労働基準監督署の監督指導による賃金不払残業の是正結果(実例付き)

2021/09/28|3,104文字(長いなぁ)

 

これって労働時間?

 

<是正結果の概要>

厚生労働省は、労働基準監督署が監督指導を行った結果、令和2(2021)年度に不払となっていた割増賃金が支払われたもののうち、支払額が1企業で合計100万円以上である事案を取りまとめ公表しました。

 

【監督指導による賃金不払残業の是正結果(令和2年度)】

1.是正企業数1,062企業(前年度比549企業の減) うち、1,000 万円以上の割増賃金を支払ったのは、112企業(同49企業の減)

2.対象労働者数6万5,395人(同1万3,322人の減)

3.支払われた割増賃金合計額69億8,614万円(同28億5,454万円の減)

4.支払われた割増賃金の平均額は、1企業当たり658万円、労働者1人当たり11万円

 

<不正確な労働時間の把握の問題>

○立入調査(臨検監督)のきっかけ

「出勤の記録をせずに働いている者がいる。管理者である店長はこのことを黙認している。」との情報を基に、労基署が立入調査を実施。

○指導の内容

ICカードを用いた勤怠システムで退社の記録を行った後も労働を行っている者が監視カメラに記録されていた映像から確認され、賃金不払残業の疑いが認められたため、実態調査を行うよう指導。

○企業の一次対応

労働者の正確な労働時間について把握すべく実態調査を行い、不払となっていた割増賃金を支払。

○企業の改善策

・労働基準監督官を講師として、各店舗の管理者である店長を対象に労務管理に関する研修会を実施するとともに、店長以外の従業員に対しても会議等の機会を通じて法令遵守教育を行い、賃金不払残業を発生させない企業風土の醸成を図った。

・社内コンプライアンス組織の指導員を増員して、店舗巡回を行い、抜き打ち調査を行うことにより勤怠記録との乖離がないか確認することとした。

●ポイント

管理職としては、自部門の人件費が少なくなるという期待から、不正を見逃したくなる誘惑にかられます。

労務管理に関する研修会や法令遵守教育は、最低でも年1回、しつこく繰り返すことが必要です。

途中で手を緩めると、いつの間にか元に戻ってしまう可能性は驚くほど高いのです。

 

<労働時間記録との乖離の問題>

○立入調査(臨検監督)のきっかけ

「時間外労働が自発的学習とされ割増賃金が支払われない」との情報を基に、労基署が立入調査を実施。

○指導の内容

ICカードを用いた勤怠システムにより労働時間管理を行っていたが、ICカードで記録されていた時間と労働時間として認定している時間との間の乖離が大きい者や乖離の理由が「自発的な学習」とされている者が散見され、賃金不払残業の疑いが認められたため、実態調査を行うよう指導。

○企業の一次対応

勤怠記録との乖離の理由が自発的な学習であったのか否かについて労働者からのヒアリングを基に実態調査を行った。

この結果、自発的な学習とは認められない時間について不払となっていた割増賃金を支払った。

○企業の改善策

・代表取締役が適切な労働時間管理を行っていくとの決意を表明し、管理職に対して時間外労働の適正な取扱いについて説明を行った。

・労働組合と協議を行い、今後、同様の賃金不払残業を発生させないために労使双方で協力して取組を行うこととした。

・事業場の責任者による定期的な職場巡視を行い、退勤処理をしたにもかかわらず勤務している者がいないかチェックする体制を構築した。

●ポイント

賃金支払義務の無い「自発的学習」と認定されるためには、参加/不参加が全くの自由であって、参加しなくても欠勤控除されず、評価の対象とされず、上司を含め社内で非難されることが無いものであることが必要です。

また、その学習が業務に必須のものであれば、参加せざるを得ないのですから、この場合も「自発的学習」とは言えません。

 

<自己申告制の不適切な運用の問題>

○立入調査(臨検監督)のきっかけ

「自己申告制が適正に運用されていないため賃金不払残業が発生している」との情報を基に、労基署が立入調査を実施。

○指導の内容

生産部門は、ICカードを用いた勤怠システムにより客観的に労働時間を把握している一方、非生産部門は、労働者の自己申告による労働時間管理を行っていた。

非生産部門の労働者について、申告された時間外労働時間数の集計や、割増賃金の支払が一切行われておらず、賃金不払残業の疑いが認められたため、実態調査を行うよう指導。

○企業の一次対応

非生産部門の労働者について、申告が行われていた記録を基に時間外労働時間数の集計を行い、不払となっていた割増賃金を支払った。

○企業の改善策

・非生産部門もICカードを用いた勤怠システムで労働時間管理を行うとともに、時間外労働を行う際には、残業申請書を提出させ、残業申請書と勤怠記録との乖離があった場合には、実態調査を行うこととした。

・労務管理担当の役員から労働時間の管理者及び労働者に対して、労働時間管理が不適切な現状であったため改善する旨の説明を行い、客観的な記録を基礎として労働時間を把握することの重要性についての認識を共有した。

●ポイント

自己申告制も「やむを得ない」事情があるときには許されます。

しかし、厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」によれば、対象労働者ひとり一人の教育、上司の教育、抜き打ちの実態調査、把握した労働時間と実際の労働時間の食い違いについての原因究明と改善など、非常にハードルが高いといえます。

真に「やむを得ない」事情がある場合を除き、自己申告制を運用することはお勧めできません。

 

<全社的な賃金不払残業が行われていたケース>

○立入調査(臨検監督)のきっかけ

「退勤処理を行った後に働いている者がいる」との情報を基に、労基署が立入調査を実施。

○指導の内容

ICカードを用いた勤怠システムにより労働時間の管理を行っていたが、労働者からの聴き取り調査を実施したところ、退勤処理後に労働をすること、出勤処理を行わず休日労働をすることがある旨の申し立てがあり、賃金不払残業の疑いが認められたため、実態調査を行うよう指導。

○企業の一次対応

労働者へのヒアリングやアンケートなどにより実態調査を行った結果、全社的に退勤処理後の労働が認められ、また、出勤処理を行わず休日労働を行っていることが判明したため、不払となっていた割増賃金を支払った。

○企業の改善策

・会社幹部が出席する会議において、代表取締役自ら賃金不払残業解消に関するメッセージ(労働時間の正しい記録、未払賃金の申告)を発信し、発信内容を社内のイントラネットに掲載するなどして、会社一丸となり賃金未払残業を解消することを周知した。

・36協定(時間外労働の協定届)の上限時間数を超えないために、時間外労働の適正な申請をためらうことが賃金不払残業の一因となっていた。このため、各店舗の勤務状況の実態調査を行い、人員不足や業務過多の店舗に対する人員確保や本社からの応援を行い、店舗の業務が過度に長くならないような措置を講じた。

●ポイント

賃金不払残業に限らず、パワハラやセクハラなど、代表者が「これを絶対に許さない」という決意を全社に表明することは、最初に行うべきことですし大きな効果が期待できます。

ただし、これもまた「労基署に言わされているのではないか」「本心は違うのではないか」と思われないように、繰り返し継続する必要があります。

代表者が「まともに残業代を支払って人件費が増えるのは嫌だ」「お気に入りの役職者のパワハラやセクハラは大目に見よう」と考えているのではないかと疑われるようでは、一歩も前に進めないのです。

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