問題社員対応の性悪説と性善説

2021/12/01|1,474文字

 

従業員から「解雇してほしい」と言われたら

 

<問題社員かもしれない>

採用面接では人柄の良さを見せ、履歴書や職務経歴書によると経験やスキルは申し分の無いものだった。

そして、試用期間中は期待通りの働きぶりを見せ、皆「良い人材に来てもらえた」と喜んでいた。

ところが、試用期間が終わり本採用されると、様々な理由で遅刻が目立ち、体調不良を理由に早退も多い。

仕事のやり直しが多く、残業も長時間に及んでいる。

上司や同僚には「なかなか希望通りに年次有給休暇が取得できないですね」「◯◯さんは三六協定の限度を超えて残業していますね」など、批判するかのような発言が増えてきた。

 

<性悪説の社長>

うっかり問題社員を採用してしまったようだ。

遅刻や早退が多いけれど、会社に申し出た理由もどうせ嘘だろう。

そもそも履歴書や職務経歴書の内容も怪しいもんだ。

なにしろ人事考課の結果はひどいものだ。

私自らこの問題社員と面談して退職勧奨しよう。

 

こうした考えを持って面談すれば、「遅刻の本当の理由は何だ?」「体調不良で早退することが多いのだから治療に専念してはどうか?」「履歴書や職務経歴書の内容に誤りが無いか、これまでの勤務先に確認してみても良いか?」「この会社は自分に向いていないと思わないのか?」と詰問調になってしまいます。

そして、最後には「この会社を辞めて別の仕事をしてはどうか?」と退職勧奨することになります。

1回の面談で問題社員から退職の申し出があればともかく、面談を繰り返すうちに、内容がエスカレートしていくことが多いものです。

こうなると、思惑通り問題社員から退職願が出てきたとしても、やがて代理人弁護士から内容証明郵便が届いたりします。

退職の強要があったと主張され、未払賃金の支払や慰謝料など多額の金銭を請求されてしまいます。

 

<性善説の社長>

問題社員のレッテルを貼られてしまった者がいるようだ。

遅刻や早退が多いけれど、遠慮して会社に本当の理由を言えないのだろうか。

履歴書や職務経歴書の内容からすると、実力を発揮できていない。

なにしろ人事考課の結果はひどいものだ。

対応について人事部長と協議し、この社員の救済に乗り出そう。

 

こうした社長の方針に基づき、人事部長が本人と面談します。

「家庭の事情などで定時に出勤するのが難しいようなら、時差出勤を認めるので申し出てほしい」

「体調不良による早退が見られるが、通院などで必要があればフレックスタイム制の適用を考えたいので相談してほしい」

「過労を避けるため、勤務が安定するまで残業禁止とします」

「人事考課の結果を踏まえ、各部門の協力を得て、特別研修を実施することになった。これで、あなたは本来の力を発揮できるようになるだろう」

「末永く会社に貢献できるよう、是非とも頑張ってほしい」

会社からこのような対応を取られたら、本当の問題社員は、楽して残業代を稼げない、研修で努力を強いられサボれないなど思惑が外れてしまいます。

自ら会社を去っていくことでしょう。

名ばかり問題社員であれば、社長の期待に応えて戦力化される筈です。

 

<解決社労士の視点から>

性悪説で行けば、短期間で決着を見ることができますし、会社の負担は少なくて済むのかもしれません。

しかし、労働審判や訴訟など深みにはまってしまうリスクも高いのです。

その問題社員からの情報で、会社の評判も落ちることでしょう。

そして、対象者が問題社員ではなかった場合には、貴重な戦力を失うことになるのです。

性善説で行けば、会社の負担は大きいのですがリスクは抑えられます。

どちらの方針で行くか、長期的視点に立って判断していただけたらと思います。

定年後の再雇用と所定労働日数・所定労働時間(スマホ版)

2021/11/30|1,751文字

 

<再雇用後の賃金>

会社と労働者とで定年後も働き続けることの合意がなされる場合に、労働条件については、どうしても賃金ばかりが重視されがちです。

再雇用の実績が多い会社では、定年前の賃金のおよそ何パーセントという相場の形成があるでしょうから、賃金についての合意の形成は比較的容易かもしれません。

年金については、性別と生年月日によって支給開始の時期が異なりますし、60代前半と65歳以降とでは支給額が大きく異なります。

また、配偶者の生年月日によって、加給年金額や振替加算についても違いが出てきます。

これらを踏まえて、期間ごとの賃金変動まで合意しておくこともあります。

 

