2021/08/22|2,131文字
<能力不足によるパワハラ>
会社の就業規則にパワハラの具体的な定義を定め、これを禁止する規定や懲戒規定を置いて、パワハラに関する社員研修を行っていても、社員個人の能力不足によるパワハラが発生します。
ここで不足する能力は説明能力が中心です。
<就業規則の規定>
職場のパワーハラスメントとは、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害される」ものをいいます。〔労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第30条の2第1項〕
この条文を見ると、「就業環境が害される」という実害の発生が、パワハラの成立条件のようにも見えます。
しかし、企業としてはパワハラを未然に防止したいところです。
ですから、就業規則にパワハラの定義を定めるときは、「職場環境を悪化させうる言動」という表現が良いでしょう。
厚生労働省が公表しているモデル就業規則の最新版(令和3(2021)年4月版)では、次のように規定されています。
(職場のパワーハラスメントの禁止)
第12条 職務上の地位や人間関係などの職場内の優越的な関係を背景とした、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、他の労働者の就業環境を害するようなことをしてはならない。
<パワハラの構造>
パワハラは、次の2つが一体となって同時に行われるものです。
・業務上必要な叱責、指導、注意、教育、激励、称賛など
・業務上不要な人権侵害行為(犯罪行為、不法行為)
行為者は、パワハラをしてやろうと思っているわけではなく、会社の意向を受けて行った注意指導などが、無用な人権侵害を伴っているわけです。
<業務上不要な人権侵害行為>
業務上必要な行為と同時に行われる「業務上不要な人権侵害行為」には、次のようなものがあります。
・犯罪行為 = 暴行、傷害、脅迫、名誉毀損、侮辱、業務妨害など
・不法行為 = 暴言、不要なことや不可能なことの強制、隔離、仲間はずれ、無視、能力や経験に見合わない低レベルの仕事を命じる、仕事を与えない、私的なことに過度に立ち入るなど
刑事上は犯罪となる行為が、同時に民事上は不法行為にもなります。
つまり、刑罰の対象となるとともに、損害賠償の対象ともなります。
<パワハラ防止に必要な知識>
さて、就業規則を読んだだけでは、自分の行為がパワハラにあたるのかどうかを判断できない場合もあるでしょう。
また、他の社員の行為に対しても、自信を持って「それはパワハラだから止めなさい」と注意するのはむずかしいでしょう。
ましてや、暴行罪〔刑法第208条〕や名誉毀損罪〔刑法第230条〕の成立要件、特に構成要件該当性などは、「物を投げつけても当たらなければ成立しない」「真実を言ったのなら名誉毀損にはならない」などの誤解があるものです。
こうしてみると、社内でパワハラを防止するのに必要な知識のレベルというのは、かなり高度なものであることがわかります。
<知識があっても行われるパワハラ>
しかし、高度な知識があるのに、ついついパワハラに走ってしまう社員がいます。
もちろん、怒りっぽい、キレやすい性格というのもあります。
そして、カッとなってパワハラ行為に出てしまう原因を見てみると、相手が自分の思い通りに動いてくれない、自分の言ったことを理解してくれないということにあります。
さらに、その原因を追究すると、要領を得ない説明で相手に趣旨が伝わらないということがあります。
1人か2人の相手に伝わらないというのであれば、相手の理解力に問題がありそうです。
しかし、「どいつもこいつも解かってくれない」という感想を持つようであれば、その人の説明能力に問題があるのでしょう。
こうして、部下に説明する → 伝わらない → ボーッと聞いている、とんちんかんな質問をしてくる、同じ過ちを繰り返す → 再度説明する → 伝わらない → 感情的になって怒鳴ったり机を叩いたりのパワハラに走る という構造が出来上がってしまいます。
<不足する説明能力とは>
一口に「説明能力」と言っても複雑です。
前提として、相手の性格・経験・理解力の把握、相互理解があります。
異動したての役職者には、この前提を欠いていることがあり、パワハラ発生の危険が高まります。
次に、相手が落ち着いて傾聴できる態度・環境・雰囲気作り、そして、本人の語彙力・表現力、相手の理解度を探る観察力なども必要です。
こうしてみると、本人の持つ雰囲気、語彙力・表現力、観察力など、会社の教育研修をもってしても容易には醸成できない項目を含んでいます。
これらは、その個人の資質に依存する能力です。
<解決社労士の視点から>
説明能力が不足する社員は、優位な立場に立たせないのが得策です。
会社に対する貢献度が高い社員に説明能力が不足していたら、説明能力を十分身に着けるまでは、部下を持たせるのではなく、専門職的な立場で会社に貢献してもらうようにしてはいかがでしょうか。
専門職制度など適性を踏まえた人事異動を可能にする仕組と、その前提となる人事考課制度の適正な運用が、パワハラから社員と会社を守ってくれます。