判例が効力を持つ範囲は限定されています。大阪医科大学事件最高裁判決(令和2年10月13日)

2024/04/08|2,223文字

 

<判例の効力>

判決の先例としての効力は、「判決理由中の判断であって結論を出すのに不可欠なもの」に生じます。

決して、結論部分に効力が生じるものではありません。

最高裁が、特定の判決の中で、「アルバイト職員に賞与を支給しなくても良い」と述べたとしても、すべての企業でアルバイトに賞与を支給する必要がないと判断されたことにはなりません。

 

<事件の争点>

改正前の労働契約法第20条は、次のように定めていました。

 

有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

 

改正前労働契約法第20条は、民事的効力のある規定です。

法の趣旨から、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件を比較したときに、職務の内容、配置の変更の範囲、その他の事情を考慮して、バランスが取れていなければなりません。

「不合理と認められる」相違のある労働条件の定めは無効とされ、不法行為(故意・過失による権利侵害)として損害賠償請求の対象となり得ます。

この事件では、賞与、私傷病による欠勤中の賃金、夏期特別有給休暇の相違が、バランスを欠き不合理ではないかが争点となりました。

 

<最高裁の基本的な考え方>

その法人での賞与等の性質や支給の目的を踏まえて、改正前労働契約法第20条に規定されていた諸事情を考慮することにより、その労働条件の相違が不合理と評価できるか否かを検討すべきである。

これは、賞与の性質や賞与を支給する目的が、企業によって異なることを前提としています。

 

<「職務の内容」>

正職員は、大学や附属病院等のあらゆる業務に携わり、定型的で簡便な作業等ではない業務が大半を占め、中には法人全体に影響を及ぼすような重要な施策も含まれ、業務に伴う責任は大きい。

アルバイト職員の業務は、定型的で簡便な作業が中心であり、相当に軽易であることが窺われる。

両者の職務の内容に、一定の相違があったことは否定できない。

 

<「配置の変更の範囲」>

正職員は、業務の内容の難度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていた。

アルバイト職員の人事異動は、例外的かつ個別的な事情によるものに限られていた。

 

<「その他の事情」>

アルバイト職員には、契約職員、正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられていた。

 

<賞与の性質・目的と結論>

この法人の賞与は、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から支給されている。

この賞与には、労務の対価の後払いや一律の功労報奨の趣旨が含まれる。

本事件のアルバイト職員に賞与が支給されなかったのは、不合理であるとまで評価することはできず、改正前労働契約法第20条に反しない。

 

<私傷病による欠勤中の賃金の性質・目的と結論>

正職員が私傷病で欠勤した場合、6か月間は給与全額が支払われ、その後は休職が命ぜられて、給与の2割が支払われていた。

これは、正職員が長期にわたり継続して就労し、または将来にわたって継続して就労することが期待されることに照らし、正職員の生活保障を図るとともに、その雇用を維持し確保するという目的によるものである。

アルバイト職員は、契約期間を1年以内とし、更新される場合はあるものの、長期雇用を前提とした勤務を予定しているものとは言い難い。

本事件のアルバイト職員も、勤務開始後2年余りで欠勤扱いとなり、欠勤期間を含む在籍期間も3年余りに留まる。また、有期労働契約が当然に更新され契約期間が継続する状況にあったという事情も無い。

よって、本事件のアルバイト職員に、私傷病による欠勤中の賃金が支払われなかったことは、不合理であるとまで評価することはできず、改正前労働契約法第20条に反しない。

 

<夏期特別有給休暇について>

夏期特別有給休暇については、本事件のアルバイト職員の主張が正当であり、法人は日数分の賃金に相当する損害金の支払が必要である。

 

<実務の視点から>

訴訟を提起したアルバイト職員は、「正職員と同じ仕事をしていながら、不合理な差別を受けていた」と考えたわけです。

しかし、正職員の業務のうち難度の高いものについては、アルバイト職員の目に触れない所で行われていた可能性があります。

また、人事異動の実態など、労働条件のバランスの妥当性を考える材料について、アルバイト職員がさほど意識していなかったかもしれません。

現行のパートタイム・有期雇用労働法によって、使用者がパートタイム労働者などから尋ねられたら、正社員との労働条件の違いを説明しなければなりません。

この事件でも、アルバイト職員に対して、正職員との職務の内容、配置の変更の範囲、その他の事情についての相違点を積極的に説明していたならば、訴訟提起に至らなかったように思えます。

管理職は、部下に対して、さまざまな説明義務を負っているのですが、これが疎かにされていると、無用なトラブルを生む火種となります。

会社は、管理職が説明義務を果たせるように教育する必要もあるのです。

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