2024/10/01|1,741文字
<労働時間の定義>
「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」に、労働時間の定義が示されています。
これは、厚生労働省が平成29(2017)年1月20日に策定したものです。
企業が労働時間を管理する場合には、このガイドラインを参考にして行うことになります。
これによると「労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、使用者の明示または黙示の指示により、労働者が業務に従事する時間である」とされています。
最高裁判決にも、労働時間の概念が示されています。
三菱重工長崎造船所事件の判決です。
ガイドラインの定義は、この最高裁判決を参考にしたものです。
こうした定義は、公的なものとして、すでに確定しています。
ですから、各企業で自由に労働時間の定義を定めるわけにはいかないのです。
<黙示の指示>
この労働時間の定義の中の「黙示の指示」とは、一体どのような場合を指すのでしょうか。
黙示(もくし、もくじ)という言葉は、暗黙のうちに意思や考えを表すことをいいます。
具体的に、どのような行為が「暗黙のうちに指示を出した」と評価されるのか、その判断がむずかしいのです。
特に、労働者が「自主的に」残業しているように見える場合の、残業代支払義務について争われます。
労使でこの点が争われた場合には、最終的には司法判断によって決着がつくことになります。
<裁判で黙示の指示があったとされたもの>
まず、労働者の残業を使用者が黙認しているような分かりやすい黙示の指示の他、残業することを前提とする業務命令が出された場合、時間外に会議が予定される場合など、間接的に残業を指示している場合には、黙示の指示があったものとされます。
これは、労働者が休日に出勤をしていることを知りながら、使用者が注意を与えなかった場合にも認められます。
また、労働者が所定労働時間ではこなし切れない量の業務を抱えていること、所定労働時間の労働だけでは締切に間に合わないことなどを、使用者が把握しておきながら、こうした事情の解消について具体的な指示を出していない場合も、残業することについて、黙示の指示があったものとされます。
また、タイムカード、出勤簿、日報などにより、使用者が労働時間の把握をしておきながら、労働者に対して抑制的な態度を示さず、自己判断での残業などを止めるように指導していない場合には、黙示の指示があったものとされます。
これらの場合には、使用者から明示の指示がなく、労働者から残業の申告などがなければ、残業代の支払は不要であるという勘違いが生ずる危険があります。
<裁判で黙示の指示が無かったとされたもの>
労働者が職場にいるのは、労働に就く目的であることが推定されます。
それだけに、黙示の指示の存在が否定されるのは、むしろ例外であると考えた方が安全でしょう。
ただ、次のような例外的な場合には、裁判例でも黙示の指示が否定されています。
まず、残業禁止の業務命令が発せられ徹底されていた場合、使用者が定時に労働者の帰宅を促していた場合、残業には事前申請を必要とする規定が運用されているにもかかわらず事前申請無く時間外労働に就いていた場合など、残業について厳格な管理が実施されている場合には、黙示の指示が否定されます。
また、客観的に見て時間外労働を必要とするだけの業務を抱えていない場合、業務に就く意思がなく習慣的に早く職場に来てくつろいでいた場合など、時間外労働の指示が想定できない場合にも、黙示の指示が否定されます。
さらに、実習中の労働者が業務の下調べをしていた時間や、仕事に慣れるため自発的に出勤した時間も、それが期待されていることではなかったため、黙示の指示が否定されています。
これらは裁判例ですから、それぞれの具体的な事実に即して判断されているわけであり、一般化することはできませんから注意が必要です。
<実務の視点から>
管理監督者や、その代行者は、無駄な人件費の発生を抑制しなければなりませんし、長時間労働による健康被害の発生防止に努めなければなりません。
「黙示の指示」が発生しないように、部下の動向に目を向け、想定外の勤務に気付けば、声を掛けるということが管理職に期待されているのです。