2022/06/17|1,407文字
<揺れ動く判断基準>
従業員が不都合な行動に出た場合、それが就業規則に定められた禁止行為であったり、義務違反であったりして、個々の具体的な懲戒規定に当てはまるものであれば、懲戒処分を検討することになります。
しかし人手不足の折、たとえ従業員の落ち度であっても、けん責処分、減給処分、出勤停止などすれば、気を悪くして退職してしまい、会社に大きな痛手となるかもしれません。
こうして、人手が余っているときには懲戒処分が多発し、人手不足の場合には多少のことに目をつぶるという企業の態度が見られることもあります。
一方で、従業員の方も、人手が余っているときには品行方正を保ち、人手不足のときには強い態度に出るということがあります。
<情状酌量の考え方>
モデル就業規則の最新版(令和3(2021)年4月版)は、次のように規定しています。
(懲戒の事由)
第66条 2 労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、第51条に定める普通解雇、前条に定める減給又は出勤停止とすることがある。 |
本来は懲戒解雇に該当するような行為があっても、平素の服務態度その他の情状によっては、減給や出勤停止にとどめることがあると規定しています。
ここでの「情状」は、あくまでも懲戒対象者個人の情状です。
また、重大な過失により会社に重大な損害を与えたが、ミスがあってはならない仕事を1人の従業員に任せていて、チェック体制が整っていなかったというような事情があった場合には、会社側にも落ち度があって、従業員だけに責任を負わせるわけにはいかないので、こうした事情を斟酌して情状酌量するということがあります。
<懲戒処分の有効性>
懲戒処分の有効性については、労働契約法に次の規定があります。
(懲戒)
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。 |
無効とされれば、懲戒処分から生じた従業員の損害は、慰謝料を含め会社に請求されることとなります。
裁判にでもなれば、従業員の会社に対する信頼や、世間からの評判は大いに低下することでしょう。
人手不足のときに懲戒処分の対象とせず見逃していた行為を、人手が足りているときに懲戒処分の対象としたなら、これは会社側の都合でそのようにしたわけであって、「客観的に合理的な理由」や「社会通念上相当」であることは否定されてしまいます。
人手不足のときに軽い懲戒処分、人手が足りているときに重い懲戒処分というのも同様です。
どちらも、その懲戒処分は無効になってしまいます。
<ご都合主義の排除>
その時々の社内事情により、懲戒処分の判断基準を変えてしまうことは危険です。
なぜなら、過去に許されていた行為が許されないと判断されたり、過去に軽い処分で済んでいた行為が重く処分されたりというのは、労働契約法第15条により無効になってしまうからです。
会社が「人手不足だから多少のことは大目に見る」という態度を取っていれば、従業員は足元を見てしまい、会社の規律は保たれなくなります。
これでは労働生産性が低下してしまいます。
人手不足だからこそ、懲戒規定の運用は厳格にしなければなりません。