2025/05/01|1,331文字
<本人が同意しているのなら>
労働契約というのは、使用者と労働者との合意によって成立します。
ですから、労働条件も基本的には両者の合意によって決定されます。
このことからすれば、労働基準法の規定とは違う労働条件とすることについて、労働者本人が同意しているのであれば問題なさそうに思えます。
しかし、採用されたいがために「残業代はいただきません」「年次有給休暇は取得しません」「5年間は退職しません」というような同意書に労働者が署名・捺印したとしても、本心かどうかは怪しいものです。
では、本人が心の底から同意していれば、その労働条件でかまわないのでしょうか。
<任意規定と強行規定>
法令の規定には、任意規定と強行規定とがあります。
任意規定とは、契約の中のある項目について当事者の合意が何も無い場合に、法令の規定が適用されてその空白が埋められるように設けられたものです。
ですから、契約の当事者が任意規定とは違う合意をすれば、その合意の方が優先されて法的効力が認められます。
強行規定とは、当事者の合意があっても排除できない法律の規定です。
つまり、強行規定とは違う合意をしても、この合意に法的効力はありません。
しかし、任意規定なのか、それとも強行規定なのかは、法令そのものに明示されていません。
その規定の趣旨から、解釈によって判断されます。
そして最終的な判断は、裁判所が行います。
一般に、契約書に関する法律の規定は、任意規定が多いとされています。
労働基準法の中の労働契約に関する規定も、任意規定なのでしょうか。
<労働基準法の性質>
憲法は労働者の保護をはかるため、賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定めることにしました。〔日本国憲法第27条第2項〕
こうして定められた法律が労働基準法です。
労働基準法の目的は、使用者にいろいろな基準を示して守らせることによって、労働者の権利を守らせることです。
労働者の同意によって、この基準がくずされてしまったのでは、労働者の権利を守ることはできません。
労働基準法は使用者に対し、とても多くの罰則を設けて、基準を守らせようとしています。
一方で、労働者に対する罰則はありません。
労働者が労働基準法違反で逮捕されることもありません。
こうしたことから、労働基準法の規定は、原則として強行規定であるというのが裁判所の判断です。
<実務の視点から>
退職予定の正社員から「引継ぎ書と業務マニュアルを完成させたいので残業させてください。これは、私が納得のいくものを作成したいという我がままですから、残業代は要りません」という申し出を受けて、会社側がOKを出したとします。
この退職予定者が、毎日残業し休日出勤までして、見事な引継ぎ書と業務マニュアルを残して退職していったとします。
この場合でも、退職後に残業代の支払を求められたら会社は拒めません。
社員は、退職すれば心理的に自由になります。
そして、労働者としての権利を最大限に主張できるのです。
退職した時点では、残業代を放棄するつもりだったのに、その後経済的に困って会社に請求してくるというのは、典型的なパターンになっています。
円満退社の場合でも、決して油断はできないということです。