<年次有給休暇>

定年前は、毎年20日の年次有給休暇が付与される一方で、2年前に付与された年次有給休暇は時効消滅するという実態があると思われます。

しかしこれは、週5日勤務を前提としているわけです。

定年後の再雇用で、所定労働日数や所定労働時間が変われば、年次有給休暇の付与日数は変わるかもしれません。

変わるのであれば、これについても再雇用対象者に確認しておく必要があります。

 

労働基準法で、年次有給休暇の付与日数は次の【図表】のとおりです。週所定労働日数が4日で、週所定労働時間が30時間以上の場合には、週所定労働日数が5日の欄が適用されます。

 

【図表】

週所定

労働日数

勤 続 期 間

6月 1年6月 2年6月 3年6月 4年6月 5年6月 6年6月以上

5日

10日

11日

12日

14日

16日

18日

20日

4日

7日

8日

9日

10日

12日

13日

15日

3日

5日

6日

6日

8日

9日

10日

11日

2日

3日

4日

4日

5日

6日

6日

7日

1日

1日

2日

2日

2日

3日

3日

3日

 

これは法定の日数ですから、就業規則にこれと異なる規定があれば、労働者に有利である限りそれに従います。

「勤続期間」は定年前と定年後を通算します。定年後の再雇用だからといって、定年前の年次有給休暇が自動的に消滅するわけではありません。

 

さて、平成31(2019)年4月1日からは、労働者からの申し出が無くても、使用者が積極的に年次有給休暇を取得させる義務を負うことになりました。

これは労働基準法の改正によるものです。

年次有給休暇の付与日数が10日以上の労働者に対し、基準日から1年以内の期間に、年次有給休暇のうち5日については、その取得を確実にしなければなりません。

「年次有給休暇の付与日数が10日以上の労働者」という限定がありますので、この部分についても再雇用対象者にあらかじめ説明が必要でしょう。

 

<社会保険>

社会保険(健康保険・厚生年金保険)への加入は、1週間の所定労働時間と1か月の所定労働日数が常時雇用者(正社員など)の4分の3以上というのが原則の基準です。

ただし、大企業などで特定適用事業所となっている場合には、1週間の所定労働時間が20時間以上で加入となります。

 

この基準により社会保険に加入しない場合には、扶養家族(被扶養者)を含めて国民健康保険の保険料を支払うことになりますし、扶養している配偶者は国民年金保険料を支払うことになります。

定年前の健康保険であれば、扶養家族の分の保険料は発生しなかったのに、国民健康保険に切り替わると、扶養家族扱いにはならず保険料が高くなることも多いでしょう。

また国民年金に切り替わると、扶養している配偶者についても「第三号被保険者」ではなくなりますので国民年金保険料がかかることになります。

 

社会保険料は高額ですから、社会保険の加入基準との関係で、1週間の所定労働時間と1か月の所定労働日数を決める必要があります。

 

<雇用保険>

雇用保険の加入基準は、会社の規模にかかわらず1週間の所定労働時間が20時間以上となっています。

20時間を下回ると、安定した雇用関係に無いということで、雇用保険では「離職」という扱いになります。

なお、満64歳以上の労働者の雇用保険料についての免除制度は令和2(2020)年4月1日をもって廃止されました。

 

人手不足を背景として、定年後の再雇用が盛んになっています。これに伴うトラブルも増加しています。会社に長年貢献してきた従業員とのトラブルは、会社にとって大きな打撃となってしまいます。十分な話し合いをもって労働条件を決定するようお願いいたします。

労働法の「みなし規定」

<みなし規定の効果>

法令の中に「みなす」「推定する」という言葉が使われています。

日常会話の中では厳密に区別されませんが、条文の解釈としては大きな違いが出てきます。

「みなす」という表現が使われている規定は、「みなし規定」と呼ばれます。

ある事実があった場合に、一定の法的効果を認めるという規定です。

その事実さえあれば、自動的に法的効果が発生します。

「例外的な事情があって法的効果を否定したい」と考えて証拠を集めても、法的効果を否定することができません。

「推定する」という表現が使われている「推定規定」であれば、実際はその推定が不合理であることを証明して、法的効果の発生を阻止することができるのですが、「みなし規定」では覆すことができないのです。

