2022/04/16|1,419文字
退職禁止?!
<会社の損害>
何度も求人広告を出して何十万円もの経費をかけ、採用面接でもそれ相当の人件費がかかり、やっと採用し大事に育ててきた新人から、あっさり「辞める」と言われたら、経営者や採用担当者は「金返せ!」という気持ちになります。
さて、この場合の「会社の損害」とは何でしょうか。
まず、求人広告にどれだけの経費をかけるかは、会社の判断によるのであって、応募者と相談して決めるわけではありません。
これは、採用面接などについても同じことがいえます。
応募があった時に、「採用します!」と即決ならば、ほとんど経費がかかりません。
もっとも、こんないい加減な採用はしないでしょう。
しかし、どれだけ手間暇をかけるかは、会社が判断します。
新人を育てるための経費も馬鹿になりません。
場合によっては、会社の費用負担で研修に参加させたり、免許を取らせたりと、至れり尽くせりのこともあるでしょう。
そうでなくても、上司や先輩が指導するのに人件費がかかったはずだと考えられます。
そうだとしても、これらは会社側の判断で行ったのであって、本人からたっての希望があって行ったというわけではないでしょう。
となれば、応募し採用された本人が認識できない損失についてまで、本人に費用を負担させることはできません。
制服も、会社のルールで使うことにしているわけですから、その経費を本人の負担にはできません。
こうしてみると、会社に何か特別な損害があったような場合でなければ、損害賠償の請求はできないだろうということは、しろうとにも判断のつくことです。
しかし、急に辞めたことにより、予定していた工事の人手が足りなくなり、工事ができなくなったとします。
この場合には、発注者の信用を失うだけでなく、業界全体に悪評が流れてしまうかもしれません。
こうなると、会社の損害は甚大です。
<労働基準法の規定>
損害賠償については、労働基準法に次の規定があります。
【賠償予定の禁止】
第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。 |
予定した仕事をしないというのは「労働契約の不履行」の一つですから、「入社から3年以内に退職すると300万円の罰金」などのルールは、労働基準法の禁止する賠償予定にあたるため違法となります。
しかし、「予定」するのではなく実際に損害が発生して、会社が損害額を証明できるのであれば、退職した社員に損害賠償を請求することができます。
<損害賠償請求の裁判>
裁判で損害賠償を請求する場合には、訴えを起こした原告側が証明責任を負います。
当たり前です。
損害賠償を請求された被告が、損害を与えていない、あるいは、〇円以上の損害は与えていないという証明に成功しないと裁判で負けてしまうというのは常識外れです。
言いがかり的に訴訟を提起して、相手が証明できなければ勝てるというのでは、そうした行為が横行してしまいます。
さて、新人が辞めたことによって、会社に甚大な被害が及ぶということは稀でしょう。
しかし、ある程度の経済的な損失は発生します。
その損害額がいくらなのか、あるいは少なくともいくら以上なのか、計算できない場合には損害賠償の請求訴訟を提起しても敗訴してしまいます。
確信をもって客観的な損害額を算定できるような例外を除き、退職していく社員に損害賠償の話を持ち出すのは、単なる言いがかりになってしまう可能性が高いと考えられます。