2025/09/02|1,241文字
<判決の概要:少額横領でも解雇は有効か?>
労働契約法第16条は、解雇が「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は無効と定めています。つまり、解雇の有効性は「理由の合理性」と「社会的相当性」の両面から判断されます。
この基準に照らして、東京地裁や高裁で争われた事案では、従業員が1,000円相当の会社財産を無断で持ち出した行為が「横領」に該当するとされ、会社が懲戒解雇したところ、裁判所はその解雇を有効と判断しました。
<判決の射程範囲とは?>
「射程範囲」とは、この判決が他の事案にどの程度影響を及ぼすか、つまりどのようなケースに類推適用できるかを意味します。以下の観点から整理できます。
- 金額の多寡よりも「信頼関係の破壊」が重視される
判決は、金額が少額であっても「横領」という行為が企業秩序を著しく損なうと判断しました。
特に、金銭や物品の管理を任されていた立場での不正行為は、信頼関係の根幹を揺るがすとしています。
よって、金額が1,000円であっても、懲戒解雇が「社会通念上相当」と認められる余地があるとしたのです。
- 業務内容・職務の性質が重要
金銭管理や顧客対応など、信頼性が重視される職種では、少額でも不正行為は重大な背信行為と評価されやすくなります。
一方、現場作業など直接的な金銭管理を伴わない職種では、同様の行為でも懲戒解雇が無効とされる可能性があります。
- 会社の対応・手続の適正性
事前の注意喚起や就業規則の整備、懲戒手続の適正な運用がなされているかも重要です。
本件では、会社が就業規則に基づき、懲戒委員会を経て解雇を決定しており、手続的にも問題がありませんでした。
<実務への影響と留意点>
この判決は、企業にとって「少額だからといって不正行為を容認する必要はない」というメッセージを含んでいます。ただし、以下の点に注意が必要です。
- 解雇の有効性は個別具体的に判断される
判例はあくまで「事案ごとの判断」であり、安易な一般化はできません。金額だけでなく、動機・態様・反省の有無・会社の対応などが総合的に考慮されます。
同じ1,000円の横領でも、初犯かつ反省している場合と、常習的かつ隠蔽工作をしている場合とでは評価が異なります。
- 就業規則の整備が不可欠
懲戒事由として「横領・窃盗等の不正行為」が明記されていること。
懲戒処分の種類と手続が明確であること。
従業員に周知されていること。
- 社会的相当性の判断は厳格
裁判所は「解雇は労働者にとって重大な不利益」であることを前提に、慎重に判断します。
よって、企業側は「信頼関係の破壊」「企業秩序への影響」「再発防止の必要性」などを具体的に主張・立証する必要があります。
<実務の視点から>
この判決は、企業秩序の維持と信頼関係の保護を重視する姿勢を示したものです。少額だからといって不正行為が許容されるわけではなく、企業としては毅然とした対応が求められます。ただし、解雇は最も重い処分であるため、慎重な判断と適正な手続が不可欠です。