 

<労働法とみなし規定>

労働法では、主に労働者を保護するために「みなし規定」が置かれています。

たとえば、労働基準法第38条第2項には次の規定があります。

 

坑内労働については、労働者が坑口に入つた時刻から坑口を出た時刻までの時間を、休憩時間を含め労働時間とみなす。

 

つまり、賃金を計算するときには、労働者が坑口に入った時刻から坑口を出た時刻までのすべての時間を労働時間として計算しなければなりません。

たとえ、1日2時間の休憩時間を設けていたとしても、休憩が無かったものとして計算します。

日当を設定する場合には、1時間あたりの最低賃金に、このルールで計算した労働時間をかけ合わせて、最低賃金法違反にならないかチェックする必要があります。

 

また、年次有給休暇の付与基準である出勤率について、労働基準法第39条第8項は次の規定を置いています。

 

労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業した期間及び育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第二条第一号に規定する育児休業又は同条第二号に規定する介護休業をした期間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業した期間は、第一項及び第二項の規定の適用については、これを出勤したものとみなす。

 

つまり、法律によって休業することが認められた日については、すべて出勤したものとみなして出勤率を計算することになります。

 

労働契約法にも、有期労働契約の無期転換(第18条第1項)と更新(第19条)に「みなす」という規定があります。

 

「常識的に見て」「実際には」などの理由で法的効果を否定できないところに、みなし規定の怖さがあります。

なぜか解雇がむずかしい日本

2021/11/28|2,024文字

 

<民法の規定>

正社員のように、期間を定めずに雇用した従業員については、「使用者がいつでも解雇できる」と民法が規定しています。

 

【民法第627条:期間の定めのない雇用の解約の申入れ】

当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。

2 期間によって報酬を定めた場合には、使用者からの解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。

 

一方で、パート社員など、期間を定めて雇用した従業員については、「やむを得ない事由があれば期間の途中でも解雇できる」と規定しています。

 

【民法第628条:やむを得ない事由による雇用の解除】

当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。この場合において、その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う。

 

そして、雇用期間の満了とともに雇用契約を終了させることについては、特別な制約がありません。

ただ、雇用の期間が満了した後、従業員が引き続きその労働に従事する場合に、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、期間満了前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定されます。〔民法第629条第1項〕

 

<労働基準法の規定>

民法の特別法である労働基準法には、解雇予告の規定があり、使用者が従業員を解雇しようとする場合は、遅くとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならないと規定しています。〔労働基準法第20条第1項本文〕

そして、解雇の禁止についていくつか規定しています。〔労働基準法第19条など〕

これだけであれば、解雇禁止にあたるケースを除き、解雇が困難である理由は見当たりません。

 

<司法判断による修正>

かつての日本企業では、年功序列の終身雇用制が採られていました。

年功序列であれば、若い時の給与・賞与は働きぶりに見合わないほど低く抑えられています。

それが、勤続年数が長くなるとともに、働きぶりに見合う収入となり、定年年齢が近づくと業務内容の割に高い収入となります。

つまり、若い頃のマイナスを、中高年になってから取り戻すという制度です。

退職金制度も年功序列なので、定年年齢まで勤め上げずに退職すると、給与・賞与だけでなく退職金の点でも不利になってしまいます。

そもそも、終身雇用制なのですから、企業は簡単には解雇しないというのが大前提となっています。

こうした企業で、若いうちの解雇は、人生設計を狂わせる大打撃となるわけですから簡単には許されません。

つまり、年功序列の終身雇用制の下での解雇は、余程の理由が無い限り、権利の濫用となって許されないというのが裁判所の判断として定着しました。〔日本国憲法第12条、民法第1条第3項〕

 

<労働契約法の成立>

労働契約法は、労働契約に関する基本的な事項を定める法律です(平成20(2008)年3月1日施行)。

解雇など個別労働紛争での予測可能性を高めるためにできました。

個別労働紛争というのは、労働組合が絡まない「会社と労働者個人との間の労働紛争」です。

労働基準法をはじめとする数多くの労働法は、その内容が抽象的なこともあり、労働紛争が裁判になったらどんな判決が出るのか、条文を読んでもよくわからないケースが増えてしまいました。

