、原則的な社会保険加入基準の一つです。

万一、1週間の所定労働時間が定まっていない場合には、次の計算によって算定します。1年間の月数を「12か月」、週数を「52週」として週単位の労働時間に換算するものです。

・1か月単位で定められている場合は、1か月の所定労働時間×12か月÷52週

・1年単位で定められている場合は、1年間の所定労働時間÷52週

・1週間の所定労働時間が短期的かつ周期的に変動する場合は、その平均値

 

<適用拡大後の社会保険加入基準>

社会保険の適用拡大の対象となった事業所では、上記の加入基準を満たす従業員に加え、次の4つの基準すべてを満たす短時間労働者が社会保険に加入します。

・1週間の所定労働時間が20時間以上

・所定内賃金が月額8.8万円以上

・昼間学生でないこと(休学中は加入対象)

・雇用期間が2か月以内に限られていないこと

 

<社会保険への加入を避ける動き>

短時間労働者が社会保険に加入することを避ける方法として、転職と労働時間の短縮が行われました。

もともとの加入基準での社会保険加入者が、50人を大きく下回る企業に転職すれば、社会保険の適用拡大が今すぐには及ばないだろうから、自分も当面は社会保険に加入しなくて済むだろうと考えたのです。

もう一つの方法は、会社と相談して1週間の所定労働時間を20時間未満とすることです。労働時間を多く減らしてしまうと、収入も大きく減りますから、たとえば週18時間労働など、20時間を少しだけ下回る条件とします。

しかし、この場合には、雇用保険の対象外となります。つまり、雇用保険では離職扱いとなります。離職票が発行され、ハローワークで手続して基本手当(昔の失業手当)を受給できる建前ですが、収入との調整が行われます。労働時間を少しだけ減らした場合には、計算上、手当を受け取れないことが分かります。しかも、本当に退職した時には、雇用保険の手当を受け取ることができないのですから、今まで支払ってきた雇用保険料が無駄になったと感じるでしょう。

 

<社会保険加入基準の落とし穴>

厚生労働省の社会保険適用拡大特設サイトなどで、社会保険加入基準を再確認してみると、そこには「※フルタイムで働く従業員の週所定労働時間が40時間の企業等の場合」に、「※契約上20時間に満たない場合でも、実労働時間が2ヶ月連続で週20時間以上となり、それ以降も続く見込みのときは、3ヶ月目から加入対象となります」という説明が見られます。

社会保険加入基準のうち、1週間の所定労働時間や1か月の所定労働日数については、就業規則、雇用契約書、労働条件通知書などが一応の基準となります。

しかし、これは実態と書面とで、内容が一致している前提での話です。書面上、社会保険加入基準を満たしていなければ、いくら長時間働いても社会保険に加入しないということではありません。契約についての法律関係は、書面よりも実態を優先して判断されます。

 

<実務の視点から>

社会保険への加入を避けるなどの意図で、一時的に労働時間や労働日数を減らしても、人手不足や採用難という実態もあり、いつの間にか元の労働条件に近づいていくということがあります。

こうした実態が、特殊な事情で、一時的・臨時的に発生し、すぐ解消するということでなければ、実態に合わせて雇用契約書などを改定し、条件を満たせば、社会保険加入手続を行うのが正しいことになります。

この場合には、雇用保険の加入手続も必要となりますので、忘れないようにしましょう。

懲戒権の行使が濫用であり無効とされる場合

2025/06/07|1,511文字

 

<懲戒についての法令の規定>

労働契約法第15条は、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」と規定しています。

また、労働基準法第89条第9号は、就業規則の相対的必要記載事項として「表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項」を挙げていますから、労働契約法第15条の「使用者が労働者を懲戒することができる場合」の条件として、就業規則に規定があることが必須であると考えられています。

このように、懲戒権は就業規則などに法的根拠がなければ行使できないということだけは明確なのですが、どのような場合に懲戒権の濫用となり、懲戒が無効となってしまうのかは、明確になっていません。

