2023/05/28|1,352文字
<よくある説明>
退職勧奨は、任意の退職を促すだけなので、基本的には会社が自由に行うことができるし、これに応じるか否かも従業員の自由だと説明されます。
しかし、たとえば電車の中で見ず知らずの人に向かって、突然「すみません!1,000円でいいですから貸してください」と話しかければ、話しかけられた人だけでなく、他の乗客たちも不審に思いますし、恐怖を感じる人もいるでしょう。
この場合、お金を貸すか貸さないかは完全に自由だとしても、社会通念上、許される行為とは思えません。
退職勧奨も、会社側から合理的な理由の説明がなく、また何ら身に覚えがないのであれば、従業員はこれに応じるどころか戸惑ってしまいます。場合によっては、精神的損害が発生し慰謝料支払の対象ともなるでしょう。
<退職勧奨の性質>
退職勧奨の法的性質は、申込の誘引であって、使用者が労働者に対し退職の申込をするよう促す行為だとされます。裁判所も、一般的にはこのように解釈しています。
さて、申込の誘引といえば、求人広告が有名です。求人広告は、応募を促す行為であって、労働契約の申込ではないのです。会社は、応募者の中から選考して、採用予定者に労働契約の申込をします。これに応じて、応募者が承諾するか辞退するかは自由です。
<退職勧奨の事実上の要件>
求人広告は、誰かを採用するために出すものです。全く採用の予定がないのに求人広告を出せば、少なくとも応募者には迷惑をかけてしまいます。
また、本当の労働条件よりも良いウソの求人広告を出せば、求人詐欺になってしまいます。
どちらも、許される行為ではありません。
退職勧奨の場合にも、事実上の要件が考えられます。それは、解雇の条件を完全には満たしていないものの、それに近い状況が存在することです。
たとえば、しばしば会社にとって不都合な行為を行う従業員がいて、その行為は就業規則によれば懲戒の対象とはされていないが、職場に多大な悪影響を及ぼしていることは明らかだという場合、懲戒解雇はありえないですが退職勧奨の対象とはなりえます。
またたとえば、ミスが多いのでやり直しに時間がかかり、盛んに質問するので、これを受ける上司や先輩の負担が大きい従業員がいるとします。意欲があり少しは成長しているのなら、能力不足を理由とする普通解雇が相当ではないとしても、退職勧奨の対象とはなりえます。
さらにたとえば、業績悪化が続き、このままでは整理解雇に踏み切らなければならない状況にある会社で、事情を説明して退職勧奨を行うこともありえます。
<退職勧奨してはいけない場合>
解雇の理由がないのに、応じなければ解雇する旨の虚偽の説明をして、退職勧奨を行うのは詐欺ですから許されません。
解雇の理由があって、解雇は気の毒だからなどの理由で、退職勧奨を行うというのは許されることです。しかし、退職勧奨を行ったのに応じなかったので解雇するというのは許されません。
退職勧奨に応じるか否かは、従業員の自由であるため、これに応じなかったところ、解雇を通告されたというのでは、全体として従業員の自由ではなかったことになります。少なくとも従業員には精神的損害が発生しますから、慰謝料の問題が生じてしまいます。
解雇の要件を満たす事案で、あえて退職勧奨を行うことは避けましょう。