通勤手段やルートの偽りと通勤手当

2022/11/20|1,291文字

 

<通勤手当の性質>

労働基準法などに、使用者の通勤手当支払義務は規定されていません。

むしろ法律上、通勤費は労働者が労務を提供するために必要な費用として、労働者が負担するのが原則となっています。〔民法第485条〕

とはいえ、就業規則や雇用契約などで通勤手当の支給基準が定められている場合には、賃金に該当するとされています。〔昭和22年9月13日発基第17号通達〕

 

<就業規則の在り方>

たとえば、モデル就業規則の最新版(令和3(2021)年4月版)は、次のように規定しています。

 

【通勤手当】

第34条  通勤手当は、月額    円までの範囲内において、通勤に要する実費に相当する額を支給する。

 

こうした規定であれば、遠回りのルートで通勤していた場合でも、その実費が支給されるものと解されます。

しかし、会社には遠回りのルートで通勤していることにして高い通勤手当を申請し、実際には近道のルートで通勤し実費との差額を着服していれば、この規定には反していることになります。

この場合、会社は差額の返金を求めることができますし、故意に行っていれば、懲戒処分の対象ともなりうる行為です。

もっとも、通勤に「要する」実費というのを厳密に解釈し、遠回りのルートでの通勤にかかる費用は、必ずしも通勤に「必要な」実費ではないという解釈も成り立つでしょう。

この点をより明確にしたいのであれば、次のように規定することも考えられます。

 

【通勤手当】

第〇〇条  通勤手当は、月額    円までの範囲内において、通勤に要する実費に相当する額を支給する。ただし、利用交通機関は、最も経済的でかつ合理的な最短順路のものとする。

 

こうした規定であれば、遠回りのルートで通勤していた場合には、その実費を支給する必要はありません。

会社に対して、遠回りの通勤ルートでの通勤を前提とした通勤手当の申請をしても、それは「最も経済的でかつ合理的な最短順路のもの」ではないとして却下されます。

むしろこうした規定を置いた場合には、会社の方で通勤手段やルートを確定して従業員に提示し、これに優る通勤方法が無ければ、これで通勤手当の申請をするように求めるというのが効率的です。

 

<通勤手当の不正受給>

就業規則で「実費」を支給すると定めてあれば、電車通勤で申請しておいて、実際には徒歩や自転車による通勤をした場合には、通勤手当の全額が不正受給となりえます。

ただ、徒歩や自転車による通勤は健康増進の点で望ましいと考えるのであれば、「実費」の所を「一般的な経費」として定めておいて、支給してしまうことも可能です。

しかし、この場合には課税の問題が出てきます。

実際の不正受給で多いのは、勤務地の近くに転居したのに、会社への届出を怠っていて、従来の通勤手当を受給し続けるパターンです。

この場合には、もちろん差額の返金を求めることになりますが、通勤手当を着服する意図で会社への届出を怠っていた場合でも、直ちに返金した場合には、情状の点から懲戒処分を行うのは適当ではない場合が多いでしょう。

特に悪質であれば、譴責(けんせき)処分までは妥当な場合もあると考えられます。

 

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