未払賃金が発覚した場合、会社はいつの分まで遡って支払うべきなのか?簡単な話ではないのです。

2024/06/01|1,861文字

 

<未払賃金の発覚>

主に残業代ですが、社内で賃金の未払が発覚することがあります。

従業員から個人的に申出があったり、給与計算担当者が気付いて、多くの従業員に支払い漏れがあったことが発覚したりします。

このような場合に、いつの分まで遡って支払うのかは、画一的な基準がないですし、確立した社内ルールもないでしょう。

 

<これから正しく支払う場合>

毎朝、その部門の誰よりも早く出社し、書類整理や掃除を済ませ、始業時刻前に業務に取りかかっているように見える社員がいたとします。

しかも、本来の始業時刻の1分前にタイムカードを打刻している様子を、1か月にわたって、上司が黙認していたとします。

さすがに疑問に思った上司が、人事部門に相談すれば、「たとえ上司からの明確な指示がなくても、所定の勤務時間外に働いているところを黙認していれば、賃金支払の対象となる」という説明を受けることになります。

そして、上司が早出している社員と面談して事情を聞いたところ、お湯を沸かして魔法瓶に入れたり、自分の飲むお茶を準備したりもしており、必ずしもすべてが業務ではないという説明だったとします。

この場合、上司は「始業時刻前に業務を行わないこと、それをする必要があれば、事前に自分の許可を得ること」を説明し、今後は、正式な早出の時間について、正しくタイムカードを打刻するように指導します。

それまでの労働時間については、本人を含め正しく把握するための資料もないため、これから正しく支払うという対応も不合理ではありません。

 

<労働基準監督署の指導>

労働基準監督署の労働基準監督官が、企業の立入調査(臨検監督)に入り、未払残業代などが発覚すれば、過去2~3か月のタイムカードなど勤怠記録を集計し直して、追加で支払うようにとの指導と、今後は正しく支払うようにとの指導(是正勧告)が行われます。

企業がこうした指導に対応した後、未払残業代の支払を受けた社員が、会社にもっと前の支払を要求したところ、応じてもらえなかったので、労働基準監督署に相談し、労働基準監督署から企業に対して追加で支払うように指導が入るというケースもあります。

こうした実態を踏まえ、未払賃金の存在が発覚した場合に、直近2~3か月分の未払賃金を追加で支払うということも行われています。

 

<訴訟になった場合>

社員が企業を訴え、裁判で未払賃金の支払を求めた場合には、企業側の代理人弁護士が3年間での時効消滅を主張しますから、社員が請求してから遡って3年分の賃金を企業側が支払うことになります。

このとき、社員が未払の悪質性と付加金の支払を求めれば、裁判所が未払賃金と同額の付加金の支払を企業に命じることもあります。

このような場合を想定して、未払賃金の存在が発覚した場合に、過去3年分の未払賃金を追加で支払うということも行われます。

 

<企業側のミスを重く見た場合>

給与計算ソフトの利用を開始した時に、設定を誤っていて、法定時間外労働の賃金が割増になっていなかったことが発覚したような場合、データが確認できる限り遡って精算するということも考えられます。

賃金債権の消滅時効期間は3年間なのですが、時効というのは時効の利益を受ける側が、その利益を受けるという意思表示(援用:えんよう)をすることによって効力を生じます。

社員に落ち度はなく、完全に企業側のミスだからということで、たとえば5年前に遡って、未払賃金を精算することもあるのです。

 

<遡って支払うことの問題点>

可能な限り遡って追加で支払うことが、正義に適うようにも思えます。

しかし、容易に自動計算ができる場合を除き、未払賃金の追加支給のためのデータ集計は、給与計算部門の大きな負担となってしまいます。

しかも、期をまたいで修正する場合には、健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料、労災保険料、所得税、住民税の計算もやり直しが発生します。

さらに、健康保険の傷病手当金や雇用保険の基本手当(昔の失業手当)の支給があれば、これにも影響が生じます。

これらをすべて正しくやり直すというのは、あまりにも手間がかかりすぎるのです。

そして、追加支払の対象者は、在籍している社員に限られません。退職者も対象となります。

こうした事情をすべて加味したうえで、現実的な対応として、どこまで遡って支払うのかは、各企業の政策的判断によるものと考えられます。

企業による画一的な対応に対しては、退職者を含め、各個人から異議の申出もあるでしょう。これへの対応についても、事前にルールを設定しておく必要があります。

PAGE TOP