 

<最高裁判所の解釈>

フジ興産事件で、最高裁判所は「使用者が労働者を懲戒するためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておかなければならず、それが労働者に拘束力を生ずるためには、その内容を事業場の労働者に周知させる手続をとらなければならない」と述べています。

使用者は就業規則の周知を義務付けられていて、周知されている範囲で就業規則の効力が生ずるというのが、最高裁判所の見解ですから、これに沿った判例といえます。

またネスレ日本事件で、最高裁判所は「懲戒事由に該当する事実が存在する場合でも、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、権利の濫用として無効になる」と述べています。

ここで「客観的に合理的な理由」の存否や、「社会通念上相当」か否かについての判断は、当事者である使用者や労働者ではなく、第三者である裁判所が行うことになります。

このため、客観的な合理性や社会通念上の相当性は、労使で争われ訴訟で決着を見ることになります。

 

<懲戒規定の周知>

国の刑罰権の行使については、罪刑法定主義の原理が働きます。

これは、「ある行為を犯罪として処罰するためには、立法府が制定する法令において、犯罪とされる行為の内容、及びそれに対して科される刑罰を予め、明確に規定しておかなければならない」とする原則です。日本国憲法第31条と第39条が根拠とされています。

社内で行われる懲戒は、刑罰ではないのですが、罪刑法定主義の考えが当てはまります。

どのような行為に対して、どのような懲戒が行われるのか、具体的な内容が示されていなければ、従業員は安心して働けません。使用者がまるで王様のように「悪いことをしたから懲戒解雇だ」と言えるのであれば、労使対等な立場での労働契約は成立しません(労働契約法第3条)。

 

<合理性と相当性>

「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の両方が備わっていない懲戒権の行使は、懲戒権の濫用となるので、その懲戒は無効ということになります。

就業規則に規定さえ置けば、どんな些細な行為でも懲戒の対象となるというのでは、明らかに不合理です。また、些細な非違行為で懲戒解雇というのも、世間一般の考え方からは、かけ離れてしまいます。

ですから、懲戒の対象とされた行為が、懲戒の対象とされることに合理的な理由があるのか、その行為と懲戒とのバランスはとれているのか、ということが問題とされるのです。

これは、使用者側の常識や、労働者側の常識で判断できることではありません。類似する案件についての、最高裁の判例や下級審の裁判例を手がかりに、専門的な判断が必要ということになります。

成長しないことを理由にパート社員を雇止めしても大丈夫か

2025/06/06|1,460文字

 

<成長しないパート社員>

複数のパート社員を雇用していると、自ずからその働きぶりに違いが出てきます。

パート社員にも人事考課制度があって、評価により昇給が異なる職場では、収入にも差が出てきます。

さらに、フルタイムや正社員への登用制度があれば、その差は歴然としてきます。

成長が遅く、後輩に追い抜かれているパート社員については、雇い続けることへの疑問が生じ、「契約の更新をやめて、別の人を新たに採用したほうが良いのではないか」と考えるようになるかもしれません。

 

<雇止めの有効要件>

契約を更新しないで雇止めするのは、解雇の一種ですから、解雇予告期間を置いたり解雇予告手当を支払ったりの必要があります。〔労働基準法第20条〕

また、一定の場合に「使用者が(労働者からの契約延長の)申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす」という抽象的な規定があります。〔労働契約法第19条〕

成長しないことを理由に雇止めをするには、この条文の中の「客観的に合理的な理由」というのが特に問題となります。

なぜなら、成長しないことを理由に時給を据え置くことは客観的に合理的でありうるのですが、時給を下げること、ましてや雇止めをすることは、合理的な理由があるとは言い難いからです。

 

<契約更新の条件が示されている場合>

労働条件通知書には、契約更新の有無、更新する/しない場合の条件を明示することになっています。

たとえば、職能ランクや職務ランクが設定されていて、半年以内に一定のランクに到達することが契約更新の条件となっていて、成長に必要な研修や指導も行われているとします。

