2025/06/07|1,511文字
<懲戒についての法令の規定>
労働契約法第15条は、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」と規定しています。
また、労働基準法第89条第9号は、就業規則の相対的必要記載事項として「表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項」を挙げていますから、労働契約法第15条の「使用者が労働者を懲戒することができる場合」の条件として、就業規則に規定があることが必須であると考えられています。
このように、懲戒権は就業規則などに法的根拠がなければ行使できないということだけは明確なのですが、どのような場合に懲戒権の濫用となり、懲戒が無効となってしまうのかは、明確になっていません。
<最高裁判所の解釈>
フジ興産事件で、最高裁判所は「使用者が労働者を懲戒するためには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておかなければならず、それが労働者に拘束力を生ずるためには、その内容を事業場の労働者に周知させる手続をとらなければならない」と述べています。
使用者は就業規則の周知を義務付けられていて、周知されている範囲で就業規則の効力が生ずるというのが、最高裁判所の見解ですから、これに沿った判例といえます。
またネスレ日本事件で、最高裁判所は「懲戒事由に該当する事実が存在する場合でも、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することができないときには、権利の濫用として無効になる」と述べています。
ここで「客観的に合理的な理由」の存否や、「社会通念上相当」か否かについての判断は、当事者である使用者や労働者ではなく、第三者である裁判所が行うことになります。
このため、客観的な合理性や社会通念上の相当性は、労使で争われ訴訟で決着を見ることになります。
<懲戒規定の周知>
国の刑罰権の行使については、罪刑法定主義の原理が働きます。
これは、「ある行為を犯罪として処罰するためには、立法府が制定する法令において、犯罪とされる行為の内容、及びそれに対して科される刑罰を予め、明確に規定しておかなければならない」とする原則です。日本国憲法第31条と第39条が根拠とされています。
社内で行われる懲戒は、刑罰ではないのですが、罪刑法定主義の考えが当てはまります。
どのような行為に対して、どのような懲戒が行われるのか、具体的な内容が示されていなければ、従業員は安心して働けません。使用者がまるで王様のように「悪いことをしたから懲戒解雇だ」と言えるのであれば、労使対等な立場での労働契約は成立しません(労働契約法第3条)。
<合理性と相当性>
「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」の両方が備わっていない懲戒権の行使は、懲戒権の濫用となるので、その懲戒は無効ということになります。
就業規則に規定さえ置けば、どんな些細な行為でも懲戒の対象となるというのでは、明らかに不合理です。また、些細な非違行為で懲戒解雇というのも、世間一般の考え方からは、かけ離れてしまいます。
ですから、懲戒の対象とされた行為が、懲戒の対象とされることに合理的な理由があるのか、その行為と懲戒とのバランスはとれているのか、ということが問題とされるのです。
これは、使用者側の常識や、労働者側の常識で判断できることではありません。類似する案件についての、最高裁の判例や下級審の裁判例を手がかりに、専門的な判断が必要ということになります。