就労意思の喪失と解雇

2026/07/04|1,473文字

 

令和7年に相次いで出された裁判例の中で示された「就労意思の喪失」による黙示の退職合意の認定が、解雇訴訟の実務を大きく変えつつあります。

従来、解雇が無効とされると、使用者は判決確定までの賃金(バックペイ)を支払う必要があり、訴訟が長期化するほど負担が増大するという不合理な面がありました。

しかし最近の裁判例は、元従業員が他社で安定就労し、旧職場への復帰意思を示さない場合には、一定時点で就労意思が喪失されたと認定し、バックペイを打ち切る判断を示しています。

 

 ■ 主要3事件の概要と判断

 

  • にし山事件(東京地裁令和7年3月26日)

原告は解雇後に撤回を求めたものの、その後約1年10か月間全く連絡せず、別会社で継続就労していました。裁判所は、長期不争い・安定就労・旧職場への不満などから、遅くとも令和5年6月30日に就労意思喪失と認定されました。

バックペイは約1年半分に限定され、さらに中間収入控除が適用されました。

 

  • フィリップス・ジャパン事件(東京高裁令和7年5月15日)

原告は解雇後にA社へ就職。地裁は就労意思喪失を否定し約2年分のバックペイを認めましたが、高裁は「A社での試用期間終了時点で旧職場に戻る意思はない」と判断しました。

A社の高待遇・育休取得・旧職場での能力評価の低さなどから、試用期間終了時点で就労意思喪失と認定し、バックペイは6か月分に大幅縮減されました。

 

  • 双龍産業事件(東京地裁令和7年9月11日)

原告は不当労働行為救済申立てを取り下げた後、1年半以上復職を求める行動を取らず、新たな職場で就労していました。裁判所は、救済申立て取下げという積極的行動を重視し、翌日を就労意思喪失日と認定しました。

バックペイは約8か月分に限定されました。

 

■ 裁判所が重視した「就労意思喪失」の要素

 

3つの事件を比較してみると、以下の要素が共通して重視されています。

 

  1. 他社での安定・継続的な就労

試用期間中は例外的に意思喪失を否定する傾向があります。

 

  1. 解雇争訟手続の取下げ・長期不争い

代理人が就任しているのに訴訟提起しない場合は特に不利となります。

 

  1. 旧職場への復職意思の不表明

復職申入れや交渉がないことが強く評価されます。

 

  1. 新就労先の待遇・安定性

待遇が良い場合はもちろん、低くても継続就労していれば意思喪失が認められます。

 

これらの事情が重なると、就労意思喪失が認定されやすくなります。

 

 ■ 「実質的な解雇金銭解決制度」としての機能

 

この法理は、形式上は退職合意の認定ですが、実質的には以下の効果を持ちます。

・バックペイが無限に積み上がらず、就労意思喪失時点で打ち切り

・地位確認請求も否定される可能性が高い

・和解交渉での解決金水準が現実的になり、長期化の非対称性が緩和

こうして、従来の「訴訟が長引くほど労働者側が有利」という構造が変わりつつあります。

 

 ■ 使用者側の実務対応

 

  1. 元従業員の再就職状況の調査・把握

SNS・公開情報・業界関係者への確認など適法な範囲で情報を収集します。

 

  1. 職場復帰提案(職場復帰検討書)の活用

応答の有無が就労意思喪失の重要証拠となります。

 

  1. 長期不争いの主張・証拠化

代理人就任時期も含めて不作為が明確化されています。

 

  1. 中間収入控除の厳格な主張

資料提出を求め、控除額を最大化しています。

 

令和7年の3つの裁判例は、解雇訴訟における新たな方向性を示しています。これによって、使用者側がバックペイリスクを大幅に軽減できる可能性を開きました。

今後は、再就職状況の把握・復職提案・不争い期間の立証などを組み合わせた戦略的対応が重要となります。

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