これにもかかわらず、本人の意欲不足など個人的な事情で一定のランクに到達しなかった場合には、雇止めも「合理的な理由」があることになります。

これは、採用時にこうしたことを具体的に説明しておけば、労働契約の内容となっているものと考えられます。

 

<最低賃金との関係で>

たとえば東京都では、2014年10月の最低賃金は888円でした。

これが、2024年10月からは1,163円になっています。

実に31%の上昇です。

2年前に、成長を期待して時給1,100円で採用したパート社員について、全く成長が見られず、周囲の負担となっていて、これからの成長が期待できないとしても、雇っているからには1,163円以上の時給でなければ違法になるわけです。

会社としては、こうした事態を避けたいわけですから、契約更新の条件を設定する場合、「最低賃金を下回るような職能ランク・職務ランクに該当する場合には契約を更新しない」という内容も加えておくべきでしょう。

 

<実務の視点から>

「成長しないこと」を理由に雇止めを検討する場合には、自己責任が前提となっています。

つまり、家庭に解消し難いトラブルが続いていて業務に集中できない、休日に体力を消耗するボランティア活動を長時間行っていて勤務中にスタミナ切れになる、そもそも自分の業務に関心が持てないなど、本人に責任のあることで「成長しないこと」が前提となっています。

しかし、パワハラやセクハラ、指導不足などがあって、「成長しないこと」の責任が会社側にもある場合には、安易に雇止めができません。

やはり、契約更新などの機会をとらえた定期面談や聞取り調査の結果から、「成長しないこと」の原因を探っておくことが必要になってきます。

フレックスタイム制に必要な就業規則と労使協定

2025/06/05|2,136文字

 

<フレックスタイム制>

フレックスタイム制は、1日の労働時間の長さを固定的に定めず、最長3か月以内の一定の期間の総労働時間を定めておき、労働者はその総労働時間の範囲で各労働日の労働時間を自分で決め、その生活と業務との調和を図りながら、効率的に働くことができる制度です。〔労働基準法第32 条の3

あくまでも労働基準法の範囲内で認められる特例ですし、導入するには就業規則と労使協定での規定が必要です。

ここを省略して運用すると違法ですし無効になります。

 

<就業規則の規定>

モデル就業規則の最新版(令和5(2023)年7月版)にはフレックスタイム制の規定例が見当たらないのですが、労働基準監督署などで配布される「フレックスタイム制の適正な導入のために」というパンフレットには、次のような規定例があります。

 

 (適用労働者の範囲)

第○条 第○条の規定にかかわらず、企画部に所属する従業員にフレックスタイム制を適用する。

第○条 フレックスタイム制が適用される従業員の始業および終業の時刻については、従業員の自主的決定に委ねるものとする。ただし、始業時刻につき従業員の自主的決定に委ねる時間帯は、午前6時から午前10 時まで、終業時刻につき従業員の自主的決定に委ねる時間帯は、午後3時から午後7時までの間とする。

  ② 午前10 時から午後3時までの間(正午から午後1時までの休憩時間を除く。)については、所属長の承認のないかぎり、所定の労働に従事しなければならない。  

 (清算期間及び総労働時間)

第○条 清算期間は1箇月間とし、毎月26 日を起算日とする。   

  ② 清算期間中に労働すべき総労働時間は、154 時間とする。  

 (標準労働時間)

第○条 標準となる1日の労働時間は、7時間とする。  

 (その他)

第○条 前条に掲げる事項以外については労使で協議する。

 

あくまでも規定例ですから、これをそのまま使うのではなく、それぞれの職場に合わせて修正することが必要です。

その際、法令の制限を超えた修正をしてしまうと、その部分は無効になってしまいます。

不安があれば、運用を含め社会保険労務士にご相談ください。

 

<労使協定の規定>

労使協定には、次の各項目を定めます。

 