そこで、数多くの裁判例にあらわれた理論を、条文の形にまとめたのが労働契約法です。

労働契約法は、解雇について次のように規定しています。

 

【労働契約法第16条:解雇】

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 

この条文の解釈は、堂々巡りになりますが、過去の裁判例にあらわれた理論を参考に行われることになります。

したがって、年功序列の終身雇用制を前提とした理論も、かなり含まれてしまいます。

こうして、「解雇はむずかしい」と言われるようになっています。

 

<解決社労士の視点から>

年功序列や終身雇用制はすでに崩壊しているとも言われています。

今後、解雇の有効性が争われる裁判の中で、企業側が「自社は終身雇用を前提としない、年功序列ではない給与体系、退職金制度をとっているので、今回の解雇は客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当である」という主張を行っていけば、判例理論も緩やかに変更されて、「日本は解雇がむずかしい」というのも解消されていくのではないでしょうか。

労働市場や企業の実情の変化に合わせて解釈を変更できるように、労働契約法第16条の規定がやや抽象的な表現となったのだと考えることもできるでしょう。

働き方改革と選択的週休3日制の導入目的

2021/11/25|1,389文字

 

<骨太方針2021>

令和3(2021)年6月18日、「経済財政運営と改革の基本方針2021日本の未来を拓く4つの原動力~グリーン、デジタル、活力ある地方創り、少子化対策~」(骨太方針2021)が経済財政諮問会議での答申を経て、閣議決定されました。

この中で、選択的週休3日制について、育児・介護・ボランティアでの活用、地方兼業での活用などが考えられることから、好事例の収集・提供等により企業における導入を促し、普及を図るとしています(23ページ(5)多様な働き方の実現に向けた働き方改革の実践、リカレント教育の充実)。

このことから、政府が選択的週休3日制を推進していくことは間違いありません。

 

<選択的週休3日制>

選択的週休3日制は、希望する従業員のみ週休3日制(週4日勤務)とすることができる制度です。

全社的に週休3日制とするものではありません。

また非正規社員は、元々勤務日数が少ない場合が多いので、基本的には正社員を対象としたものとなります。

 

<制度設計>

一口に選択的週休3日制と言っても、具体的には様々なタイプの制度が考えられます。

・対象者について、全員とする、特定の部署に限定する、上位役職者を対象外とするなど

・目的について、育児・介護・ボランティア・兼業などに限定する、限定しない

・期間について、期間限定とする、無期限に行う

・3日目の所定休日について、全員一律とする、会社が指定する、対象者の希望によるなど

・1日の所定労働時間について、8時間勤務とする、10時間勤務(週40時間)とするなど

・給与について、減額しない、8割程度に減額するなど

他にも、週単位・月単位で週休3日制を選択できるか、週休2日制に戻れるかなど、制度の導入にあたっては数多くのことを検討する必要があります。

 

<導入目的>

骨太方針2021でこの制度について述べられているのが、「(5)多様な働き方の実現に向けた働き方改革の実践、リカレント教育の充実」という項の中であることから、制度の導入目的が働き方改革の推進であることは明らかです。

つまり、選択的週休3日制を多様な働き方の実現ととらえており、ワーク・ライフバランスを意識するものであると考えられます。

この趣旨からすれば、労働時間が減少しても給与が減額されない制度が理に適っていることになります。

一方で、政府の思惑とは別にコロナ禍の影響もあって、人件費削減を目的として選択的週休3日制を導入する企業もあるでしょう。

この趣旨からすれば、給与が減額される代わりに、労働時間が減少する制度とすることになります。

 

<育児を理由に利用する場合>

育児を理由に週休3日制を希望する従業員の中には、子供を保育園に預けている人もいます。

親が週休3日制となると、保育に欠ける度合いが低減するため、子供を保育園に預ける場合の優先順位が下がり、預かってもらえなくなる可能性があります。

認可保育園では、この傾向が強いため念の為確認が必要でしょう。

 

<解決社労士の視点から>

選択的週休3日制を導入しても、希望者が少なければ所期の目的が果たされません。

反対に、希望者が多すぎても業務の正常な運営が困難となってしまう可能性があります。

制度の導入にあたっては、案の段階で、アンケートや聞取り調査を行い、従業員のニーズに合っているか、希望者が何人程度出るかを探っておいたほうが安全です。

 

