どこまで労働法を遵守するか

2021/03/11|2,211文字

 

<労働法の遵守レベル>

労働基準法、労働契約法、労働安全衛生法、パート有期労働法、育児介護休業法など、企業が遵守すべき労働法の範囲は、驚くほど広くなっています。

労働法の遵守を監視するのは、主に労働基準監督署の役割です。

だからと言って、すべての企業に対し、直ちに完璧に遵守するよう求めてはいません。

労働基準監督署の労働基準監督官は、労働基準監督官行動規範に則り行動することになっています。

この行動規範の中の「中小企業等の事情に配慮した対応」という項目では、次のように述べられています。

 

監督官は、中小企業等の事業主の方に対しては、その法令に関する知識や労務管理体制の状況を十分に把握、理解しつつ、きめ細やかな相談・支援を通じた法令の趣旨・内容の理解の促進等に努めます。また、中小企業等に法令違反があった場合には、その労働時間の動向、人材の確保の状況、取引の実態その他の事情を踏まえて、事業主の方による自主的な改善を促します。

 

裏を返せば、大企業では、その社会的責任から法令遵守が徹底されていなければならないということになるでしょう。

以下、私の関わってきた企業の実態を参考に、労働法の遵守レベルを示してみたいと思います。

下に行くほど、高い遵守レベルであるとは言えるのですが…

 

<ブラックレベル>

罰則が適用されることを覚悟しています。

経営者が「労働法を遵守していては、会社の経営が成り立たない」と公言しています。

従業員の賃金は、最低賃金を下回っていることもあります。

従業員の中には、会社に対し「こんな自分を雇ってくれた」という恩義を感じている人もいます。

また、「この会社を辞めたら他に雇ってくれる所は無い」と思い込んでいます。

従業員は視野が狭くなり、自分の会社のことしか見えなくなっています。

「みんな頑張っているんだから、自分も頑張らなきゃ」と感じます。

こうした従業員の搾取の上に、会社の経営が成り立っています。

経営者は、もし会社や使用者に罰則が適用され会社の存続が危うくなったら、一度会社を清算して新会社を設立すれば良いと考えています。

しかし、たとえば雇用関係助成金について「平成31(2019)年4月1日以降に申請した雇用関係助成金について、申請事業主の役員等に他の事業主の役員等として不正受給に関与した役員等がいる場合は申請することができない」ということになっています。

この場合、雇用調整助成金などの申請ができないことになります。

 

<グレーレベル>

罰則の適用を避けたいと考えています。

法令のある条文に罰則が規定されていても、実際に適用された実績が殆ど無ければ、適用される可能性は低いと考え、対応を後回しにします。

その反面、適用実績が多い罰則には触れないよう対応しています。

しかし、「罰則」というのは刑事面の話で、民事面には直結していません。

そのため、退職者から未払残業代の請求やパワハラ・セクハラを理由とする慰謝料の請求など、民事裁判を提起されると大きなダメージを受けます。

 

<他社並みレベル>

同規模の同業他社と同レベルであれば安心だと考えます。

法改正や労働訴訟の動向などには関心を寄せず、他社事例の収集に熱心です。

いかにも日本企業らしい対応レベルです。

しかし、その会社に特有の問題が発生した場合には、他社事例が見当たらず、対応方針が立たないなどの弱点があります。

また、過重労働やサービス残業の一斉摘発のような動きがあると、他社と共に一網打尽にされることになります。

 

<ホワイトレベル>

罰則に触れないようにしています。

いわゆるホワイト企業の水準です。

同業他社がどうであれ、自社は法令違反や訴訟を避けたいと考えています。

そのための社員教育が充実しています。

労働時間の管理が適正に行われ、時間外割増賃金が1分単位で支給されます。

従業員の会社に対する信頼、社員間の信頼、お客様、お取引先、金融機関からの信頼もあり、従業員の定着率が高く、人材の採用が容易です。

こういう状態を保つには、それなりの経費がかかることも事実です。

 

<パールレベル>

努力義務を果たすようにしています。

罰則が無くても、法令に「◯◯するよう努めなければならない」と書いてあれば、これに対応します。

知名度が高く一般消費者が顧客である大企業には、このレベルに達している企業があります。

他社の模範となるような企業ですが、高い収益力が背景となっています。

 

<プラチナレベル>

努力義務を超える水準を保とうとします。

すべての従業員について年次有給休暇の取得率を70%以上にする、月給は据え置きで所定労働日数や所定労働時間を減らすなど、ハイレベルな施策を推進しています。

プライベートの時間が増加した従業員に「居場所を与える」配慮もされます。

ここまで来ると、労働法の遵守レベルという話ではなくなっています。

ともすると、年5日を超えて年次有給休暇の取得を義務付けたり、年次有給休暇の取得率が低い従業員の評価を下げたり、始末書を書かせたりという、労働者の権利を侵害するような暴挙に出る危険をはらんでいます。

有期契約労働者が、契約の更新によって勤続5年に達すると、自動的に正社員に登用される制度が運用されることもあります。

これは、本人の意向を無視しているわけですから、必ずしも望ましい制度とはいえません。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という孔子の言葉を思い出していただきたいです。

 

解決社労士

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