・対象となる労働者の範囲

 対象となる労働者の範囲は、全社員、特定の部署、特定の部署の一部の社員、あるいは個人ごとに指定することもできます。

 

・清算期間

清算期間とは、労働者が労働すべき時間を定める期間のことで、清算期間の長さは、現在の法律では3か月以内に限ります。

1か月を超える期間とすると運用が複雑になりますから、賃金の計算期間に合わせて1か月とするのが一般的です。

 

・清算期間における起算日

 毎月1日から月末まで、16 日から翌月15日までなど、清算期間を明確にする必要があります。

 

・清算期間における総労働時間

清算期間における所定労働時間のことです。

 この時間は、清算期間を平均し、1週間の労働時間が40 時間(特例措置対象事業場は44 時間)以内になるように定めなければなりません。

 ここで、特例措置対象事業場とは、常時10 人未満の労働者を使用する商業、映画・演劇業(映画の製作の事業を除く。)、保健衛生業、接客娯楽業のことです。

 一般には、40時間 ÷ 7日 × 暦の日数 で計算されます。

 暦の日数が30日の月なら、171.4時間となります。

 1か月単位でみて制限を上回ってはいけませんから、端数は切捨てで設定します。

 

・標準となる1日の労働時間

 フレックスタイム制の対象労働者が年次有給休暇を1日取得した場合には、その日に標準となる1日の労働時間労働したものとして取扱うことが必要です。

 

・コアタイム

 コアタイムは、労働者が出勤日に必ず働かなければならない時間帯です。設けないことも可能です。

 なるべく短い方が、フレックスタイム制の効果は大きくなりますが、会社の労務管理の都合も考えて設定しましょう。

 特定の日や曜日だけコアタイムを変えたり、コアタイムを1日の中に複数設けることも可能です。

 

・フレキシブルタイム

 労働者が勤務できる時間帯に制限を設ける場合は、その開始時刻と終了時刻を定める必要があります。

 労働者の勤務時間を30分単位で区切り、その中から選ぶような仕組はできません。

 

<残業時間の計算>

「清算期間における総労働時間」を超えて勤務した時間が残業時間ですから、時間外割増賃金の支払対象となります。清算期間が1か月であれば、1日や1週単位での計算は不要です。

ここが、賃金計算上のメリットになります。

ただし、1週間丸々出勤した場合には、法定休日出勤の賃金を別に計算し、フレックスタイム制での労働時間には加えません。

また、精算期間内の残業時間を、次の精算期間の早帰りなどで相殺することはできません。

清算期間をまたいでしまっては、清算期間の意味がありません。

また、賃金の全額払いの原則〔労働基準法第24条第1項本文〕にも反します。

労働時間が「清算期間における総労働時間」に足りないときは、その時間分だけ欠勤控除をすることになりますが、年次有給休暇の取得によって総労働時間を補うことも多いでしょう。

定年後の再雇用トラブルの原因と予防法

2025/06/04|1,319文字

 

<就業規則の規定>

厚生労働省が公表しているモデル就業規則の最新版(令和5(2023)年7月版)では、定年を満60歳とする場合の例として次のような規定が示されています。

 

[例3](定年等) 

第51条  労働者の定年は、満60歳とし、定年に達した日の属する月の末日をもって退職とする。

2 前項の規定にかかわらず、定年後も引き続き雇用されることを希望し、解雇事由又は退職事由に該当しない労働者については、満65歳までこれを継続雇用する。

 (以下略)

 

定年後の再雇用については、多くの企業で似たような規定を置いていると思われます。

 

<本人の希望>

「定年後も引き続き雇用されることを希望」の部分にトラブルの原因が隠れています。

定年退職後に、退職者から「再雇用を希望していたのに退職させられた。これは不当解雇である」と主張されることがあります。

具体的には、再雇用されていれば得られたはずの賃金と慰謝料の支払を、会社に対して求めてくるわけです。

このとき、会社が「離職票に署名してある」と主張しても、退職者は「ハローワークで手続できなくなると脅されて不本意ながら署名したに過ぎない」と反論するでしょう。

 