被災者が労災手続を拒んだ場合

2021/11/23|748文字

 

被災者が労災保険の手続に協力しない

 

<従業員が拒むケース>

労災保険の手続をすれば、被災者は無料で治療を受けたり、賃金の一部が補償されたりします。

ところが、「自分の不注意でケガをしたのだから会社に迷惑をかけたくない」あるいは「面倒くさい」などの理由で、手続に必要な書類の作成に協力しない従業員もいます。

 

<被災者の権利ではあるものの>

労災保険による補償を受けるのは被災した従業員の権利です。

権利というのは、原則として行使するかしないかが権利者の選択に任されています。

この原則からすると、被災者が権利を放棄している以上、何ら問題は無いようにも思われます。

しかし、使用者は労働者を労務に従事させることにより事業を営んでいるので、労働者の業務上のケガや病気については、本来、使用者が補償する責任を負っています。〔労働基準法第75条以降〕

ただ、労災保険による補償がある場合には、その範囲で責任が免除されます。〔労働基準法第84条第1項〕

ですから、被災者本人か労災手続を拒んでいる場合に手続を進めなければ、使用者には労働基準法上の補償責任が残ってしまいます。

ただし、これは業務上のケガや病気についての補償の場合であって、通勤災害については労働基準法上も使用者が責任を負いませんので当てはまりません。

 

<被災者を説得するために>

まず、手続を速やかに進めないと、労災隠しを疑われるなど会社が迷惑するという説明が必要でしょう。

また、労災手続をすることによって治療費がかからなくなること、手続をしない場合、健康保険が適用されないので、3割ではなく治療費の全額が自己負担となること、労災なのに健康保険証を呈示して治療を受ければ一種の保険詐欺になることも説明しましょう。

さらに休業補償がある場合には、1日あたりの具体的な金額を示して説明することも有効です。

従業員が傷病手当金にこだわる事情

2021/11/22|1,484文字

 

<こだわりの原因>

傷病手当金を受給できないケースであるにもかかわらず、従業員が受給を希望し、会社に協力を求めてくることがあります。

会社から「今回のあなたの場合には、傷病手当金を受給できないので、会社は手続に協力することができません」と伝えても納得せず、受給にこだわることがあります。

これには、次のような理由が考えられます。

・「傷病手当金支給申請書」の用紙を、ネットでダウンロードするなどして従業員自身で準備し、診察した医師に「療養担当者記入用」の「療養担当者が意見を記入するところ」を記入してもらった。記入してもらうのに文書料を負担しているので、これが無駄になるのは嫌だ。また、医師が記入してくれたのだから、傷病手当金をもらえるはずだと思う。

・健保協会に問い合わせたり、ネットで調べたりして、休業1日につきいくらの傷病手当金を受給できるかを確認し、自分の受給額を計算済である。

・会社が協力してくれないことについて、健保協会などの保険者や社会保険労務士などに相談したところ、「会社には協力する義務がある」という回答だった。

・休業中は無給なので、社会保険料や住民税を支払うために、なるべく早く傷病手当金を受給したいという焦りがある。

 

<傷病手当金を受給できない原因>

傷病手当金の受給には条件があるのですが、これを確認せず、条件を満たしていないのに手続を進めようとしていることがあります。

これには、次のような理由が考えられます。

・3日を超える休業をしていない。特に、医師が10日間の労務不能を証明したのに対し、本人が無理をして3日間しか仕事を休んでいないようなケースでは、実態としての3日間の休業が優先されるので受給できないことになる。

・私傷病ではなく、業務災害や通勤災害による傷病なので、健康保険の適用対象外である。

・医師の診断を受けずに自己判断で休業し、市販薬を使用しながら自宅療養し、回復とともに出勤を再開した。この場合、医師による労務不能の認定が受けられないので、傷病手当金の手続ができない。

 

<説明の失敗>

事実は「出勤のため自転車に乗っていたところ、雨上がりのマンホールの蓋で滑って転び足を骨折した」のだとしても、けがをした従業員が医師に対して「自転車に乗っていてころんだ」とだけ話せば、医師は私傷病だと判断するかもしれません。

