雇入時健康診断を実施しないとこうなる

2025/09/21|1,551文字

 

雇入時健康診断は、労働安全衛生法第66条に基づき、常時使用する労働者を雇い入れる際に事業者が実施しなければならない法定の健康診断です。これを怠ると、企業・労働者双方に多くのリスクが生じます。

 

<法令違反による行政指導・罰則>

労働安全衛生法では、雇入時健康診断の実施が義務付けられており、違反した場合は労働基準監督署からの指導・是正勧告の対象となります。

主なリスクとしては、行政指導や是正勧告の他、場合によっては企業名の公表、悪質な場合は50万円以下の罰金(法第120条)が科せられるなどがあります。

企業のコンプライアンス意識が疑われ、信用低下や取引先・顧客からの信頼喪失、採用の困難につながる可能性があります。

 

<健康リスクの見逃しによる労災・損害賠償>

雇入時に健康状態を把握していないと、既往症や持病を見逃し、業務に支障をきたす可能性があります。

主なリスクとしては、持病の悪化による業務中の体調不良・事故、適性に合わない業務への配置による健康障害、労災認定時に「企業の安全配慮義務違反」とされる可能性などがあります。

労働者が健康を害した場合、企業は損害賠償責任を問われることがあります。特に、診断未実施が原因とされると、過失が重く見られます。

 

<配置ミスによる業務効率の低下>

健康診断は、労働者の体力・持病・精神状態などを把握し、適切な業務配置を行うための重要な情報源です。

主なリスクとしては、体力的に不向きな業務に配置してしまう、精神的負荷の高い業務によるメンタル不調、業務遂行能力のミスマッチによる生産性低下などがあります。

これでは業務効率が下がるだけでなく、職場内のフォロー体制が逼迫し、他の従業員への負担増にもつながります。

 

<採用後のトラブル・早期離職>

健康状態を把握せずに採用すると、労働者本人が業務に適応できず、早期離職や職場トラブルの原因になることがあります。

具体的には、採用後に持病が発覚し業務遂行が困難になる、労働者が「健康状態を考慮してもらえなかった」と不満を持つ、採用ミスマッチにより離職率が上昇するなどがあります。

採用・教育にかけたコストが無駄になるだけでなく、職場の安定性やチームワークにも悪影響を及ぼします。

 

<社内の健康管理体制への不信感>

雇入時健康診断は、企業が労働者の健康を重視しているかどうかを示す象徴的な取り組みです。

従業員が「健康は自己責任」と感じる職場風土が形成され体調不良が放置される、健康管理に対する企業の姿勢への不信感が生まれる、メンタルヘルスや長時間労働への対応力の疑念が生じるなどのリスクがあります。

こうして従業員の定着率やエンゲージメントに悪影響を及ぼし、優秀な人材の流出につながる可能性があります。

 

<採用選考の公平性・透明性の欠如>

健康診断を通じて、業務遂行に支障がないかを確認することは、採用の公平性を保つ上でも重要です。

健康状態に起因する差別的対応が発生する、採用基準が不明確になり選考の信頼性が低下する、採用後のトラブルが「不適切な選考」として問題化するといったことを防止できます。

結局、採用プロセス全体の信頼性が損なわれ、企業の人事制度に対する疑念が生じる可能性が低減します。

 

<雇入時健康診断は「予防」と「信頼」の要>

雇入時健康診断を実施しないことは、法令違反にとどまらず、企業経営・人材定着・職場の安全衛生に深刻な影響を及ぼします。診断の目的は単なる「健康チェック」ではなく、企業と労働者の双方が安心して働ける環境を整えることにあります。

社会保険労務士としては、以下のような支援が可能です。

・健康診断の実施体制の整備支援

・法令に基づく診断項目の確認と運用指導

・健康診断結果の活用方法(配置・安全配慮)の助言

・健康管理に関する社内啓発資料の作成

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