このような言った/言わないのトラブルを防ぐために、再雇用の希望を書面で提出するルールにしている会社もあります。

しかし、退職者が提出したと言い、会社側が提出を受けていないと言うのでは、結局トラブルになってしまいます。

 

こうしたトラブルを防ぐためには、「再雇用確認書」のような書式を準備しておき、定年の2か月前までに希望の有無を記入して提出してもらうなどの運用にする必要があります。

つまり、希望しても希望しなくても、定年を迎える社員から所定の書面を提出してもらい、再雇用の希望の有無がわかるようにしておくわけです。

 

<再雇用できない理由>

たとえ本人が希望しても、「解雇事由又は退職事由に該当」する労働者であれば、会社は再雇用を拒めるという部分にもトラブルの火種が隠れています。

そもそも、定年を迎える直前になって解雇事由が発生することは稀ですし、このタイミングで退職事由が発生するというのは、本人が再雇用されずに退職したいという希望を表明している場合ではないでしょうか。

 

実際には、定年の数年前から解雇事由があって、会社側がこれを放置しているというケースがあります。

「あと少しで定年を迎えるから」ということで我慢しているわけです。

たとえば、健康状態が不良でたびたび欠勤しているが治療を受けていない、ルール違反が多くて同じ部署のメンバーに迷惑をかけ続けている、新しい仕事を覚えられず会社が必要としている業務をこなせないといった事情を、会社側が我慢してしまうのです。

こうした場合に、定年と共に普通解雇や懲戒解雇を言い渡すというのは不合理です。

本人にしてみれば、今まで不問に付されていたのに、定年のタイミングで解雇されるというのは納得できません。

 

「あと少しで定年を迎える」社員も、若い社員と同じように、問題点があれば注意・指導し改善が見られなければ、普通解雇や懲戒解雇を検討すべきです。

少し厳しいようにも思われますが、再雇用トラブルを防ぐには必要なことなのです。

定時決定(算定基礎届)の対象となる人・ならない人

2025/06/03|645文字

 

<対象となる人>

定時決定(算定基礎届)は原則として、その年の71日現在、社会保険の加入者(被保険者)である人全員が対象になります。

・531日までに加入(資格取得)した人で、71日現在も加入者(被保険者)である人

・71日かこれ以降に、退職や勤務時間の減少などにより脱退(資格喪失)する人(資格喪失日でいうと72日かこれ以降)

・休職中、育児休業中、介護休業中、欠勤中の人

・刑事施設や労役場などに拘禁中の人

なお、定時決定という手続のために提出する届を算定基礎届といいます。

 

<対象とならない人>

・61日かこれ以降に、加入(資格取得)した人

・630日かこれ以前に、退職や勤務時間の減少などにより脱退(資格喪失)した人(資格喪失日でいうと71日かこれ以前)

・7月~9月に月額変更届、産前産後休業終了時変更届、育児休業等終了時変更届を提出する予定の人

なお、随時改定という手続のために提出する届を月額変更届といいます。

 

<見込みや予定が変わった人>

・算定基礎届を提出する時点では、8月か9月に月額変更届を提出する見込みだったが、その後、残業代や通勤手当などの変動により、月額変更届を提出しないことになった場合には、遅れて算定基礎届を提出することになります。

・算定基礎届を提出する時点では、8月か9月に月額変更届を提出する見込みではなかったが、その後、残業代や通勤手当などの変動により、月額変更の条件を満たすことになった場合には、算定基礎届の提出とは別に月額変更届を提出することになります。

残業代が多い時期の随時改定(月額変更届)

2025/06/02|715文字

 