この場合、「傷病手当金支給申請書」に記入するのは自然な流れです。

傷病手当金の受給を希望する従業員は、直属上司に相談するかもしれません。

その上司に知識が不足していれば、あやふやな説明に終始してしまうことになります。

この場合には、上司が詳しい人に相談せず自己流の説明をして失敗しているわけです。

また、健保組合や社会保険労務士に相談した場合でも、会社が手続に協力しない不満を述べるだけで、傷病の原因についての具体的な説明が無ければ、誤った回答が出される危険があります。

 

<会社からの正しい説明>

会社が従業員から傷病手当金の相談を受けたなら、社内外の専門家がご本人に聞き取りを行い、適確な説明をする必要があります。

特に、ご本人の勘違いで傷病手当金の手続を進めるつもりになっていた場合には、より一層丁寧な説明が必要となります。

 

<解決社労士の視点から>

従業員の勘違いに起因するものであっても、無駄な出費が発生した場合には、会社に対する不信感が発生することもあります。

健康保険の傷病手当金や高額療養費、労災保険の給付、育児・介護関連については、一定の頻度で発生しますから、社内での相談窓口を明確にしておくこと、最低限の知識は社内で共有することが必要です。

ハローワークインターネットサービスの機能充実

2021/11/19|990文字

 

<使い勝手の良さが向上>

令和3(2021)年9月21日からハローワークインターネットサービスの機能がさらに充実し、オンラインで受けられるサービスが広がっています。

令和2(2020)年1月6日には、新システムへの切り替えで、ハローワーク窓口、求職者、求人企業での混乱が見られました。

このため、ハローワークインターネットサービスがやや敬遠されていましたが、今回の機能充実はかなり使い勝手の良さをもたらしています。

 

<求職者向けの機能充実>

機能強化のポイントは次の3点です。

1.ハローワークに行かなくても、オンライン上で「求職者マイページ」を開設できるようになった。

2.ハローワーク利用者は、オンラインで職業紹介を受ける「オンラインハローワーク紹介」を利用できるようになった。

3.ハローワークインターネットサービスで探した求人に直接応募する「オンライン自主応募」ができるようになった。

ハローワークを利用して「求職者マイページ」を開設している人は、ハローワークからオンラインでお勧め求人の職業紹介を受けることができるようになりました。

普段ハローワークを利用していない人も、ハローワークインターネットサービスを利用して、自分自身で探して気に入った求人に直接応募することができるようになりました。

 

<求人企業向けの機能充実>

機能強化のポイントは次の3点です。

1.求人者マイページを通じて、オンラインで職業紹介を受ける「オンラインハローワーク紹介」が利用できるようになった。  

2.求職者がオンラインで応募した場合、応募書類の管理や採否入力が効率的になった。      

3.求職者からの応募を直接受けることができるようになった(オンライン自主応募)。

 

<企業がオンライン自主応募を受ける場合の注意点>

「オンライン自主応募」とは、ハローワークインターネットサービスに掲載された求人に、求職者がハローワークを介さずにマイページを通じて直接応募することをいいます。

ハローワークインターネットサービスのみの利用者も応募できるため、応募者層が広がるものと考えられます。

ただし、オンライン自主応募はハローワークの職業紹介ではないため、ハローワーク等の職業紹介を要件とする助成金の対象となりません。

オンライン自主応募を受け付ける場合は、令和3(2021)年9月21日以降に求人者マイページから変更が必要です。

フレックスタイム制の正しい運用

2021/11/18|739文字

 

<スタートは法定手続から>

フレックスタイム制は、労働基準法の規定によって認められています。

この規定に定められた手続を省略して、形ばかりフレックスタイム制を導入しても、すべては違法であり無効となります。

そのポイントは次のとおりです。

・業務開始時刻と業務終了時刻は労働者が決めることにして、これを就業規則などに定めます。

・一定の事項について、会社側と労働者側とで労使協定を交わし、協定書を保管します。これを労働基準監督署長に提出する必要はありません。

 

<無効だとどうなるか>

上記の法定手続をせずに、残業時間を8時間分貯めると1日休むことができるというようなインチキな運用をしても無効です。

無効ということは、フレックスタイム制が無いものとして賃金の計算をしなければなりません。

間違って、フレックスタイム制のルールで賃金を計算して支払ってしまった場合には、不足する差額分を追加で支払わなければなりません。

たとえば、法定労働時間を超える8時間の残業に対しては、10時間分の賃金支払が必要です。

( 8時間 × 1.25 = 10時間 )