<定時決定(算定)での特例>

従来から業務の性質上、4月~6月の3か月間の報酬をもとに算出した標準報酬月額と、前年7月~当年6月までの1年間の報酬の月平均額によって算出した標準報酬月額との間に2等級以上の差があり、この差が業務の性質上、例年発生することが見込まれる場合には、申し立てにより、過去1年間の月平均報酬月額により標準報酬月額を算定することができるようになっています。

社会保険料の定時決定(算定)では、4月~6月の3か月間の報酬をもとに標準報酬月額を算出するのが原則ですが、この3か月間だけ極端に残業代が多かったり少なかったりすると、著しく不当な標準報酬月額となるため、これを避けるために年平均の額で計算することができるわけです。

これは、事業主の申立書と本人の同意等を提出することによって行います。

 

<随時改定(月変)での特例>

こうした定時決定(算定)でのやり方が、通達により平成30(2018)年10月以降の随時改定(月変)にも適用されています。

これにより業務の性質上、繁忙期に残業代の増加が著しく、この時期に昇給したような場合で、通常の随時改定(月変)では著しく不当になる場合には、年間平均によることができます。

年間平均で随時改定(月変)を行うには、次の条件を満たす必要があります。

・現在(改定前)の標準報酬月額と、通常の随時改定による報酬月額に2等級以上の差がある。

・非固定的賃金を年間平均した場合の3か月の報酬月額の平均が、通常の随時改定による報酬月額と2等級以上差がある。

・現在の標準報酬月額と、年間平均した場合の報酬月額との差が1等級以上ある。

・繁忙期に残業が集中するなどの傾向が、業務の性質上、例年見込まれる。

 

基礎年金の底上げ案—制度の背景と今後の課題

2025/06/01|1,241文字

 

<なぜ「底上げ」が必要なのか>

日本の年金制度は、少子高齢化と経済成長の鈍化により、将来的な給付水準の低下が懸念されています。

特に「基礎年金(国民年金)」は、厚生年金に加入していない自営業者や非正規労働者にとって老後の生活を支える重要な柱ですが、2024年の財政検証では、2057年には現在の約7割まで給付水準が下がる可能性が示されました。

このような状況を受け、2025年5月、自民・公明・立憲民主の3党は、基礎年金の給付水準を将来的に底上げするための法案修正に合意しました。

 

<改革案の概要>

今回の合意では、以下のような内容が盛り込まれています。

・財源として厚生年金の積立金を活用

・厚生年金の給付が一時的に減少することへの緩和策も併記

・2029年の財政検証の結果に基づき、基礎年金の給付水準が一定以下に低下すると判断された場合に、底上げ措置を実施

この仕組みは「トリガー方式」と呼ばれ、実際に給付水準が下がった場合にのみ発動される仕組みです。

 

<期待される効果とメリット>

非正規雇用が多く、厚生年金の加入期間が短い「就職氷河期世代」にとって、基礎年金の底上げは老後の生活保障を強化する重要な施策です。

将来の年金水準がある程度保証されることで、若年層の老後不安を和らげ、制度への信頼回復にもつながります。

基礎年金の底上げは、制度全体の持続可能性を高め、世代間の格差是正にも寄与します。

 

<課題と懸念点>

底上げには年間1〜2兆円規模の国費が必要とされており、財源確保が大きな課題です。厚生年金の積立金を活用する案には、会社員や高所得層から「流用だ」との批判もあります。

厚生年金の積立金を基礎年金に回すことで、現役世代の給付が一時的に減少する可能性があり、世代間の不公平感が生じる懸念があります。

実際の底上げは2029年の財政検証の結果次第であり、現時点では具体的な給付増額の規模や時期は未定です。

 

<今後の展望>

今回の法案は、年金制度改革における大きな一歩と評価されていますが、制度の持続性と公平性を両立させるためには、以下のような取り組みが求められます。

・追加財源の検討:増税、保険料引き上げ、歳出削減などの選択肢を含めた議論が必要。

・制度の透明性向上:国民への丁寧な説明と情報公開が不可欠。

・超党派での継続的な協議:政治的な対立を超えた合意形成が求められます。

 

<解決社労士の視点からは>

基礎年金の底上げ案は、将来の年金給付水準の低下を防ぎ、特に就職氷河期世代や若年層の老後不安を軽減するための重要な政策です。

一方で、財源確保や世代間の公平性といった課題も多く、今後の国会審議や2029年の財政検証を通じて、より具体的な制度設計が求められます。

この改革が、すべての世代にとって安心できる年金制度の実現につながるかどうか、引き続き注視が必要です。

就職氷河期世代の皆さんからすれば、いつ、いくら貰えるか、確実性のない老齢年金の法改正よりは、今の生活を支えてくれる政策や法改正を期待したいところです。

障害者手帳と障害年金とでは基準が違います

2025/06/01|1,377文字

 

<障害者手帳>

障害のある人が取得できる手帳全体を障害者手帳と呼んでいます。

この手帳を取得することで、各種福祉サービスを受けることができます。

大まかに分類すると、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳に分かれます。

取得するには、市区町村への申請が必要であり、申請の方法が市区町村によって異なっていたり、手続が複雑であったりします。

そして、手帳の名称も全国で統一されているわけではありません。

このように、障害者手帳は全国統一の制度ではありません。

 

<障害年金>

障害年金は、病気やケガによって生活や仕事などが制限されるようになった場合に、受け取ることができる年金です。

障害年金には「障害基礎年金」「障害厚生年金」があり、病気やケガで初めて医師の診療を受けたとき(初診日)に国民年金に加入していた場合は「障害基礎年金」、厚生年金に加入していた場合は「障害厚生年金」が請求できます。

このことから、障害年金を受け取ろうとする場合には、初診日を証明する必要があります。

初診日が分からなければ、障害基礎年金と障害厚生年金のどちらを受けるかが確定しないからです。

障害年金は障害の程度により、障害基礎年金が1級と2級、障害厚生年金が1級から3級に区分されて支給されます。

また、障害厚生年金に該当する状態よりも軽い障害が残ったときは、障害手当金(一時金)を受け取ることができる制度があります。

さらに、障害年金を受け取るには、年金の納付状況などの条件(保険料納付要件)が設けられています。

このように障害年金には、初診日の証明や保険料納付要件がありますので、障害者手帳を取得できたとしても、障害年金を受給できないことがあるのです。

 

<障害基礎年金の保険料納付要件>

国民年金に加入している間、または20歳前(年金制度に加入していない期間)、もしくは60歳以上65歳未満(年金制度に加入していない期間で日本に住んでいる間)に、初診日(障害の原因となった病気やケガについて、初めて医師または歯科医師の診療を受けた日)のある病気やケガで、法令により定められた障害等級表(1級・2級)による障害の状態にあるときは障害基礎年金が支給されます。

この障害基礎年金を受けるためには、初診日の前日において、次のいずれかの要件を満たしていること(保険料納付要件)が必要です。ただし、20歳前の年金制度に加入していない期間に初診日がある場合は、納付要件はありません。

(1)初診日のある月の前々月までの公的年金の加入期間の3分の2以上の期間について、保険料が納付または免除されていること

(2)初診日において65歳未満であり、初診日のある月の前々月までの1年間に保険料の未納がないこと

 

<障害厚生年金の支給>

厚生年金に加入している間に初診日のある病気やケガで障害基礎年金の1級または2級に該当する障害の状態になったときは、障害基礎年金に上乗せして障害厚生年金が支給されます。

また、障害の状態が2級に該当しない程度の軽い障害のときは3級の障害厚生年金が支給されます。

なお、初診日から5年以内に病気やケガが治り、障害厚生年金を受けるよりも軽い障害が残ったときには障害手当金(一時金)が支給されます。

この障害厚生年金・障害手当金を受けるためには、障害基礎年金の保険料納付要件を満たしていることが必要です。

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