しかも、消滅時効の関係で最大3年分遡って精算することになります。

 

<違法だとどうなるか>

正しい手続でフレックスタイム制を導入した場合を含め、次のような違法な運用が見られます。

・残業手当を支払わない。

・残業時間が発生する月は年次有給休暇を取得させない。

・残業時間を翌月の労働時間に繰り越す。

・業務開始時刻や業務終了時刻を上司など使用者が指定してしまう。

・コアタイムではない時間帯に会議を設定し参加を義務づける。

・18歳未満のアルバイトにフレックスタイム制を適用してしまう。

違法だと、労働基準法の罰則に触れるため罰せられることがあります。

企業が労働保険料を納付しないとどうなるか

2021/11/17|1,141文字

 

<延滞金>

労働保険料を「納期限」(督促による指定期限)までに完納しないと、保険料とは別に「延滞金」を納付しなければなりません。

 

【労働保険の保険料の徴収等に関する法律】第28条(延滞金)

政府は、前条第一項の規定により労働保険料の納付を督促したときは、労働保険料の額に、納期限の翌日からその完納又は財産差押えの日の前日までの期間の日数に応じ、年十四・六パーセント(当該納期限の翌日から二月を経過する日までの期間については、年七・三パーセント)の割合を乗じて計算した延滞金を徴収する。ただし、労働保険料の額が千円未満であるときは、延滞金を徴収しない。

2 前項の場合において、労働保険料の額の一部につき納付があつたときは、その納付の日以後の期間に係る延滞金の額の計算の基礎となる労働保険料の額は、その納付のあつた労働保険料の額を控除した額とする。

3 延滞金の計算において、前二項の労働保険料の額に千円未満の端数があるときは、その端数は、切り捨てる。

4 前三項の規定によつて計算した延滞金の額に百円未満の端数があるときは、その端数は、切り捨てる。

5 延滞金は、次の各号のいずれかに該当する場合には、徴収しない。ただし、第四号の場合には、その執行を停止し、又は猶予した期間に対応する部分の金額に限る。

一 督促状に指定した期限までに労働保険料その他この法律の規定による徴収金を完納したとき。

二 納付義務者の住所又は居所がわからないため、公示送達の方法によつて督促したとき。

三 延滞金の額が百円未満であるとき。

四 労働保険料について滞納処分の執行を停止し、又は猶予したとき。

五 労働保険料を納付しないことについてやむを得ない理由があると認められるとき。

※令和3年は年8.8%(当該納期限の翌日から二月を経過する日までの期間については、年2.5%)となっています。

※「延滞金」は、税務申告上の経費になりません。

 

<滞納処分>

「滞納処分」とは、保険料を期限内に納付した事業主と納付しなかった事業主との負担の公平を図ることを目的に、保険料滞納事業主が自主的に納付しない場合、法的手続きにより滞納事業主の財産から強制的に保険料を徴収する「強制処分」です。

納付についての相談がない、納付の約束が守られないなど、納付の意思が認められない場合には、金融機関、取引先、法務局、市町村等に対して「財産調査」を行います。

この調査によって、金融機関や取引先が経営状態についての不安を感じることがあります。

 

<費用徴収>

事業主が労災保険料を滞納している期間中に業務災害や通勤災害が生じ、被災労働者等に労災保険給付を行った場合、事業主からその保険給付に要した費用の一部(最大40%)を保険料とは別に徴収することになっています。

通勤途上で従業員が事故に遭い、意識不明で病院に運ばれたようなケースで事実が明らかになるようです。

 

<助成金の不支給>

雇用に関する「各種助成金」は、労働保険の「雇用保険料」を財源として支給されます。

労働保険料が納付されていない事業主については、助成金の支給対象になりません。

 

<納入証明書>

「納入証明」は「保険料の未納がないことの証明」です。

労働保険料が完納されていないと、「入札参加資格」や「経営事項審査」等に必要な「労災・雇用保険料納入証明書」が交付されません。

 

<納付できないなら>

納期限までに納付できない事情がある場合は、早めに相談しましょう。

災害等により保険料が一時的に納付できない事業主のために、納付猶予制度があります。

都道府県労働局労働保険徴収室または最寄りの労働基準監督署に相談してください。

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